第三十四話 転換点

 野外演習から既に二週間が経過した。

 ジオの裏切りはフローリアとの会話の二日後には公表され、外部から敵を手引きした教師の行方は知れず。ただ撃退したとだけ報道された。

 無論、そんな曖昧な発表で国民が納得するわけもなく、連日新聞記者が殺到してきていた。


 新聞記者たちはレウゼン魔法学校の穴を突かんと躍起になって取材を行い、その果てに生徒たちにもしつこく密着しての取材を行うなど行動が次第に過激になっていった。

 ただでさえこの騒動の渦中にあって、動揺や戸惑いを隠せない生徒たちへの配慮に欠けた取材に待ったを掛けたのはフローリアだった。


『この騒動の渦中にあるのは子供たちだ! 担任が亡くなり、剰え敵を手引きしていたという話を聞かされ、消沈している生徒たちが居るのに、なぜ部外者がその傷を抉るような真似をする!』


 フローリアは苛立ちを隠せない様子で、記者たちにそう怒鳴り、


『次、生徒たちに取材という名の刃を突き立てるなら、その時はお前たちを消し炭にするからな』


 鬼気の迫った表情で記者たちを脅してみせた。

 流石に冗談ではないと記者たちも悟ったのか、それ以降レウゼンに対してのしつこい取材はパタリと止んだ。

 とは言え、世間からのレウゼンの評価は駄々下がりしたと言っても良い。

 今回の一件は裏切り者だったジオを野放しにしてい事によって起こった悲劇。生徒や教師陣に犠牲者が出なかった事は唯一の救いだったが、それでも信用には傷がついてしまった。


 だが、今回の取材の一件でフローリアが記者たちに喝を入れた事は評価され、ほんの少しだけ信用は戻ってきている。


(まぁ……結局、フローリアが人気すぎるってだけだけどさぁ……)


 改めて、国の英雄と持て囃されるフローリアの凄さを実感してしまう。

 最強と謳われる第一番隊の隊長として、その力を遺憾なく発揮してきた証左なのだろう。


 そんな事を考えていると、対面から見覚えのある人物が歩いてきた。

 整えられていないボサボサの桜色の髪に、制服を着崩した女性。


「……あれ、ルエナ先生じゃないですか。どうしたんですか、こんなところで?」

「あぁ……リオンか……。いや、ちょいと用事があってなぁ……」

「……用事? ルエナ先生が戦技科にですか? なにか資料を持っていく途中だとか、そんな感じのことですかね?」

「いや、そう言うんじゃねぇ……」


 ルエナは桜色の髪をくしゃくしゃと掻き乱しながら、不満げな表情を浮かべている。


「…………今日、ひさびさに授業が再開するだろ?」

「そうですね。野外演習の後からずっと休校にしてましたから」


 レウゼンは生徒たちのメンタルケアや過度な取材を避けるために、二週間の間学校を休校として休みの期間を取っていた。

 そして、今日が休校明けの初回授業。

 野外演習を終えて、初めての授業という事になる。


「んで……Bクラスって担任がいなくなっちまったろ? あのバカが色々やらかしたせいでよ……」

「そうですね」

「結局、新しい担任探すって話になったんだけど、戦技科の教員も全員他のクラスの担任持ってるから無理だって話になったんだよ。んで、普通科の中から選ぶって事になったんだけど…………」

「…………なるほど」


 ここまでの話を聞けば、言わずともルエナがここにいる理由がわかってしまう。

 要するに、


「……ルエナ先生が新しい担任なんですか?」

「…………あぁ」


 普通科の中でもルエナは野外演習の担当教員として選ばれるくらいには実力者だ。

 そんな人物がいるのだから、必然的に白羽の矢がルエナに立ったという事なのだろう。


「今までのらりくらりしながら、担任とか面倒くさい仕事を受けないように立ち回ってたんだけど、どうやらそれも潮時らしい……」

「あはは……でも、それだけ評価されてるって事ですよ。ルエナ先生なら担任をしても大丈夫だって信頼されているって事です」

「…………そういう評価ってさ。なんていうか、こう……重いよね……」


 ルエナは普段の飄々としている雰囲気とは一変して、明らかに顔色が暗くなっている。

 視線を下に逸らし、口は笑顔を貼り付けながらも、目には全くもって生気が宿っていない。


 そんなに担任をすることが嫌だというのだろうか。

 リオンは関係値が浅いとは言え、野外演習を通してのルエナの印象は金が貰えるならどんな仕事でもある程度は熟すというイメージを持っている。

 実際、他の教員に聞いてもルエナのイメージは多少の差異はあれど、似たような事を口にするはずだ。

 ともなれば、ここまで担任になる事を嫌がる理由が気になってしまうのも人の性だろう。


「ルエナ先生はなんで担任をしたくないんですか? 給料を貰えるならどんな仕事でもするタイプだと思ってたんですけど……」

「…………リオンってさ、意外と歯に衣着せぬ物言いするんだな。最後の言葉は思ってても言わない奴だろ……。…………ま、事実だから良いんだけどさ」


 ルエナは溜め息を一つ大きく吐くと、しぶしぶと言った様子でポツポツと語りはじめた。


「私が担任とか可哀想だろ……生徒たちが…………」

「可哀想? なんでですか?」

「だって……こんなだらしない奴が担任なんだぞ? 人間として色々終わってるし、金が絶対主義だし、口だって良くねぇ……。とか言っても、今更直す気もないしな」


 ルエナはバツが悪そうにそう語る。

 そんなルエナの様子にリオンは目を丸くした。

 その言葉は到底給料を貰うためだけに、教師になったと言っていた人間の言葉ではないだろう。


「……ルエナ先生は生徒の事を大切にしてるんですね」

「そりゃあ……生徒がいなきゃ金貰えないしな」

「そういう事じゃなくてですね……」


 この期に及んでも尚、ルエナは頑なに金を貰えることに執着しているように振る舞おうとしている。

 そんなルエナの態度にリオンも苦笑いを溢す。


「ルエナ先生は……俺なんかよりもずっと生徒のことを気に掛けてますよ。それだけ大切に思ってくれる人が担任なら、生徒たちも安心できます」


 リオンは微笑を向けながら、ルエナにそう言った。

 リオンの言葉を受けたルエナはどこか気恥ずかしそうに指でポリポリと頬を掻きながら「そんなんじゃねぇよ……」と、ぽつりと言葉を溢した。


(本当に俺なんかよりも人の事を考えてるけどな。俺は国からの命令でここに居るだけだし)


 リオンはルエナを見ながら、改めてレウゼンで働く教員たちと自分を比べてしまう。

 生徒たちを何よりも優先する彼らと、自分の目的を何よりも優先する自分。

 比べれば比べるだけ、自分のクズさが露呈して嘆きたくなってしまう。


「――んな事よりだ!」

「…………っ!?」


 いよいよ空気に耐えきれなくなったルエナが突然大きな声を上げた。

 その声に思考の海にいたリオンは驚きで、体を半歩下がらせてしまった。


「お前こそどこ向かってるんだ? そっちの方向は教室じゃないだろ?」

「実は……フローリア校長に今すぐ校長室に来るようにと言われていて……」

「校長室ゥ? なんでまた?」

「…………聞いた話によると編入生が来るらしいんですよね」


 リオンは苦笑いを浮かべながらそう返した。

 リオンの返答を聞いたルエナは目を丸くしてしまっている。


「この時期に編入生?」

「はい。そうみたいなんですよね」

「…………ふーん。珍しいこともあるもんだな。まだ一年生が始まってから一カ月経ってない、しかも問題が起こったばっかの時期に編入とはね」


 そう言うルエナは怪訝そうな表情をしている。

 あからさま過ぎただろうか。

 この編入生の正体を知っているリオンからすると、そう思えてしょうがない。


 だが、こうしなくてはならない理由がある。

 思った以上に《魔導結社ユニオン》は本気でシャルルを狙ってきている。野外演習を見れば、それが分かるだろう。

 《魔導結社ユニオン》の強襲によって、ジエルとルエナの両名が怪我を負うことになってしまった。


 今後、任務を行う上で必ずリオンはシャルルと分断される場面が出てきてしまう。

 今回はたまたまリオンが敵と交戦していなかったから、すぐさまシャルルの元に出向き、ジオの魔の手を退けることができた。


 では、これからはどうなる?


 そう考えた時、リオンが敵と交戦中の時にどうシャルルを守るのかを考えざるを得なかった。

 結論として、常にシャルルのそばに置いておけるもう一人の護衛が欲しかったのだ。


「……ま、いいや。一先ず、私は教室行くわ。じゃな」

「あ、はい。お気をつけて」


 気付けばルエナは教室へと歩いていってしまった。

 彼女は後ろ手にリオンへと手を振り、こちらを見ることはなかった。


「…………俺も行くか」


 リオンはそんな彼女の後ろ姿を見送ったあと、自身の目的地――校長室へと足を運ぶのだった。

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