第十四話 野外演習前夜

 フローリアの自室は広い。

 校長室と比べてもその面積は圧倒的だ。置かれている家具のどれもが聞いたことのあるブランドの物であり、その全てが最高級品。自分のあらゆる金銭を注ぎ込んでいるのではないかと錯覚させるほどに煌びやかだ。


「…………成金の部屋かよ」


 これが自室だとは到底信じられたものではない。

 リオンの自室――レウゼンの教師寮にある部屋ではなく、完全にプライベートな部屋にもここまで豪奢な家具などは置いていなかった。

 興味がなかったというのもあるが、そもそもそんな物をぽんぽん買えるほど給金を貰っていなかったのだ。


「ん? そりゃ、そうだろ。私は元々貧乏貴族の出だぞ? それを考えたら、私は成金の一人さ」


 

 フローリアの言う通り、レーベンハイト家は落ちこぼれ貴族とまで呼ばれるほどに、富を失い、家を失い、民を失った一族だ。今から二百年前に誇っていた栄華も途絶え、残ったのは多額の負債のみという状況だったのだ。

 その状況を打開したのが、彼女――《雷霆》と謳われる歴代の中でも最強に近いとされたフローリア・レーベンハイトだった。


 若くして数々の功績を打ち立て、その名を閃光の如く轟かせていった傑物。

 成し遂げた偉業は数知れず、若くして生ける伝説とまで言われた怪物。


 そんなフローリアを輩出したレーベンハイトは全盛期以上に力を付け、現在はフローリアを頭首として、貴族としての最上位の階級である公爵の位を得ている。


「にしたって……なんでこんだけ金かかりそうな物ばっかりあるんだよ。俺だってこんなに稼いでないぞ……?」

「そりゃあ、私は隊長だからな! それに、色々褒賞だったり、勲章を与えられてるしな。」


 褒賞――魔法騎士が功績を上げた際、国から勲章とともに金銭が贈られる。その偉烈の内容によって、褒賞の多さは大きく変動する。

 フローリアは一人で貧乏貴族を建て直し、剰え自室をここまで豪勢に飾ることができるほどの偉業を成し遂げてきたというわけだ。


「俺……褒賞っていう奴貰ったことないんだけど……」

「あぁ……でも、確かに零番隊ってそういう褒賞が貰えないのか。国の極秘機関だから、公の叙勲式とかはできないだろうしなぁ……」

「実際、俺もそれなりに功績は上げてるんだけどなぁ。ほら、あの犯罪組織…………なんつったっけ?」

「《黒鴉こくあ》のことか?」

「あ、そうそれ! そいつら潰したの俺だったのに、結局俺に褒賞なんでなかったし……」


 《黒鴉》という犯罪組織は今から二年ほど前に、リオンが壊滅させたグループのことだ。

 殺人、強盗、人身売買…………ひいては、貧困国家の内乱を企てたりなど、数々の悪行を残した最悪の犯罪者集団との呼び声の高い組織だった。


 当時、各国は《黒鴉》を壊滅させるために数々の兵を動員したが、結局尻尾を掴むことができないままだった。

 その際に白羽の矢が立ったのが、リオン率いる『零番隊』だった。

 結局は数々の情報をもとに、リオンが単体で《黒鴉》の組織へと乗り込み、その場で全員を処分することでこの組織は歴史の闇へと消えていったのだ。


「ま、そこら辺は国の上の方に相談してくれ」

「セリアに頼めば……給金上げてくれるかなぁ……」


 リオンは眼鏡を掛けた勤勉な彼女の姿を思い浮かべて、溜め息を一つ溢した。


「……いや、無理だな。絶対無理。セリアはそういう話は絶対に了承しないんだ。というか、毎度ボコボコに論破されて終わるんだ……」

「そんなに厳しいか……? あの人、正当性のある主張なら納得してくれるタイプだと思うけど……」

「なんだよ……俺が正当性のある主張をしてないとでも言いたいのかよ……?」


 リオンがジト目でフローリアを睨みつける。

 フローリアはリオンの視線を受け流しながら、肩を竦めてみせた。


「てか、そういう交渉系は俺には向いてないんだよ。事務的な仕事とかは全部丸投げしてるし」

「お前……まだシュナウゼンに面倒ごと全部押し付けてるのかよ……。あの人、ただでさえ髪が薄くなってきてるの気にしてただろ……」

「ん? でも、シュナウゼンはなんだかんだでやってくれるし、俺がやるより早く終わるからな。後、最近は育毛剤に手を付けてるらしい」

「同情するよ……」


 シュナウゼンというのは、零番隊に所属している魔法騎士で零番隊の副隊長兼リオンの補佐を務めている男だ。

 零番隊には書類仕事がないという訳ではない。というか、仕事の報告書を書かなくてはならない決まりになっている。だが、それをリオンはシュナウゼンに丸投げしているのだ。


「それに、結局は俺のところに仕事が来やすい都合上、俺が報告書書くのは非効率って判断したのはアイツの方だしな」

「…………そうやって、仕事が自分に集まるようにしたのは自分自身だろうが」

「さぁ、なんのことだか」


 リオンはなんのことだか分からないと言った様子で、惚けてみせる。

 フローリアはそんなリオンの態度が気に食わないのか、どことなく不機嫌だ。


「お前は……いつまで、の事を引き摺ってるんだ。自分に仕事を集中させたのは、他の奴に危険を晒さないためだろう」

「引き摺ってる訳じゃないさ。それに勘違いしてるみたいだけど、俺は魔法騎士の中で最強なんだ。俺に仕事を集めた方が早いなんて明白だろ? だから、俺に仕事が集まってくる」


 リオンは「ほんと迷惑な話だよな」と、笑ってみせた。

 だが、フローリアは未だ納得がいっていないようだ。


「……いつまで、そうやって自分を罰し続けるつもりだ。忘れろとは言わないが、いい加減に――」

「――前を向け、か?」


 リオンがフローリアの言葉を遮った。リオンが纏う雰囲気は一変し、さっきまでの雑談していた様子とは異なり、ずしりと思い圧を放っていた。


「……俺は自分を罰してるつもりはないし、前を向いてないつもりもない。でも、は俺が犯した罪だ。それの罰を受け続けるのに、俺の意思なんて関係ないんだよ」

「アレはお前のせいなんかじゃなかったろう。もし、仮に罰を受ける奴がいるなら、ソレは――」


 ――自分だ。

 フローリアはその言葉を出そうとして飲み込んだ。


「……違う。アレは俺のせいだよ。だから、俺は戦い続けなくちゃならないんだ。絶対に《魔導結社ユニオン》を俺の手で潰さなくちゃならない。あんな悲劇、二度と起こさせない」

「それで、命を落としても…………それでも、戦い続けるつもりなのか?」

「当たり前だ」


 リオンはフローリアの問いに即答してみせた。

 その回答に顔を歪ませたのは、フローリアのみ。リオンは何でもない事のように、当然だとでも言うように平然とした様子でいる。


「――っ、なんで、お前は!」

「フローリア……これは俺の戦いだ」

「私の戦いでもあるだろうが! お前一人が背負っていい罪じゃない! 零番隊の奴らも、お前に何度もそう伝えているはずだろう!」


 フローリアは勢いよく立ち上がり、自身の豊満な胸へと手を当てて激昂した。

 怒りに打ち震えるフローリアと対照的に、リオンは静かに答え続ける。


「違うよ。全ての元凶は俺自身だ。俺自身の問題に皆んなを巻き込める訳がないだろう」

「だから――ッ!」

「――フローリア、このままじゃ押し問答になるぞ。早くこの前の話の続きをしよう。それが俺をここに呼んだ理由だろう」


 リオンはフローリアを見上げながら、そう切り出した。その目には感情がなにも籠っていなかった。ただ、暗く深く冷たい――リオンの中にある闇を映し出したように。


「…………わかった」


 フローリアは渋々と言った様子で、リオンの提案に乗った。

 この前の話の続き――それは、フローリアがリオンの部屋に来た時、彼女が切り出した話のことだ。


「あの時は詳しく教えてくれなかったが、今回は教えてくれるんだろうな?」

「……あぁ、そのつもりだ」

「どういうことだ。っていうのは」


 リオンの言葉に、フローリアは元々歪ませていた顔を更に歪ませる。


「言葉の……通りだ。レウゼンの教師の中に《奴がいる。そいつは未だ尻尾を見せていないが……」

「明日の野外演習…………シャルル・ローグベルトを狙って、動きを見せる可能性がある」

「そういうことだ……。仮に、ソイツに動かれて場を掻き乱されれば《魔導結社ユニオン》にシャルルを簒奪される可能性がある」


 フローリアは危惧していた内容をリオンに伝えた。

 リオンはそこまで聞いて、自分のやるべき事を理解した。


「俺のやる事は……裏切り者を始末して、シャルルに手を出させなければ良いんだな?」


 リオンの言葉にフローリアは頷きを返した。


「頼んだよ、リオン。私は動けないから、頼れるのは君だけだ……」


 フローリアは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、リオンに向けてそう言った。


 そして、翌日――。

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