第十七話 野外演習③
『ベスティアの森』北方――。
そこは、フォル密林北方の区画と近いため、植物型の魔物も出現することが多い。
そして、更に言うならば、魔物の数が多いとされる『ベスティアの森』の中でも、どこよりも魔物の発生が確認されている地域だ。
これ、即ちこの場所は『ベスティアの森』の中でも腕自慢の生徒たちが集い、魔物を巡って戦闘が起こりやすいということ。
「――【
「ぐああぁぁぁぁ!!!」
冷気を帯びた戟が男子生徒を穿ち、その体を後方へと弾き飛ばす。
それを確認すると同時、魔法を放った主へ向けて、もう一人の男子生徒が肉薄。
その手に持った剣を振り下ろした。
「ハアァァァァァァ!!!」
「…………ッ!?」
振り翳された剣が仰け反って回避しようとした魔法の主――少女が振り乱す銀髪の一部を掠めて、毛髪の何本かが刃に絡め取られ宙へと散っていった。
少女――シャルルは体勢を崩した状態で男子生徒の脇腹へと、渾身の回し蹴りを叩き込んだ。
「がっ……!?」
脇腹へと深く突き刺さった足をそのまま振り払う。
勢いそのままに体を空中で一回捻り、再び蹴りを敢行した。
放たれた蹴撃は男子生徒の頸へと吸い込まれていき、その意識を刈り取った。
「はぁはぁ……。…………ッ、アイリスッ! そっちは終わった!?」
「う、うん! なんとかね!」
「そう……。…………ふぅ」
声の方へと視線を向ければ、冷や汗を流しているアイリスと隆起した地面に身体を拘束されている一名の男子生徒がそこにいた。
拘束されている生徒は悔しさに歯軋りをしながら、アイリスとシャルルを睨みつける。
だが、睨みつけるだけでなんの害も与える事はできない。魔法を行使しようとしてもそれを唱える口が封じられている為、魔法を使うことはできない。
――ようやく、一息つける。
シャルルはそこで戦闘で緊張状態にあった意識を若干緩める。
漏れ出た溜め息は疲労によるものだろうか。
その瞬間、確かにシャルルはほんの少しだけ油断していた。
「――シャルル、上!」
「…………!!?」
だからこそ、魔物の接近に気づけなかった。
上空から飛来した小鳥のような魔物がまるで弾丸のような速度で、シャルルの二の腕を掠めていく。
直撃は避けた。
だが、皮膚を掠めただけだというのに、あまりの速度に皮膚が裂かれたどころか、その下にある肉を巻き込んで抉られた。
「こいつ……、まさか『グロブス』!?」
グロブスは赫い羽根と鋭利に尖った嘴が特徴的なツバメのような魔物であり、その可愛い見た目から侮られがちではあるが、とても凶悪な魔物である。
その飛行速度は音を置き去りにするほど速く、その速度から繰り出される刺突攻撃は名前の通りまるで弾丸。
フォル密林の中でも危険とされている魔物の一体だ。
「ほんと、一息付いてる暇もない!」
シャルルは上空を優雅に飛び回っているグロブスを見て、その顔を険しくさせる。
別のチームの生徒たちとの戦闘から間を置くことなく始まったグロブスとの戦闘。
体力が回復しきっていない連戦は、まだ一年生であるシャルル達には厳しいものがある。
「シャルル、どうする!?」
「どうするもなにもないでしょう? アイツを狩るわ! 私たちの初魔石はアイツに決めた!」
「わかった!」
シャルルは獰猛な笑みを浮かべながら、腰に挿してある無骨な細剣を抜き放つ。
グロブスは上空で獲物を確認しながら、突進するタイミングを探っている。隙を一瞬でも見せれば、グロブスは次こそ仕留めるべく、頭や心臓を目掛けて突撃してくるだろう。
(アイツは速い……。でも、速いだけ。他の魔物と比べても、耐久なんてあってないようなもの。一撃……。一撃でも当てれば落とせる!)
グロブスはその敏捷性を得るために、自身の耐久性を犠牲にしている。
叩き落としさえすれば、その瞬間にも絶命してしまうほどに脆い。
問題なのは、あの鋭い嘴だ。
あの嘴はただ鋭いだけではなく、異常なほどに硬い。グロブスが突進で自滅しないのは、あの嘴が異常に硬く、正面から掛かる衝撃を流してしまうからだ。
真正面から細剣を突き付けた場合、折れるのは細剣であり、倒れるのはシャルルである。
つまり、シャルルがグロブスを倒すにはあの音速を超える速さを躱して、それと同時にその胴体に刃を当てる必要があるのだ。
シャルルはアイリスへと目配せする。
「行くわよ!」
「うん!」
一言だけ交わして、グロブスを見る。
その瞬間、シャルルとアイリスの闘志に当てられたのか、グロブスは急激に高度を落としてシャルルの心臓を穿たんと突撃を敢行した。
『――キュアァァァ!』
「――――!」
――視認さえしていれば、躱せる。
そう言わんばかりにシャルルはその身を翻し、グロブスの突撃をいなした。
そして、躱すと同時に細剣を振り下ろす。
が、それは空中を切った。
グロブスは地面のスレスレを飛行した後、再び上昇して空を回り始める。
「…………。……来る!」
三度目の突撃。
グロブスが次に狙ったのは、心臓ではなく足。
地上で活動する生物において、移動するのに最も重要な足を潰そうと考えたのだろう。
シャルルはそれを跳んで回避。
そのまま転身して、刃を振り下ろした。
「…………ちっ!」
しかし、またも空振り。
グロブスは次は木々の中へと飛び込んでいき、その小さな体を木の葉に隠した。
(やっぱり、あの速さに攻撃を当てるのは無謀ね……)
わかっていた事ではあるが、突撃を躱せても攻撃を当てられないのであれば、グロブスを落とす事はできない。
かと言って、魔法を使おうにも空中を飛ぶグロブスに当てるのは至難の業だ。
ましてや、木の葉の中を高速飛行するグロブスに攻撃を当てるのは無謀だろう。
「やっぱり、私はまだその速度に追いつけない……」
シャルルはその事実に苦虫を潰したように表情を歪ませる。
「でも、他にもやりようはあるのよ」
シャルルは静かに微笑んだ。
グロブスの狙いはシャルルに絞られている。
三度も自慢の攻撃をいなされれば、誰だって、どんな生物だってムキになってしまう。
『――キュァァァァァ!!!』
「…………ッ!」
事実、葉の中から飛び出したグロブスはまたしてもシャルルを狙う。
腕、頸、腹部、頭――。
飛び出し、葉の中へと戻る動作が繰り返される。
間髪入れず、繰り出される超高速の連続攻撃。
されど、シャルルはグロブスを見失う事なく、確かにその位置を常に把握し続ける。
しかし、直撃自体を避けれても速さから発生する衝撃波がシャルルの身体をジワジワと削っていく。
体力だって無限に続く訳ではない。
このままでは、シャルルが斃れるのは明白だ。
「…………ッ、ぐっ!?」
今、回避できているのが奇跡だ。
そう思えるほどの攻撃の嵐に、シャルルはなんとか喰らい付いている。
絡れそうになる足を叱咤し、痛みを訴え続ける肺を酷使する。
そして、ついにグロブスの速さが、シャルルの限界を上回った。
グロブスはシャルルの背後を取っていた。
シャルルはそれに反応できていない。
このまま心臓を貫いて、終わり――。
『――――ギュッ!?』
だが、その瞬間、グロブスの動きが止まった。
「――【
突然、シャルルの周囲から土の壁が出現したのだ。
だが、鋼鉄の鎧すら貫くその嘴を持ってすれば、土の壁など穿つ事など容易だ。…………容易なはずだった。
自慢の速さが、武器だった嘴が止められたのだ。
グロブスの小さな体が、土の壁に
「…………ふぅ。なんとかなったぁ……」
グロブスが壁を貫けなかった理由は至極単純。
アイリスが発生させた土の壁は堅い壁ではなかった。水分を多量に含んだ粘度の高い泥のような土壁。それがグロブスの速さを完全に殺してしまったのだ。
「それじゃ、お終い!」
その瞬間、土壁は水分を急激に失い固まった。
グロブスは完全に土壁に固定され、そのまま押し潰されてしまった。
肉がひしゃげた音と共に、グロブスはその肉体を灰へと返した。
「…………はぁ、終わった」
「シャルル、お疲れ様。ごめんね、遅くなっちゃって……」
「良いわよ、別に……。タイミング測るのも大変だったろうし…………」
アイリスは傷だらけのシャルルの側へと駆け寄ると、手を合わせて謝り出した。
それを片手で制しながら、シャルルはその場に倒れ込んだ。
「一旦、休憩……挟みましょ……」
「うん、そうだね!」
野外演習はまだ序盤。
入手した魔石はまだ一つ。
にも関わらず、既に体力は限界に近い。
シャルルとアイリスはその場で一度休憩を挟むのだった。
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