第二十七話 野外演習⑬

「出鱈目すぎる……」


 グレンは目の前で行われている光の蹂躙をそう評した。

 その光は逃走を許さず、魔物を追尾してその脳天を貫いていく。まさに必中必殺。どんな術式を組めば、そんなことが可能だと言うのか。

 いや、不可能だ。

 術式を組む際、魔法に出せる指示は単一的かつ具体性のある指示しか通せない。逃げる敵を追って、その頭を撃ち抜くなどという芸当を指示する事など――


「――いや、そうか……。これをやっているのは、リオン先生なのか」


 その光景を知っている。

 術式による指示を必要とせず、魔法を自由自在に操れる人間――リオン・エイルスという男のことを。

 リオンは確かに授業の際、魔法を自在に操ってみせていた。だが、その時とはまるで状況が違いすぎる。


「これほどの数の魔物を一体も逃すことなく、的確に頭を撃つなど…………。……規格外がすぎる」

「これが……リオン先生の本気の魔法…………」


 複数の魔物の動きに対しての的確な魔法の操作。

 一体、どれだけの鍛錬の果てにその技術を獲得したというのか。


 血の滲むような努力? それじゃあ足りない。

 血反吐を吐きながら? それでもまだ足りない。

 なら、死をも厭わない努力? 届き得るはずもない。

 これはそんな生優しい努力ではない。己の何もかもを擦り減らし、殺し続けた末に手にした力。


「…………届かない。届く気が……しない」

「……同感だな。俺も、無理だ」


 グレンが模擬戦をしたとき。まざまざと実力差を見せつけられ、リオンの強さを感じ取って下した評価。

 ――フローリアと同等の傑物かいぶつ

 その評価が今となって間違いだったと、目の前に広がる光景がグレンに直接訴えかけてくる。


「…………フローリア隊長よりも、強いのか。あの人は」


 今となっては、その評価が一番腑に落ちる。

 こんな無茶苦茶な攻撃ができるのは後にも先にも、リオンしか居ないとそう直感してしまう。

 だからこそ、疑問が残る。


「なぜ……そんな人が、今まで表舞台に立つことがなかったんだ?」

「…………わかんない。わかんないけど、間違いないのは私たちの担任はとんでもないって事よ」

「あぁ……。そんな人に教えを乞えるんだ。これ以上に光栄な事はないさ……」


 気付けば、光の蹂躙劇も佳境を迎えていた。

 残った最後の魔物は――オルトロス。命からがら生き延びていた双頭の狼の脳天を一条の光線が二つ一気に貫いてみせた。

 頭を二つ一気に破壊されたオルトロスは絶叫上げる間もなく、その場に倒れ灰と化す。


「…………フェルノーの様子はどうだ?」

「一先ず、潰れていた内臓系と切れていた動脈は修復したけど、私の残存魔力的に他の折れた骨だったり、静脈の損傷までは治せなかった。とりあえず、安定はしてるけど安心はできない」

「……そうか。だが、一先ずは帰れそうだな。後の処置は他の先生方にやって貰おう」

「…………そうね」


 倒れたオルトロスを尻目に、二人はアイリスの状態を確認した。

 シャルルが【天命輝フィア・オーリス】を使用した甲斐あって、アイリスの命に関わるような損傷に関しては治療することができた。

 アイリス自体の呼吸も先程の苦しそうな喘鳴ではなく、安定した呼吸ができている。

 最高ではないが、この場での最善の手は尽くした。あとはここから脱出して、誰か教師にアイリスを見せれば安心はできる。


「どうだ、立てそうか? あの戦闘直後に、回復の上級魔法の行使をしたんだ。魔力は空に近いだろう」

「……一先ず、動けるだけの魔力は残したつもり。ただ、流石に魔力を身体強化の維持に使う事はできない」

「了解した。ならば、俺がフェルノーを背負おう。幸いなことに、リオン先生のおかげで魔物はほぼ全滅しているはずだ。会敵することもないだろう」

「……そうね。今、この場に残ってるのは学生と教師だけだろうし。……お願いするわ」


 状況は好転した。

 リオンの魔法が起点となり、絶望の祭宴は完全に破壊され尽くした。

 突如として敢行された、フォル密林襲撃はおよそ一時間弱という短い時間を以て終幕を迎えたのだ。


「向かう先は『リュエの涙滴』でいいな?」

「えぇ……。あそこなら、きっと他の人たちも集まっているはずだし」

「なら、急ごう。今のこの静けさは一時的なもので、二度目の襲撃が重なるかもしれん」

「わかった。急ぎましょう」


 グレンが横たわるアイリスを背負い、シャルルも疲労で震える体に鞭を打って立ち上がる。

 その時だった。


「――おい! 君たち無事か!?」


 森の中からシャルルたちの元へと駆け寄ってくる人影が一つ。


「……ジオ先生だ」

「あぁ……助かったな。教師が居てくれるのはありがたい」


 絶望の祭宴を乗り越えた先、教師との合流を果たした事に二人は安堵した。

 ――生きて、帰れる。

 教師の誰かが付いてくれさえすれば、確実に。


「よく生きていてくれたな。……その子はどうした?」

「……アイリスは、オルトロスの攻撃を喰らって……。でも、まだ呼吸自体はあります。応急処置はしたんですけど、完璧に治療できてはいないです」

「……そうか。私も回復魔法はあまり得意ではない。一刻も早く、ルエナ先生に診てもらわねばな。君たち二人も見たところかなり消耗している様子だ。早く、『リュエの涙滴』まで行かねばな」

「もう、みんなそこに集まっているんですか?」

「……いや、私が保護した学生だけだ。だが、この状況でどこに行くにしても一度戻るはずだ」


 ジオの言う通り。

 状況を手っ取り早く把握するならば、全員が集まりやすい場所が良い。そして、その場所は開宴の舞台となった『リュエの涙滴』こそ最適解。

 少なくとも、教師たちはそう考えるはずだ。


「とにかく急いだ方がいい」

「そうですね。ここに長居はできない」


 ジオはそう言うと、二人の先を歩き始める。

 それに追従するように、二人もその後を追った。


「それにしてもよくここまで来れましたね。ジオ先生はフォル密林の西の担当でしたよね? 方角的に反対にあるここまで来るのは速すぎる気が……」

「ん? あぁ、それか……。それに関しては確かに疑問に思うところではあるか」


 グレンの質問に、ジオは数回頷いてみせる。

 ジオはフォル密林の西方――『タルドスの湖沼』に居たはずだ。にも関わらず、現在ジオは真反対に位置している『ベスティアの森』にいる。

 疑問に思うのも無理はない。


「その疑問の答えに対して答えるとするなら、私の『固有魔法』が関連している」

「ジオ先生の『固有魔法』ですか?」

「あぁ、私の『固有魔法』は所謂空間転移と呼ばれるものだ。座標を指定すれば、そこに瞬間移動ができるという魔法だ。だからこそ、私はここに居る」

「なるほど……。だから、ここまで来れたんですね」


 グレンは納得した様子で頷いた。

 瞬間転移――それができるのであれば、真反対にジオが居ようが居まいがその距離など関係ない。


「そういう事だ。ただ、座標がわかって居なければ転移ができないから不便ではあるがね」

「そうなんですか? でも、便利ではありますよね?」

「まぁな。そして、私の『固有魔法』が転移させることができるのは『自分』と『それ以外の生物』だ」

「…………自分と、それ以外?」


 要するに生物全般。それが瞬間転移の対象として、取れる範囲。


「――【雷帝槍ゼオ・フュルズ】」

「…………ッ、ずあっ!?」


 グレンが紫電の槍に焼かれた。

 グレンは当たる直前にアイリスを放り投げた。

 アイリスの肢体は地面に放り出され、グレンは全身から煙を噴き上げながら意識を失った。


「……グレン君!? アイリスッ!?」


 突然の強襲。シャルルは顔を驚愕に染め上げた。

 一体、誰がこんな事を――

 ……いや、そんなもの一人しか居ない。


「…………どうして? ジオ先生、どうして二人を!」


 ジオ・リーテル。

 今、この場で二人を攻撃できたのは、彼一人しかいない。


「…………邪魔だったからだ」

「……邪魔? 一体、なんの……?」

「私の目的の為だよ……。

「…………どうして、その名前を……。だ、だって……その名前……は、知られてないのに」


 動揺、疑問、混乱。

 シャルルは後退りしながら、顔を歪ませていく。

 そんなシャルルを見ながら、ジオは愉悦に頬を裂いた。


「知っているさ。今は亡きルーセリア聖皇国の『皇女』にして、【黒薔薇ノ巫女】を継いでいるという事も。だからこそ、私は……いや、私たちは君が欲しい」

「なんで……そのことまで……」

「あのバカどもが計画を前倒しにしたせいで、折角用意していた魔物どもも一瞬で全滅させられてしまった。だが、結果は依然変わりなく。私の計画は絶対に成功する」


 ジオは自信に満ち足りた表情をしている。

 確信しているのだ。自分が裏切り者だと判明していない以上、ジオの動きに気付ける者など居よう筈もない。故に、成功以外あり得ない、と。


「さぁ、来て貰いましょうか、シャルロッテ殿下。私たち『魔導結社ユニオン』の礎となり、後の世に新たな可能性の輪を広げる糧となって頂きたい」

「やめて……来ないで……!」


 信頼していた教師からの裏切り。

 予想していなかった訳ではない。人を信用すれば裏切られるのはわかっていた。にも関わらず、心のどこかで他人を信用していた。しようとしてしまっていた。


 だからこそ、絶望した。

 もう、助けは来ない――。誰も、ジオが裏切り者と知らないから。

 体力も、魔力も、気力も限界のシャルルが、どんなに抗おうとも勝てない。

 待っている未来は破滅のみだ。


「さぁ、早く――」


 差し伸ばされた手。

 それはシャルルの未来を奪う手だ。

 それを見てシャルルは顔を伏せ、目を閉じた。


「――させるわけないだろ」


 その声にハッと、顔を上げた。

 刹那、一本の鎖がシャルルに伸ばされたジオの手を遮るようにして、地面に突き刺さった。

 頭上を見上げれば、鎖の上に立つ男が一人。

 ――リオンがそこに居た。

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