第三十八話 特訓開始

 翌日――。

 授業を終えたリオンは東演習場に来ていた。

 目的は一つ。昨日、シャルルと稽古を付ける約束をしたからだ。


(……早く来すぎたかなぁ)


 リオンは時間を見て、そんな事を考えながら東演習場の扉を開けた。

 時刻は現在三時を少し過ぎたあたりだ。

 授業を終えたのが二時半くらいなのでもう来ているとは考えにくい。


「あ、リオン先生。もう来たんですね」

「…………早いね」

「当たり前です。教えを乞う私が先生より遅く来るわけにはいけませんから」


 予想に反して、そこにはレウゼンの制服に身を包んだシャルルがいた。

 少し早過ぎはしないだろうかとも思ったが、遅過ぎるよりかは良いだろう。


「さて、それじゃあ何を教えようか。魔力の基礎的な事は授業で教えてるし…………。……うん。なにが知りたいかな?」


 何を教えようかリオンは少し考えたが諦めて、シャルルに何を教えて欲しいかを聞いた。

 リオンがシャルルが教えて欲しい事と真逆のことを教えてしまう可能性を考えれば、そっちの方が遥かに合理的だろう。


(そう。決して、決して思考放棄したわけじゃない)


 リオンはそう自分に言い聞かせて、シャルルを見る。

 シャルルは顎に手を当てて何かを考える素振りをしている。

 真面目なシャルルの事だ。今、教えて欲しい事を考えているわけではなく、元々あった自身の課題を精査しているところなのだろう。


 すると、シャルルは顔を上げた。

 どうやら言いたい事が纏まったらしい。


「魔法戦闘について詳しく教えて欲しいです」

「……魔法戦闘か」

「はい。野外演習の時、私はオルトロスと交戦しました。その時、私は付与魔法を使っていてもオルトロスに深手を与えられなかった」


 シャルルは先の戦闘を思い起こして、強く拳を握り締めた。


「オルトロスを倒せたのは氷壁に向こうが減速しないで突っ込んでくれたから。それが無ければ、私は太刀打ちできずに殺されていた」

「…………ふむ」

「それにジオ先生とは戦いにすらならなかった……!」


 シャルルは肩を震わせ、唇を噛んだ。

 よっぽど悔しいのだろう。ジオが豹変し、仲間がやられたのに一歩も動けなかったことが。

 信頼していた教師の裏切り。助かったという安堵から、更なる絶望に叩き落とされたショック。原因は色々あれど、動けなかった最たる原因。


 ――それは、恐怖。


 絶対的な力の差がある敵と交戦する。

 その恐怖が身体を蝕み、意志を捻じ曲げる。

 そうなってしまった時点ですでに戦いにはならず、ただ敗北したという結果のみが残ってしまう。


 その悔しさがリオンにも分かる。

 リオンも自分の無力さを痛感させられた事は何度だってある。

 その度に強くなろうと踠いてきた。

 強くなるための努力に協力を惜しむ事はない。


「…………わかった。それじゃあ、まず手っ取り早く課題を確認しようか」

「課題?」

「そう。がむしゃらにやれば力が付くわけじゃない。特に魔法戦闘は経験によるところが大きい」


 リオンは体を伸ばしたり、屈伸をしながらシャルルに説明を始めた。


「相手の使ってくる魔法の知識。魔法を撃たれるタイミング。魔法を撃つタイミング。相手の次の動き。更にその次。更に更にその次。相手との間合いを測ること。その全てが経験から来るものだ」

「それは分かりますけど……」


 こんな事は誰だって知ってる。

 天才だろうが、凡才だろうが。経験値の差で戦いの勝敗は大きく変わる。


「それと同じように使う魔法の知識もいる。シャルルの適正属性は『氷』だよね?」

「はい。そうです」

「それじゃあ、やっぱり知っておいた方が良い」

「知っておく? 一体、何を――」


 リオンは屈伸を止めると、指を一本立てて目の前に突き出した。


「――模擬戦をしてみようか」


 その言葉にシャルルは言葉を途切れさせた。

 シャルルはリオンの意図が分かってしまったのだ。

 ここで模擬戦をする意味。知っておくべきこと。魔法の知識。そして、課題の確認。

 全てが線で繋がったのだ。


「俺からは攻撃を加えない。代わりに、シャルルは自由に魔法を使ってくれ」

「自由に……。…………それは、オルトロスとの戦闘時みたいに殺す気で……って事ですか?」


 シャルルの言葉にリオンは静かに頷いた。

 それを確認するや、シャルルは腰に下げていた細剣を抜いた。


「行きます。――【氷纏流牙ティア・エル・ゼルリス】」


 細剣に冷気の鎧が装着される。

 演習場に差し込む陽光が宙に散乱する氷のプリズムによって分散し、虹色の光が淡く輝いている。

 虹色の光と銀髪の少女。

 あまりにも幻想的な組み合わせに、意識が引っ張られそうになってしまう。


「――シッ!」


 だが、これはあくまでも模擬戦。

 幻想的な光景に心奪われ、攻撃に対処できないなど有り得ない。


 リオンは放たれた刺突を皮一枚で避けてみせた。

 その瞬間、氷のプリズムは肥大化し、より強い冷気を放ちながら氷塊をその先に生み出した。

 学生で『上級魔法』に区分される付与魔法を使ってみせた。

 その技術には脱帽する他ない。

 だが――


(――まだ甘いな。やっぱり【氷纏流牙ティア・エル・ゼルリス】を使いこなせてない)


 リオンは厳しい評価を内心で下した。

 この『弱点』は使用者本人が気付かねば直らないだろう。

 いや、気が付いても直せるかは本人次第。

 しかし、それを知っているかどうかで今後の戦い方は変わってくる。


「シャルル。次、俺はこの場から動かない」

「……え? でも、それじゃあ……」

「大丈夫。安心して攻撃してくれ」

「…………わ、わかりました!」


 シャルルは眉を怪訝に曲げながらも、一度距離を離して再び刺突の構えを取った。

 ――疾走。

 冷気が刃を覆い、剣先にある一切を凍てつかせんと膨張していく。


「――はぁっ!!!」


 繰り出された刺突。

 リオンは剣先に合わせるように人差し指を伸ばした。


「――――ッ!」


 眩い閃光と吹き荒ぶ氷風。

 空気中の水分が凍てつき、新たな氷塊を生み出していく。

 だが、それは先程までの一直線に伸びる氷塊ではなかった。


「…………割れた?」


 そこでシャルルは気付いた。

 氷が二手に分かれて伸びていった理由が。


「嘘、でしょ? ……指一本で止めた?」


 リオンの人差し指が剣先から伸びる氷を分断させていたのだ。

 その事実にシャルルは目を丸くした。

 なにより衝撃的だったのは、リオンが全くの無傷であることだ。

 指と剣の衝突。どっちが勝つかなど明白だった。

 にも関わらず、リオンは傷一つ負っていなかった。


「…………これが、課題だ」

「課題……?」


 リオンの言葉を反芻する。

 どういう事なのか理解できない。

 これは課題というより、単純な力量差をわからせただけではないか。

 シャルルはそう思わずにはいられなかった。


「私の……魔法の威力が低いと……?」


 シャルルは屈辱に顔を歪ませながら質問をした。

 だが、その質問に対してリオンは首を振って否定した。


「違う。威力は十分だ。問題はそこじゃない」

「じゃあ、何が…………」


 シャルルは顔を顰めながらリオンを見詰める。

 リオンはその質問に答えるように、視線を指と剣先が触れ合っている所へと向けた。


「シャルル。よーく見てみるんだ。君なら分かる筈だよ。なんで俺が無傷だったのか。なんで指を貫けてないのか」

「見る……? 一体、何を――――!?」


 そして、そこでシャルルは気が付いた。

 自分の剣の状態に。


「これが……氷の付与魔法の『弱点』だ。初歩的過ぎて誰も気が付かない、大きすぎる『欠点』……」

「なんで……」


 リオンの指とシャルルの剣はそもそも触れ合っていなかった。

 正確に言うならば、指と剣先の隙間に氷が入り込んでしまっていた。これでは幾ら鋭い刃を持っていても、どんなに強い力で振り抜いても、貫けないし斬れない。

 これは最早剣ではなく、鈍器だ。


「こんなことが起こるなんて……。…………だから、オルトロスの肉も切れなかった?」


 本当にシャルルは賢い。極めて優秀だ。

 リオンがアシストをしたとは言え、自分で付与魔法の弱点を理解できた。

 これが他の生徒ならある程度苦戦していただろう。

 自分で気付けたからこそ意味がある。


「さて、それじゃあ課題に自力で気付けた事だし。少しだけ授業をしようか」

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