第三十七話 休校明け

「と、言うことで新しく編入生としてAクラスに来たリエル・ディーリッヒさんです」

「よろしく……」


 リオンの紹介と共にリエルは頭をぺこりと下げた。

 学生たちは勿論、リオンの唐突な切り出し方に混乱していた。教室に入ってくるなり後ろに見覚えのない女子が付いてきており、それをリオンはなんでも無いように紹介して終わり。

 なにがなんだか。状況など呑み込めたものではない。


「それじゃあ空いてる席に座ってくれ、リエル」

「……わかりました」


 リオンの指示通りにリエルは周りを見渡して、空いている席を探し始め、シャルルの隣――ではなく、シャルルの隣に座るアイリスの隣に腰掛けた。


「私、アイリス! これからよろしくね、リエル!」

「……よろしく。アイリス……」


 アイリスとリエルは軽く握手をして、何も無かったかのようにそのまま前を向いた。

 何故かはわからないが、とても馴染んだ様子だ。

 その空気にそのまま流されそうになる。


「いやいやいや!? 何普通に流してるんですか!? リオン先生! なんで急に編入生が来るんですか!」


 シャルルは机を叩きながら勢いよく立ち上がると、大きな声を上げた。


「なんでって言われても、編入生が来るのに予告が必要って言う決まりはないよ? それにこういう編入生というのは時に急に来るからこそ楽しいものじゃないの?」

「私が言いたいのはそういう事じゃありません! なんで学校が大変なこの時期に、編入生が突然来るのかっていう話ですよ! 明らかに怪しいです!」


 シャルルの言う事は尤もだ。現在、レウゼンはジオの件が一旦の落ち着きを見せているとは言え、まだまだ彼の起こした事件の爪痕は深く残っている。

 そんな中で編入生が来るというのは怪しく見えて仕方ないだろう。無論、リオンもそう思われるのを重々承知でリエルに今回の件を頼んでいる。


「まぁまぁ……落ち着こうよ、シャルル。ほら、リエルは悪い人じゃ無さそうだよ?」

「うん……。私は貴女に微塵の興味も、関心もない」

「なんかそれはそれで腹立つ! しかも、顔色ひとつ変えずに目線を前に固定したまま言ってるのが余計に!」


 シャルルは顔を真っ赤にしながらリエルを指差して憤慨している。


(リエルの奴……シャルルが護衛対象っていうのを忘れた訳じゃないよな? なんで真っ向から嫌われるような言動をぶつけてるんだ……?)


 リエルの考えがリオンには到底理解できなかった。

 学友として近くから守って欲しい。それがリオンの要求だったはずだ。確かに友達である必要はないが、嫌われれば近くでという条件を達成できなくなってしまう。

 にも関わらず、一体なぜあんな言動をしているのか。


(……いや、アイツもともと嘘吐けない性格だったわ。思ったことなんでも口に出すし、行動にも全部表れるんだった。すっかり忘れてた……)


 やはりリエルを任務に招集したのは間違いだったかもしれない。


「と、とりあえず落ち着こう! みんなも知っての通り、今から一カ月後には《六魔大祭》がある。それに向けて、二週間の休校のせいで遅れていた《剪定戦》が来週から始まる事になった」


 リオンはなんとか場の空気を切り替えようと、《六魔大祭》の話を持ち出した。

 すると、狙い通りに先程のギスギスとした空気は綺麗さっぱり消え――


(――てない! 全く消えてない! ていうか、間違いなくシャルルがイライラしてる!)


 シャルルは気付けば席に座り、リエルを睨むのを止めていた。だが、シャルルは視線を逸らし、頬をむくれさせ、指でコンコンと机を何度も叩いている。

 一方のリエルはそんなシャルルを気にかける素振りを見せないまま、ジッとリオンを凝視している。


「……そ、それに際して、《剪定戦》に出たい人は今から渡す用紙に名前を書いて俺に渡してくれ。それをフローリア……校長に渡すから」


 リオンは『《剪定戦》参加希望』と見出しに大きく書かれた紙を生徒たちに回していく。

 シャルルも不機嫌な様子は変わらないが、いそいそと用紙を手に取り、羽ペンを持って記入を始めたあたり《剪定戦》――というより、《六魔大祭》に出場する意志があるのだろう。


 逆にリエルはと言えば、貰った用紙をすぐに折り始め、紙飛行機を作っている。

 それを見たシャルルは更に顔を顰めた。


「…………あなたは《六魔大祭》に出る気ないの?」

「ない」


 リエルはシャルルの問いに対して即答した。

 たった一言。放たれた言葉は別に棘がある訳ではない。だが、どうしても鼻について仕方がない。


「あっそ……」


 シャルルはそれ以上、気にかけるのは無駄と判断しリエルから再び目を逸らした。


「そ、それじゃあ書き終わったら俺のところに持ってきてね。締切は今日から三日間だから提出は遅れないようにね」


 リオンは顔を引き攣らせながらそう言った。


「とりあえず授業を始めようか」


 その言葉と共に、リオンは授業を開始した。

 内容は野外演習前に行っていた魔力の操作訓練。魔力を抑えながら魔法を扱うという至極単純な訓練だ。野外演習前までで出来ている生徒はいなかった。


「一先ず、この二週間課題として【魔弾ジ・アルフィ】の発動・解除を一時間の間ずっと繰り返すことを与えてたけど、今日は皆んなの進捗を見て行こうと思う」


 リオンの言葉に生徒たちの雰囲気が引き締まった。

 休校の間の二週間。生徒たちはただでさえキツイことを繰り返し行ってきた。こんな繰り返しに効果があるのかは分からないが、生徒たちは愚直に積み上げてきた。


「てことで、皆んな今から一時間発動と解除を繰り返そうか。それじゃあ……開始はじめッ!」


 リオンが掌をパンっと合わせると、生徒たちは思い思いに課題を繰り返し始めた。

 視線を左右に振れば、彼ら全員魔法の発動と解除の行き来がスムーズになっている。リエルを見れば顔色一つ変えず、何事でもないように淡々と熟している。


 それもそのはずで、リエルはこの指導という扱きを零番隊隊入隊時に受けている。

 久しぶりにやったとしても、その扱きによる感覚が抜け落ちる事などあり得ない。


(リエルは当たり前だけど、全員しっかり今回与えた課題をやってたみたいだな。一目見て分かるくらいに魔力の使用効率が跳ね上がってる)


 魔力の容量は幾ら伸ばそうと思っても一ヶ月そこらで伸びるものではない。何年も繰り返し繰り返し魔力を限界まで使い続けて、漸く少しずつ伸びていく。

 そう。何年も限界を繰り返して少ししか伸びないのだ。だからこそ、魔力の容量は人の生まれ持っての才能であり、そこを埋める事はできないとされている。


 では、魔力の容量が大きい相手に自分が勝つにはどうすれば良いのか。どうすれば相手より息切れせずに戦い抜けるのか。

 答えは単純で、魔力を効率的に使用するということ。

 魔力が多かろうと使用効率が最悪なら、持久力は皆無に等しい。

 要は使い方なのだ。


(この調子なら、次に移れそうだな)


 そして、一時間が経った。

 魔力切れを起こして倒れた生徒たちは全員一時間耐えて見せた。最初の時点で一時間耐え切った生徒たちも、最初の頃よりはずっと余裕がありそうだ。特にグレンとシャルル。あの二人は汗一つかいていない。無論、リエルもだ。


「うん。皆、頑張っていたみたいだな。リエルも良く一時間耐久できたな」

「これくらい余裕です!」


 リエルは先程までのクールな雰囲気を一変させて、目を輝かせはじめた。


「たいちょ……リオン先生、もっと褒めてください!」

「あはは……」


 リエルの頭に揺れ動く犬耳と背の後ろにパタパタと激しく振られている尻尾を幻視した。

 リオンは苦笑いを浮かべた。


「……あなた、結構やるみたいね」

「…………当然。これくらい出来て当たり前」


 シャルルとリエルが互いに睨みを利かせている。

 なぜリエルはあそこまで敵対心剥き出しにしているのだろうか。リオンには理解できず、頭を押さえた。


☆☆☆


「リオン先生……」


 授業を早めに切り上げて自室に戻ろうと、廊下を歩いていると突然後ろから呼び止められてリオンは振り返った。

 そこに居たのは――


「シャルル……? どうしたのこんな所で? ――え!?」


 シャルル・ローグベルトだった。

 彼女は至って真剣な表情でそこに立っていた。

 リオンがそう聞くと、彼女は頭を下げた。あまりに突然すぎる出来事にリオンは動揺した。


「な、なに!? なんかあったの!?」

「……お願いが、あります」


 慌てふためくリオンを尻目にシャルルはそう告げた。


「放課後……時間の許す限り、私に稽古を付けてくれませんか!」


 稽古――。

 それがシャルルの申し出だった。

 勿論、今は教師という皮を被っているリオンは断りはしない。というか、リオン自身他者から稽古を頼まれたら断ることをしない。

 だが、その理由が気になる。なぜ急に稽古を付けてくれと頼んで来たのか。リオンはそれをシャルルに質問した。


「どうして稽古を付けてほしいの?」

「…………強くなりたいんです」


 シャルルから返ってきたのはシンプルな回答だった。

 その言葉にリオンは頭を捻る。


「野外演習で……リオン先生が居なかったら、私はジオ先生に連れ去られていた……ッ。その場に居たグレン君とアイリスまで巻き込んでしまった……!」


 悔しさを滲ませながら、シャルルは言葉を紡いでいく。


「私が……もっと強ければ! あの二人を危険に晒すことも無かったッ! だから、私は強くなりたいんです! リオン先生に守られなくても、強敵に勝てる様にッ!」


 顔を上げたシャルルの目には強い光が宿っていた。

 その目に気圧されて、リオンは半歩後ろに下がってしまった。


「もう……誰も失わないために…………」


 最後にボソッと溢した一言。

 それはリオンの耳にも聞こえたが、敢えてそれに触れる事はしない。

 それはきっとシャルルの触れられたくない過去だ。野外演習で聞かないと言った手前、それに対して質問する事はあり得ない。


「……わかった。じゃあ、明日から始めようか」

「…………良いんですか?」

「うん。そりゃあね。でも、今日は休み明けで疲れてるだろうから体を休めよう」

「分かりました。ありがとうございます!」


 シャルルはもう一度深くお辞儀をした。

 こうして、リオンの放課後の予定にシャルルに個人的に稽古を付けることが追加されたのだった。

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