第二十八話 野外演習⑭

 リオンが戦場に到着した時、すでに状況が進んでしまっていた。

 倒れるアイリスとグレン。顔を恐怖と絶望に歪ませるシャルル。そして、下卑た笑みを浮かべるジオの姿。それだけで状況のあらましは察する事ができた。


 ――ジオ・リーテルこそ裏切り者である。


 ただ、その一つの結論に帰着した。

 だからこそ、リオンは即時行動に移すことができた。


「…………リオン・エイルスか。先程の殲滅魔法もお前が使った物だろう? あのバカ二人がジエルとルエナを抑えていたんだ。それしか考えられない」

「だったらどうします、ジオ先生?」


 リオンは鎖の上から降りて、ジオを一瞥することなく、地面に倒れる二人の側へと歩みを進めた。

 リオンが二人の首元に手を当てる。

 手のひらからはトクン、トクン……と、小さくはあるが確かな鼓動が感じられる。意識を失ってはいるが、死んではいない。


「……殺すさ、殺すとも。私は自身の計画を乱すものは許せないタチなのでね。だが、私から君に一つ聞きたいことがある」

「…………なんですか? 話だけは聞いてあげますよ」

「なぜ……お前はここに居るんだ? 私が裏切り者だと気付いていた訳でもあるまい」


 ジオは怪訝な表情をして、リオンにそう訊いた。

 リオンがジオへと向き直り、ここに来るまでの経緯を語り始める。


「…………可能性がある。そう考えたのは、ついさっきですよ」

「なぜ、そう考えた?」

「まず、大前提として今回の襲撃を起こすには、空間転移の魔法を扱う人間がいる事が必要なはず。この結界が外と中を隔絶している以上、歩いて入ってくるなんて事はできない」


 今回、野外演習の場として指定されたフォル密林は『リュエの涙滴』を中心として、東西南北に全く生態系の異なる戦場フィールドが広がっている。そして、中心から離れれば離れるだけ、より凶悪な魔物も出現する。

 今回な野外演習はあくまでも一年生の実力を測るためのもの。強すぎる魔物が出ないかつ、弱すぎない魔物も出る範囲を結界で区切ったのだ。


 そして、この結界を張る魔道具――『ディメンシオ』は、触れるもの全てを拒絶する壁を作り出す。

 これによって、何者の侵入も脱出も許さない完璧な空間を作り出しているのだ。


「それに反応は突然増えた。外から俺の探知領域に入ったのではなく、領域の中に突如として出現した。これを成し得るのは転移魔法のみ。少なくとも、俺はそう考えました」

「…………ふむ」

「……そこから、次の推測。敵である二人は戦闘の形跡からして、転移魔法の使い手ではなかった。そんな時にジオ先生の反応が飛び飛びなことに気づいたんです。そして、確信しました。ジオ先生が転移魔法を使えると」

「……なるほど。そこまでの推察を以て、私を怪しんでいたという訳か」


 ジオはそう言うと、手のひらで表情を隠しながら顔を伏せた。

 しかし、今ジオが笑っている事だけはわかる。

 その肩を静かに震えさせながら、余裕すらも垣間見えている。


「…………くっ、ハハハハハッ!」

「…………なにが、面白いんですか?」

「だって笑えるだろう!? 私が裏切り者だと勘付いたのが、まさか新人だとは! そして、その新人が何を思ったか知らないが、たった一人でここまで出向いたということが!」


 ジオは顔を勢いよく上げ、哄笑した。

 嘲弄と侮蔑の視線をリオンに向け、見るに堪えない歪んだ笑みを晒す。


「……勝てると思うか? 新人の教師が?」

「…………勝てるっていう確信があるから、俺はここにいるんですよ」


 瞬間、二人の魔力が衝突する。

 周囲に吹き荒れる膨大な魔力の奔流に呑み込まれながらも、シャルルは二人の戦いを見届けんと薄目を開く。

 ジオは腰に挿していたナイフを抜いた。

 装飾のないシンプルなナイフだ。唯一特徴があるとするなら、怪しい光を放つ紫紺の刃だ。


「……それと、俺からも一つ質問を」

「なんだ? 内容の次第によっては、答えてやらんこともないぞ」

「貴方は生徒という才能の原石を磨くために、教師という職に就いたと言っていたな? あれは……嘘だったんですか?」


 あの時、確かにジオの表情には生徒たちに向けられた慈愛があった。

 それはリオンの見間違いなどでは決してない。

 あれが演技なのだとしたら、ジオは人を騙すのに手慣れすぎている。


「……いいや? 嘘じゃないさ」


 ジオは野外演習の始まる前と同じように、その目を優しく細めた。

 その語気には狂気も害意も感じられない。


「私は……確かに、生徒たちが大好きさ……。才能の塊である彼らがどうなっていくのか……。私の興味はその一点に尽きている」


 ジオは淡々と、されど声を柔和にしながら語る。

 そこにはやはり慈愛の念が混じっている。


「だって、そうだろう? 才能のある者が絶望する瞬間、彼らはどんな顔をして崩れる? 原石が輝けば輝くほど、その光が燻んだ時の歪さはより美しくなる!」


 しかし、それはただの慈愛などでは無い。

 常人には決して理解できぬ狂気を内包した愛――それを『狂愛』とでも形容すれば良いのか。

 だが、一つだけ言えるのはジオという男は、人としての大事な何かが『欠落』しているのだということ。


「だからこそ、私は才能を磨くのが大好きだ! 磨かれた才能を自信ごと打ち砕き、相手の絶望を浴びながら殺戮するのが大好きなんだッ!!!」


 だが、それがジオの行動理念。

 才能を狂おしいほどに愛し、それを壊すことに快感を覚えるが故の、抑えられぬほどの『破壊衝動』。

 それに従うことこそが、ジオという男が生きている意味であり、証明。


「今ァ、私の興味はただ一つのみ! リオン先生、貴方を完膚なきまでに叩き潰し、絶望しながら死ぬ顔が見たい……!」


 口の端から止めどない涎を溢しながら、ジオは声を上擦らせる。


「だから、私の快楽のために……死んでくれェ!」


 ジオは狂気に染まりながら、吼えた。


「《果てなき天空そらを望む》――【破滅の航行者カエルム・オブセル】ゥゥ!!!」


 刹那――ジオの姿が消えた。

 その場にいた痕跡を残すことなく、瞬き一つの間に。

 そして、気付けばジオはリオンの懐へと潜り込んでいた。

 振り上げられる紫紺の刃。その凶刃が狙う先はリオンの頸。


「…………」


 完全に不意を衝いた一撃。

 されど、リオンはそれに動揺する事なく身を捩って回避する。紫紺の閃刃が頬を掠め、赤い斬線を薄く刻まれるが大したダメージにはならない。

 そう判断し、リオンは身を捩った勢いそのままにジオへと蹴撃を放つ。


 しかし、リオンの放った蹴りはジオに当たる事なく空振り。

 いつの間にかジオはリオンの背後に立っていた。


「……どうだ? これが私の『固有魔法』だ。敵の攻撃を躱しながら、自分の攻撃のみを当てる。こんな芸当一体誰ができるというのか!」


 ジオは両腕を大きく広げ、恍惚とした表情をする。

 自己に陶酔し、自画自賛することその様はまるで自分の力を誇示したいだけの子供のようだ。

 そんなジオを見て、リオンは思わず笑みを溢してしまう。


「…………随分、饒舌なんですね。もう少し知的に会話する人だと思ってたんですが……。…………思ったより、アホそうで良かったです」

「…………あほ?」


 途端、周囲に殺気が満ち溢れた。

 ジオは恍惚としていた貌を崩し、その瞳から光を失っていく。


「……誰が、アホだと?」


 ジオは声を震えさせる。

 努めて冷静に、極めて慎重に言葉を絞り出す。

 されど、脳裏に過ぎるリオンの罵倒が怒りという感情を刺激し、憤怒を隠すことすらできないほどに燃え上がらせていく。


「――アンタがだよ、ジオ先生」


 爆発寸前――。

 既に火薬に火を放たれた爆弾に、更なる燃料を投下。

 燃え上がり、燃焼し、爆ぜて、燃え盛る。

 ジオの沸点は限界を迎えた。冷静でいようとした脳の制限ストッパーを押し除けて、火山の噴火のように爆発した怒りで脳の思考回路すらも焼き尽くす。


「――だれッ、がァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」


 大咆哮。

 心の赴くままにジオは怒りを叫び散らす。

 喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げながら、その魔力が大きくなっていくのがわかる。


「…………す。……ろすッ。……こ、ろすゥッ! 殺してやるぞォ、リオン・エイルスゥゥ!!!」

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