第三十一話 野外演習⑰
「――【
リオンの眼前に火柱が上がった。
燃え盛る炎の中心には力無く倒れたジオの姿があった。ジオの肉体は噴き上がる炎の濁流に揉まれながら、その身を灰へと変容させていく。
そう。現在、リオンはジオの死体を火葬していた。
理由は至極単純。人の死体を生徒たちに見せるわけには憚られたから。というのもあるが、その実はリオン自身がジオを弔ってやりたいという思いがあったからだ。
「………………」
別段、ジオに対して思い入れがあったわけではない。
話したのも数日前に行われた会議の時と、野外演習の開幕時、そしてこの殺し合いの時のみ。
それだけでジオに対して同情が生まれたかと聞かれればそうでは無いと、リオンはそう断言できる自信があった。
ただ――
「…………アンタみたいに、俺も欠けてる側の人間だからわかるよ。俺も、アンタも、もう引き返せないところまで来てしまったから、だから戦うしかなかったんだ」
それを言葉として表すなら『共感』がしっくり来る。
リオンも元は『欠けて』いた。今、こうやって誰かを守る為に戦っているのは、ある種の偶然が重なり続けた結果の末だ。
何かが違っていれば、リオンとてジオの立場に居てもおかしくはなかったし、ジオがリオンと同様の立場にいたかもしれない。
自身と重ねてしまったから、せめて葬ってやろうという気が起こったのだ。
「じゃあな」
ジオの死体が灰になっていくのを確認したあと、リオンは踵を返した。
向かう先は【
リオンは【
瞬間、魔力の供給路を失った闇の防壁は砂よりも細かく、風に吹かれたかのように消えていった。
「…………リオン先生」
闇の壁が消えた先には、瞳を不安げに揺らしていたシャルルが立っていた。
視線をずらせば、未だに意識を取り戻していないアイリスとグレンの姿が飛び込んでくる。
「あの……」
「とりあえず、話は後にしよう。二人の治療を先にしないといけない」
「あ、はい……」
何かを話そうとしていたシャルルを手で制して、リオンは倒れている二人の側へと近付いた。
アイリスは内臓や動脈などは多少煩雑ではあるが、ある程度は修復されており、静脈や骨の損傷を治すだけで命に別状はない。
グレンも雷の魔法で体内から焼かれた事で内臓にはダメージがあるが、出血自体は傷口を焼いて塞がれたような状態になっており大した量ではない。
「うん……大丈夫そうだ。これなら、すぐにでも治せそうかな」
リオンはそう判断して、倒れている二人に両の手の平を翳した。
「――【
リオンの手から放たれた尋常ではない魔力の奔流は、全てを癒す眩い緑光となり、負傷で斃れるグレンとアイリスの体を包んでいく。
二人の体を蝕んでいた傷の数々。折れた骨、裂けた血管、焼かれた臓腑、皮膚の裂傷。その痕跡が即座に消失を始めていった。
次第に苦痛に喘いだ表情をしていた二人は穏やかな顔色になり、呼吸も安定し始める。
「…………良かった」
その二人の様子を見て、シャルルは安堵のため息を漏らした。
「とりあえずここで出来る処置はしたから、後は病院で診てもらおう。シャルルは怪我はない? あるなら直ぐにでも治すけど……」
「いえ、私はそこまで大きな怪我はしていないので。強いて言うなら、魔力がもう枯渇気味なくらいです」
「そっか。なら、良かったよ」
シャルルの言葉に、リオンは微笑みを返した。
先刻、ジオと対峙していた時の険しい表情とは一変しての優しい表情。
ジオとの殺し合いを経ても尚、リオンはその柔和な態度を崩すことはない。
「さてと、一先ず今は『リュエの涙滴』まで戻ろうか。そこで皆んなと合流して、少し早いけど野外演習を終わらせた方が良いだろうし」
「そうですね……」
「俺も少し魔力を使いすぎたしね」
――嘘だ。
シャルルは直感的にそう感じていた。
リオンの様子には少しだって疲弊が見えない。頬には赤い線が引かれているが、それ以外には目立った外傷は見えないし、魔力を使いすぎたにしてはピンピンし過ぎている。
それだけ、ジオとリオンの間には実力差があったという事なのだろう。
「ううん……二人を運ぶのはちょっと疲れるなぁ……。でも、ここに置いておく訳にもいかないし。…………少しあれだけど担ぐか?」
リオンは顎に手を当てて、そんな事を考えている。
疲労が限界に近いシャルルにアイリスを任せるのは余りにも酷だろうと判断した結果、自分一人で二人を運ぶつもりでいるらしい。
話をするなら、今しかない。
「あ、あの、リオン先生……さっきの続きなんですけど…………」
「ん? あぁ、遮っちゃったやつか。なんの話?」
シャルルは意を決してリオンに話しかけた。
それに対して、リオンは不思議そうな視線をシャルルに向けている。
「…………先生は、なにも聞かないんですか?」
「……聞く? なにを?」
「なんで、私がジオ先生に狙われていたのか……とか。私は一体何者なのか、とか……」
リオンは何も聞かずにジオと戦闘を繰り広げた。
ただ自分を守る為に戦ってくれたのだ。そこには生徒だからと言う気持ちしか無かったのかもしれない。だが、少なからずなぜジオ先生がシャルルを狙ったのかは知りたいと考えていてもおかしくない。
そして、自身のために命を懸けて戦ってくれたリオンに対して、それを秘匿するのは不誠実なのではないのだろうか。
シャルルはそう考えていた。
「まぁ……気にならないと言ったら嘘になるかな」
「そ、そうですよね……」
「うん。君が狙われた理由が俺にはわからないし、今後も狙われる可能性もあるわけだしね」
その時はまたリオンや他の生徒たちを巻き込む可能性だって考えられる。
狙われている理由がわかれば、それに対してリオンがどう対処していくのかも明瞭になる。
「でしたら、教えます……。…………わ、私は――」
シャルルはそこまで前置きをして、話し始めようと大きく息を吸い込む。
「……私、は――、私は…………!」
鼓動が早くなっていく。
声が震え、手足から力が抜けていく。
言わなければ、言わなければと思うほどに視界が狭窄していき、次第に息が荒くなっていく。
――もし、拒絶されたら?
――もし、この人も敵だったら?
助けてくれた人にそんな事を考える自分に嫌気がさしながら、それでも心の中の弱い部分がシャルルの口を止めてしまう。
焦燥が心を支配し、恐怖が行動を引き止める。
言わなくてはならないのに、言葉が声にならない。早く言葉に。早く、早く早く早く――
「――落ち着いて。大丈夫だよ」
「…………ぁ」
そこでリオンの手がシャルルの頬に触れた。
リオンの少し低めの体温が手のひらから伝わり、触れる頬から優しく流れ込み、自然と気持ちを落ち着けていく。
「態々言いたくない事を言わなくても良い。生徒に無理をさせてまで、隠したいと思っている秘密を聞き出すつもりなんてないんだ」
「でも、だって…………私は、先生やグレン君、アイリスまで巻き込んだのに…………」
「巻き込まれたなんて思ってないよ。あれは俺が勝手に首を突っ込んだだけだ」
そんな事ない。自分のせいで無関係の人間を巻き込んで、いろんな人たちに迷惑をかけてしまった。
シャルルはその事を気にしている。
自覚しているのだ。自分がいなければ、この野外演習がこんな混沌と化すことなど無かったのだ、と。だからこそ、自分のことを隠す事はあってはならないと。
「俺は……教師だ。お前たちの担任だ。お前たちが何か困っていて、苦しめられているなら全力で助ける」
「…………ッ!」
「勿論、なんの根拠もなしに信頼しろとは言わない。だけど、自分でどうしようもない時は俺を頼ってくれ。教師として出来る全力を尽くして助けると約束する」
リオンは目線を外すことなく、シャルルの瞳を真っ直ぐに捉える。
その言葉はシャルルがどう否定しようとも、嘘じゃないとそう思えて仕方がなかった。目の前のこの人は信頼しても良いのかもしれない。
シャルルにはそう思えて仕方がない。
「だから、言いたくないことは無理に言わなくて良い。ただ、辛くなったら俺を頼ってくれ」
「……それは、都合の良いように使えって、ことですか?」
「まぁ、端的に言えばそうなるかな」
「…………なら、そうしますね」
シャルルはそう言うと、朗らかに微笑を浮かべてみせたのだった。
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