第二十六話 野外演習⑫

 突如として発生した魔物の出現から既に一時間近くが経過した。

 現在、リオンはベスティアの森を走り回りながら、魔物の殲滅とベスティアの森で『狂乱獣インサニア』に襲われている生徒の救出に追われている。

 加えて、常時状況を把握するために張り巡らせている気配探知のせいで、魔力の消耗は当然だが著しい。


(……面倒くさい事になったな。今、ジエル先生が何かと交戦中……。手こずってる様子から察するに、相手は『魔導結社ユニオン』だな。それにルエナ先生の近くにも魔物じゃない気配がある。そして、ジオ先生は反応が飛び飛びだけど、生徒たちを保護してくれている)


 今の状況を鑑みるに、ジエルとルエナの両名は魔物の殲滅に集中することができなくなる筈だ。そして、ジオは生徒の保護を最優先にしている為、魔物の殲滅に乗り出す事ができない。

 つまり――


「…………俺一人で、結界内の魔物を全て倒さなくちゃならないのか。……はぁ」


 リオンはその事実に辟易としたため息を溢した。

 ただでさえ、今回の襲撃の目的がシャルルの誘拐だけではなく、ルーセリア皇国で起こった悲劇の再現をしようとしている可能性がある今、下手に体力を消耗することは芳しくない。


 加えて、リオン自身が『魔導結社ユニオン』に所属する敵と交戦する可能性も充分に有り得るのだ。

 このまま魔物を狩り、生徒を救い出すために気配探知を発動し続けて、無駄に魔力を消耗している場合ではないはずだ。


「嘆いてても、しゃーない……。…………やるか」


 ならば、どうするか。答えは単純。体力を消耗せずに手早く殲滅すれば良いだけの話だ。

 リオンはその場に立ち止まり、上空へと手を向けた。


「――【光輪閃華ヴィルト・ゼルア】」


 上空に極光を放つ光球が出現した。

 世界は眩い閃光に包まれ、その全てを白く染め上げていく。

 その極光の中心でリオンはひたすらに魔力を練り上げ続ける。その光が対象に取るのはフォル密林――その結界内に居る全ての敵。

 あらゆる敵の全てを殲滅することが宿命付けられた光の集合体は、


「――【散華ラウリス】」


 砕け散り、リオンが認識した全ての敵へと静かに放たれた。


☆☆☆

 

「……勝った」

「あぁ……なんとか、な……」


 灰が舞う中で、シャルルとグレンは満身創痍の表情で噛み締めるようにして呟いた。

 ――オルトロスを討伐した。

 シャルル達は絶望と破滅を呼び込む怪物を倒してみせた。決して、無事とは言えない状況だが、アイリス含め三人のうち一人も死者を出すことはなかった。


「早く……アイリスの治療をしないと……」

「そうだな。折角、オルトロスを倒せたのに、治療が間に合わずにフェルノーが死んだとなれば、後味があまりにも悪すぎる」


 二人とも満身創痍ではあるが、オルトロスの攻撃を直接受ける事はなかった。だが、アイリスはまともにオルトロスの攻撃を威力を少し殺したとは言えど、もろに喰らってしまっている。

 生きているのが奇跡的なほどの大ダメージを負っているはずだ。


「……こひゅ、ひゅぅっ、ひゅっ」

「…………アイリス、今治してあげるからね」


 シャルルはアイリスの側に近付くと、右手をアイリスの豊満な胸部――潰れているであろう肺へと近付ける。


「――【天命輝フィア・オーリス】」

「……ひゅぅっ、ひゅぅ、ひゅー」


 手のひらから漏れ出した淡い緑光がアイリスの肺を中心に広がっていく。

 すると、次第にアイリス酷く荒れていた喘鳴が治まり始め、呼吸が落ち着き始める。


 【天命輝フィア・オーリス】は回復魔法の中でも上級魔法に分類される魔法。【天癒杯フィア・テュオレ】との明確な違いは、欠損部位の修復が可能である事と治癒速度が格段に上がっているという点だ。

 無論、その分【天癒杯フィア・テュオレ】よりも魔力の消耗が激しく、戦闘直後にこの魔法を行使するのは骨が折れるが、弱音を吐いていられる状況ではない。


「…………ローグベルト。そのまま治療を続けろ」

「…………え?」


 グレンの突然の発言にシャルルは目を丸くして、後ろに立っているグレンへと振り返る。

 グレンはシャルルに背を向けて立っているためその表情は読み取れないが、グレンはどこか殺気だっている様子だ。


「…………魔物の群れが来る。俺が死ぬ気で抑えるから、お前はフェルノーの治療に専念しろ」

「魔物の群れ!? アンタ一人で……って、無理がありすぎる! もし仮にオルトロスかそれに付随する魔物がいたとしたら!」

「それでも! やらなくちゃならないだろう! 今の状況がわからない以上、教師陣の助けを期待することもできないんだ! なら、誰かがしんがりを務めるしかないだろう!」


 グレンの言わんとしている事はシャルルにもわかる。

 今、まともに戦えるのは二人だけ。しかも、シャルルはアイリスの治療をしている。

 ならば、グレンしか戦える人間はいないのだ。


「でも、それじゃあ……!」

「俺は回復魔法を使えない! フェルノーを治療できるのはお前しか居ないんだ! わかってるだろう!」

「わかる、けど……。でも、それじゃあ…………!」

「……もう問答してる時間はない! 俺が戦っている内に治療を終わらせて逃げろ!」


 木々の隙間から蠢く影が見え始める。

 目視できるだけでも軽く十五匹の魔物がいる。その中には双頭の狼の姿も三匹ほど散見できる。

 一匹だけでもあれだけ苦戦を強いられたのに、それが三匹もいる。加えて、アイリスの治療をしているシャルルは戦えない為、グレンのみが戦えるという状況。

 絶望的などというものではない。どうにもならない状況だと言える。


「待って! グレンくん! 一人で戦うのは――!」


 グレンが突撃しようとした瞬間――


「…………? な、なんだ? あれは?」

「アレは……魔法?」


 頭上に光球が出現した。

 途轍もない魔力の奔流が周囲を支配する。その場にいた魔物も、グレンやシャルルでさえもその光に目を奪われる。

 そして、光球は砕け、数多の光の破片となり、地上へと極光の断片が降り注いだ。


『――――――』


 二つの光弾がオルトロスの頭を撃ち抜いた。瞬間、大炎上。

 即死する――。

 一切の抵抗を許されず、絶叫を上げることもできないまま、その命を落とす。

 一方的で、圧倒的だ。

 絶殺を掲げる光の進軍は止まるところを知らず、魔物の群勢の全てを焼き払っていく。

 その様子を見ながら、グレンとシャルルは驚きで体が硬直してしまっていた。


「…………これは」

「……光の上級魔法なのか?」


☆☆☆


「……【光輪閃華ヴィルト・ゼルア散華ラウリス】か」


 顔無しフェイスレスは呆然としながら、そう呟いた。

 【光輪閃華ヴィルト・ゼルア散華ラウリス】――『光魔法』の中でも、殲滅に特化した魔法。中級や上級という枠には収まらない、『超級魔法』の一つである。

 光の速度で放たれる殲滅の弾丸が全てを撃ち抜き、全てを焼き尽くし、全てを討ち滅ぼす。


「…………アイツの仕業か」

「アイツ? 一体、誰の――」

「――――ヅッ!?」


 その時、顔無しフェイスレスの肩を閃光が焼いた。

 見えている顔の右半身が苦悶に歪み、脂汗を滲ませながら体をよろめかせている。穿たれた肩口からは煙を噴き上げながら、血が滲み出る。


 大雑把に放たれたような光の弾丸はルエナには当たらずに顔無しフェイスレスのみを追い立てる。

 顔無しフェイスレスは無数の光弾を既のところで避け続ける。


「――っ!? ぐっ、そがぁ!? ……ッ、名無しネームレス、撤退するぞ!」

「…………!?」


 顔無しフェイスレスは無線を使用して、名無しネームレスへと呼びかけた。


『――撤退ィ? 折角、面白クなッテきたトコロなのにヨォ! こんナとこで、止めルワけには……』

「――ダメだ。撤退するぞ。お前もこの光の攻撃を受けてるだろ! それに魔物共がもの凄い勢いで殲滅されている! 状況は俺たちの不利だ!」

『――ちぇ……っ。わカッたヨ!』


 名無しネームレスは不満げな様子だが、撤退に同意した。


「……そういう訳だ。俺は退かせてもらう」

「……退く? させる訳、ないだろ!」


 ルエナは顔無しフェイスレスを逃すまいと、その顔面へと向けて拳を打ち放った。

 描いた拳打の軌跡は、顔無しフェイスレスを擦り抜けて空を切った。


「な、なにが!?」

「さようなら。レウゼンの教師……。そして、次に会う時は本気で殺しに行く」


 そう言い残して、顔無しフェイスレスの姿が掻き消えた。


「…………くっそが」


 ルエナは悔しさに顔を歪ませて、そう呟いた。

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