第三十九話 氷魔法の弱点
この世界には九つの属性魔法が存在している。
炎、水、雷、風、氷、土、光、闇、そして無属性。
この中でも無属性の魔法は魔力そのものの力であるため除外され、その他の八つの属性魔法は『八大属性』と呼ばれている。
魔法を使える人間にはそれぞれ得意とする属性があり、例えばシャルルなら『氷』、アイリスなら『土』、グレンなら『炎』というように、通常は一人一つの属性魔法に高い適正を持つ。
だが、稀に一人一つという概念を破って複数の属性に適正のある者がいる。
その一人がリオンだ。リオンは全ての属性に高い適正を持つとされる極めて珍しい存在だ。
故に、リオンはある程度の魔法なら全て教える事ができる。知識も、コツも、弱点もだ。
「そもそも、付与魔法は全ての属性に於いて万能じゃないんだ」
付与魔法。
それ自体は読んで字の如く。
武具や身体に属性を付与させるための魔法だ。
それ故に勘違いしがちなのだが、付与魔法はそもそも効果の高い属性と低い属性というのが存在している。
「例えば、炎や雷なんかは付与すると有用に働きやすい。炎なら熱で、雷なら感電で攻撃出来るからね。逆に水や土なんかはあまり効果がない。理由は簡単で、水で覆っても土で覆っても、それ自体に攻撃性があるわけじゃない」
リオンの説明にシャルルは頷きを返す。
それはシャルルにもなんとなくだが理解できる。土や水の付与魔法はそもそも使用者が居ない。
というか、そもそも付与魔法自体があるのか分からないレベルで希少だ。
その理由はリオンが語ったのと同じ理由。
水も土もそれ自体に攻撃性がない。その一言に尽きる。
逆に火と雷はそれだけで途轍もない破壊力を有しているのだ。
「それ自体は知ってますけど、他の四属性は水と土とは違って付与する意味はありますよね?」
「うん。それ自体は間違ってない。事実、今の今まで土と水以外の付与が浸透してきた事を考えれば、この二属性だけが例外だと言える」
風、氷、光、闇も付与魔法はメジャーな手である為、土と水だけが例外だと考える事ができる。
「でも、その中で『氷』は効果はあるが、扱い自体は非常に難しい性質を持ってるんだ」
「刃に氷が纏わりついてしまう事……ですよね?」
「その通り。そのせいで、剣が意味を為さなくなってしまうんだ」
それはシャルルも理解できた。
リオンに指摘されなければ気付けなかった最大の欠点。
「これが起こる理由は魔法……というか術式の効果が発動するタイミングにある」
「タイミング……ですか?」
「そう。魔法って言うのは基本的に術式を通した段階で効果が発動するんだ。付与魔法も同じで炎なら燃焼、雷なら放電がすぐに発動する」
リオンは魔法について自分の知ってる知識をシャルルに教え込んでいった。
「氷も同じ。発動と同時に凍結が起こるんだ。これのせいで刃が相手に触れる前に凍ってしまって、切れ味を失ってしまう」
「…………それじゃあ、氷の付与魔法は使わない方が良いって事ですか?」
シャルルの質問にリオンは首を横に振った。
「氷の付与魔法自体は強力だよ。使い熟せればシャルルにとって大きな進歩になる」
「なら、どうすれば…………」
「少し難しいけど、魔力の応用編だ」
リオンは授業で魔力の基礎を叩き込んでいる。
シャルルは非常に優秀な生徒だ。リエルを除いた生徒の中で一番魔力の精度が高い。
加えて、一年生で『上級魔法』を扱える才覚があるなら、この応用編は案外すぐにできてしまうだろう。
リオンはそう確信していた。
「魔法の発動を遅らせる《
《
原理は至極単純明快。本来、魔法を発動すれば魔力は形を変えて顕現する。しかし、この技術は魔力が術式を通り、形を変える寸前で変化を止めるのだ。
そうする事により、魔法の発動タイミングがずれて駆け引きにより幅が出せるようになる。
有効なトラップにするも良し、油断した相手の隙を突くも良し。
正しく万能と呼べる技術だ。
「無理ですよ……。私だって《
無理。その言葉を飲み込んで、シャルルは視線を下に下げた。
「……いや、できる。と言うか、なにも熟練の魔法騎士みたいにしろってわけじゃない」
「…………え? それってどういう……」
「凍結が少しでも遅れれば良いんだ。なにも何分間も遅延し続けるわけじゃない。それ自体は結構簡単にできる」
簡単にできる。
その言葉にシャルルは眉を顰めた。
無理もない話だ。リオンとシャルルでは簡単の基準が異なる。リオンの簡単が、シャルルにとっての難関である可能性は捨てきれない。
「……本当に簡単なんですか? あの魔法維持トレーニングより?」
「うん。というか、あのトレーニングをしてたお陰である程度の魔力の運用は身に付いてるから、結構簡単だって言ったんだ」
「基礎自体は固まってる……って事ですか?」
「そういうこと。あのトレーニングの目的は魔力の容量を増やす事じゃない。より無駄を省いた魔力の運用を身につける事にある」
実感こそし難いが、シャルル自身も無意識のうちに無駄を省いた効率的な魔力の使用をしている事により、野外演習の時と比べて格段に魔法の精度は上がっているのだ。
そして、魔法を遅延させるには何よりも魔力の扱い方が重要なのだ。
「だから、あとは感覚を少し掴めば良いだけ」
「その感覚を掴むにはどうすれば?」
「そうだなぁ。イメージとしては術式の手前で魔力を堰き止める感じかなぁ。一応、実践してみるね」
リオンはそう言うと、シャルルにも分かりやすいように抑えていた魔力を一部だけ解き放つ。
そして、近くに置いてあった鉄剣を手にした。
「――【
瞬間、シャルルとは比にならないほどの魔力の奔流が巻き起こり、剣身に蛇のように塒を巻いていく。
「…………これ、冷気じゃない?」
リオンの木剣には魔力が纏わりついているだけで、それ自体が冷気を纏っていない。
本来なら冷気を纏い、凍てつくはずの剣身もその輝きを鈍らせる事はない。
その状態でリオンは巻藁の近くまで歩を進めて、剣を上段で構えた。
「…………はぁっ!」
そうして、剣は振り下ろされた。
刃は障害に阻まれる事なく、巻藁に斜線を刻み込む。
上下に分かたれ、断面がズレようとすると斜線に沿って冷気が膨れ上がり、途端に切り口を氷が覆ってしまった。
「……すごい」
シャルルは思わず感嘆を漏らした。
時間にしておよそ三秒ほどの遅延。剣を構えて振り終えるまでの短い間の遅延だ。
確かにこれくらいの短い時間なら出来る気がすると、シャルルも感じていた。
「ま、見本はこんなものかな。で、出来そう?」
「はい……これくらいなら、なんとか…………」
「よし。それじゃあ
リオンの言葉にシャルルは頷きを返す。
それが地獄の始まり。
魔力放出のトレーニングが易しかったとすら思えるほどの厳しい指導が始まった。
「…………ッ、〜〜〜ッ!?」
《
一つ、魔力が自分の中にどう流れているかを自覚すること。
二つ、術式を通して外に溢れ出ようとする魔力を抑えること。
三つ、任意のタイミングで魔力の制限を解除すること。
一つ目は魔力放出トレーニングである程度の感覚を捉えられているからなのか、そこまで苦労せずに終えることができた。
三つ目は抑えつけていた魔力を解き放つだけなので、いつも魔法を使うときと同じであり、これ自体も特になんの問題も生まれない。
問題だったのは二つ目。
そもそもとして、魔力は術式を通した時点で性質や形を変化させようと力を大きくしていく。それは強制に近しいもので、変化の手前で魔力を堰き止めようとすれば増大する魔力に負けて、堰が切れてしまう。
そうなれば魔力は暴走に近しい状態になって、シャルルの身体を傷つけていく。
加えて、魔力を抑えつけるにも魔力が消耗する為、通常の【
これが【
(これの何処が簡単なの!? リオン先生の簡単ってなんなのよ!?)
心の中で一人ごちる。
再び、魔法を発動。魔力が変化する手前で抑え、暴走し爆発する。
コンマ数秒しか抑えることができない。
これでは剣を振り終えるどころか、振り上げる直前で爆発して自滅してしまうのが関の山。
(し、死ぬ……!!!)
シャルルはリオンに訓練をお願いした事をそこで初めて後悔したのだった。
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