第十六話 野外演習②
フォル密林・東区画に広がる密林地帯『ベスティアの森』。その中でも特に目立つ巨大な樹木『レクスの大木』の中腹に位置する大きな枝の上にリオンはいた。
「――東区画、大丈夫です」
そこが東区画を監視する教師が定位置とする場所だ。『レクスの大木』は雲を突き破るほどに大きく育った大樹であり、中腹にある枝とは言え、フォル密林のどの木よりも高い位置にある。
その為、東区画は状況の把握が他の区画よりしやすく、新人が任されるには丁度いい場所である。
リオンはその定位置に着くなり、左耳に装着されていた紫の魔石に魔力を流し込んだ。
これは近年開発された魔道具の一つである『小型無線通話機』――通称『無線』だ。もともとあった『有線通話機』を線で繋げることを必要とせず、さらに小型化したものがこの魔道具だ。
原理としては至極単純で、『魔振石』と呼ばれる石を基にして作られており、それに魔力を通すことで同じ波長を発する『魔振石』と共鳴する事で通話を可能としている。
無線を開発した研究者はこの発明によって、魔法騎士間での連携も劇的に取りやすくなり、より迅速かつ的確に立ち回れるようになったとし、国の防衛に寄与した功績を讃えられ褒賞を与えられている。
『――西区画、同様に』
『――南も大丈夫〜』
リオンの通信に続いて、ジオとルエナが配置に着いた報告を繰り返した。
『――北も配置に着いた。それじゃあ、生徒たちに合図を送るよ』
そして、最後にジエルも配置に着いた報告をした。
次の瞬間、空に眩い光と激しい音と共に、空に大輪の炎の花が咲いた。
(あれが開始の合図…………。派手だなぁ…………)
それこそ、野外演習開始の合図。
誰がどの位置に居ようとも気づくほどの、美麗でド派手な花は長くは続かず、大空で魔素へと還元され、その形を消し去っていった。
☆☆☆
――空に鮮やかな火の花が咲いた。
それを確認するや、『リュエの涙滴』で待機していた生徒たちが目の色を変えて、それぞれが各方角に駆け出した。
この野外演習は外から魔物が侵入する事はない。
のんびりと魔物狩りをしていたのでは、残存している魔物を全て狩り尽くされ、その瞬間に課題の達成が不可となってしまう。
それを避けるにはどうすれば良いのか。
答えは至極単純明快だ。
――誰よりも早く魔物を倒し、誰よりも多く魔物を狩る。
その考えはシャルルもまた同じだ。
シャルルの足が向かう先はリオンのいる東区画。
比較的他の区画より魔物が多い『ベスティアの森』。魔物が多いという事は、ここに集まる生徒の数も自然と多くなる。
生徒の数が多くなれば、生徒間での魔物の取り合いが多発する事になる。
より効率的に魔物を狩るなら、他の区画に行く方がより得策だと言えるだろう。
(東は激戦区。そんな所に単身突っ込むなんて無謀。そんな事は端からわかってる。だから、私はここを選んだ!)
多くの生徒はフォル密林の生態系を考えて、より魔物が多くいる『ベスティアの森』へと行く。そうして、魔物の取り合いに巻き込まれてしまい、挫折する者も多くいる。
その情報を知っていれば、わざわざここを選ぶ人間は少ないだろう。
だが、中にはいるのだ。
東区画が激戦区になると知って、態とそこへ向かう生徒が。
その目的はただ一つ。
(私の実力がどこまで通用するか、
――腕試し。
合理的な思考を投げ打って、自身の強さを再確認するために東へ向かうのだ。
実際、シャルルの他にもそういうきらいのある生徒は何人かいる。Aクラスではシャルルの他に、グレンもその一人だ。
そして、Aクラスで東へ向かったのはこの二人の他にもう一人のみ。
「シャルル……! ちょっと待ってよぉ……!」
――アイリスだ。
アイリスは自分の腕試しをする為に、東へと向かっているわけではない。彼女は先を走るシャルルを追いかけているのだ。
「アイリス……!? なんで、アンタこっちに来てるのよ!」
「だ、だってぇ……約束、したでしょ? 野外演習、一緒に頑張ろうって!」
アイリスに気づいたシャルルは後ろに視線を向けた。
走っていたアイリスはシャルルほど体力がないのか、息を切らしながらもなんとかシャルルの速度に追いついていく。
そして、アイリスは親指を立てて笑って見せた。
「はぁ!? 何言って……。…………まさか、言葉通り一緒に野外演習やろうって事だったの!?」
「え? そ、そうだよ?」
昨日の昼食時の会話はシャルルの中では、あくまで互いに頑張ろうくらいの認識だった。だが、アイリスの中ではどうやら違ったらしく、言葉通りの意味として言っていたのだ。
「なッ!? ば、バカなの!? 野外演習はあくまで個人戦なの! 個人が提出しなきゃならない魔石の数が決まってて、魔物の数も増えないのに、一緒にやるなんて無理に決まってるでしょ!?」
「で、でも……! ほら、あそこ……とか! 結構、いろんな人たちが仲間を組んでるよ!」
「は? まさか、そんなわけ……」
アイリスの指差した先、生徒たちは個人個人で分かれて森を進むのではなく、固まって行動している者たちがいるのが見てとれた。
仲良さげに会話をしながら、信頼を寄せ合う仲間のように。
その様子は偶々行く方向が被った為とは到底思えないほどに。
「う、嘘でしょ……」
その光景はシャルルに衝撃を齎した。
これは個人戦である。仲間内で協力し合う必要性など全くないにも関わらず、なぜか他の生徒たちは徒党を組み、それぞれの狩場を目指している。
その理由を理解できないシャルルは思わず、疑問を口に溢した。
「な、なんで……」
「あれが普通の光景だよ? 今、一人で狩りしてる人ほとんど居ないんじゃないかなぁ?」
アイリスの言葉にシャルルは愕然とした。
アイリスは常にどこかズレているとシャルルは思っていたが、今回に限ってはシャルル自身が他とズレていた。
「な、なんか……悔しい……!」
「へ? なんて?」
「い、いや、何でもないわ。それより……なんで個人戦であるはずの魔物狩りで協力してる人たちが多いの?」
「あぁ、それはね――」
そこからアイリスは身振り手振りを交えながら、協力が主流になった経緯を語り始めた。
アイリスが言うには、もともとは一人で狩るのが主流だったのは間違いではなかったらしい。課題の内容的にも揉める事が少ない一人の方が達成し易いと考えられていたからだ。
だが、次第に魔物の取り合いという様相が強まっていくと、一人よりも二人、二人よりも三人、三人よりも――というように、チームを組む方が効率が良いとなったらしい。
加えて言うなら、一人で倒すのに五分ほど掛かる魔物でも、集団で囲めば一分とかからず倒せる事などを考慮して、今の魔物狩りは協力が主流となっているのだとか。
無論、中には一人で魔物狩りをしている者も居るには居るらしいが、それは例年を通してもほんの一握りとのことだ。
「……なるほど。だから、仲間内で…………。でも、魔石の分配はどうするの?」
「それは大体は均等に分けることが多いかな。三人で三十個取れたら、一人十個ずつ分配するっていう感じで」
「…………でも、仮に三人で取れた魔石が三十個未満だった場合はどうするの? その場合、結局喧嘩になると思うのだけど……」
シャルルの危惧も痛いほどわかる。
あくまでこの協力関係は全員に魔石が十個ずつ行き渡る事を前提にしているものだ。もし、仮に魔石が十個も分配できなかった場合は魔石を巡って、取り合いになってしまうだろう。
「そういう時はジャンケンとかして、公平に分配しようとするみたいだよ。勿論、基本的にはそうならないように考えて、チームの人数を調整してるみたいだけどね」
「なるほどね」
「一応、大体は四人で組むことが多いと思うよ!」
四人――。それが、魔石を十個ずつ分配できる最大人数として考えられているらしい。
つまり、ここでアイリスと組んだ所で四人のチームに勝てる可能性は低い。
「どうする? 今から、あと二人……最低一人探してみる?」
「いや、いいわ。今から人を探すより、魔物を探した方が絶対にいい」
「でも、ほら! グレンくんは一人っぽいよ!」
グレンは確かに誰かと組んでいる様子がない。
木々の間を縫って、一人で先行していっている。
「グレンくんを誘えば……」
「無理よ。誘ったところで、私たちと組む事はない」
「え? なんで?」
「だって、グレンほどの人材を誰もチームに誘ってないと思うの? 誘われていたけど、それを全て断って一人で野外演習に臨んでると考えるのが妥当でしょう?」
グレンはAクラスの中では、トップクラスの実力者である。リオンに負けたとは言え、教師と生徒ではそもそもの力量に差があるのは当然。
Bクラスの有力者も何人か知ってはいるが、その中でもグレンは頭一つ抜けているのだ。
そんなグレンが誰にも誘われていないと考えるのは不自然だろう。
シャルルはそう考えたのだ。
「でも、シャルルは誘われてなかったんでしょ?」
「……そもそも、アタシはそこまで名前を認知されていないからね」
「そう? 強い人ならシャルルも上がると思うんだけどなぁ……」
アイリスは不思議そうに首を傾げた。
シャルルはそんなアイリスを無視して、さらに加速した。
「え!? ちょ、ちょっとぉ!!!」
急加速したシャルルにアイリスは困惑しながら、手を前に伸ばした。
シャルルは視線を一度後ろへと向けると、すぐさま顔を前へと戻す。
「そんなに遅いと置いていくわよ。
「…………!」
それはアイリスへの激励だった。
シャルルから直々に仲間として認められた。
その事実に、アイリスは高揚を抑えきれずに首を何度も縦に振る。
「――うん!」
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