第十三話 昼食

 人が溢れんばかりに犇く食堂のテーブルの一角。

 そこには対面で向かい合うようにして座っているシャルルとアイリスがいた。


「それにしても、リオン先生の固有魔法には少し驚いちゃったなぁ……」

「……そうね」

「リオン先生の扱う魔法だから、もっとド派手で、もうとんでもなくカッコいいのを想像してたの! 例えば、炎がドカーンって出たり、雷がバチバチィってしたり!」

「……そう」

「ねぇ、シャルルはどんなの想像してた?」

「……さあ?」


 アイリスから繰り出されるマシンガントークを聞き流しながら、シャルルは黙々と手元に置いてある昼食を口へと運んでいく。

 彼女が食べているのはランド豆のトマト煮、トルソバードのソテー、カボチャとコーンのスープだ。


 対するアイリスは天牛のステーキ、ポークチャップ、ローストチキン、アレスサーモンのムニエル、ポテトサラダ、その他大量のケーキ。

 一つのトレーに収まりきらなかったのか、計五つのトレーが彼女の前に置かれている。


「いやぁ、鎖の魔法って見た事ないからわかんないけど、リオン先生の魔法だから強いのかなぁ」

「どうかしらね……」

「見てみたいよね! リオン先生の本気の戦い! フローリア校長と模擬戦やるってなったら本気でやってくれるのかなぁ? ねね、どう思う?」

「…………」


 そこでシャルルは呆れた視線をアイリスに向けながら、銀製のスプーンをカチャリとトレーの上に置いた。

 そして、ジロリとアイリスを睨みつけながら、シャルルは溜め息混じりに苦言を呈する。


「はぁ……アンタ、私が会話に参加してないのわかってるの? 毎度毎度、昼食の時も、休憩の時も、授業中でさえも話しかけてくるけど。私は貴方と会話する気は無いの。わかってないの?」


 アイリスは入学してからの四日間、シャルルに対して何度無視しようと、何度突き放されようと、その度に執拗に話しかけてきていた。

 アイリスの真意はわからないし、何か意図があったとしてもシャルルはそれに乗るつもりはなかった。

 というか、一人で過ごすと決めていたシャルルにとって、一人にさせてくれないアイリスは正しく異分子だ。


「大体、これだけ貴方を拒絶しているんだから、自分と絡む気がないんだって察して離れていくでしょう? なのに離れないとか……正真正銘のバカなの?」

「へ? 私って拒絶されてたの?」

「……はァ?」


 アイリスは指を顎に当てて、キョトンとした顔をした。

 彼女の認識の中では、シャルルは別に自分を拒絶しているという訳ではなかったらしい。

 その事実に流石のシャルルも間の抜けた声を上げずにはいられなかった。気を取り直して、シャルルは自分がアイリスを拒絶していた旨を伝える。


「……そうよ、私は貴方を拒絶してるの。正直、馴れ馴れしく話しかけるのは止めて欲しいと思ってる」

「えぇ……でも、拒絶されてる覚えなんて無いけどなぁ…………」


 アイリスは二度言われても、納得した様子ではない。

 ここまで明言されていて、拒絶されてるという事実に疑問を持つのは何故なのかがシャルルには不思議で堪らない。


「その自信……どこから来るのよ…………」


 気付けば、自然と言葉が溢れ落ちていた。


「えぇ? だって――」


 アイリスは視線を天井へとやり、なにかを思考すること数秒が経った。


「――なんだかんだで私の話聞いてくれてるでしょ? 無視してるとは言っても、反応だって返してくれるし。本当に突き放すなら、ずっと無言で居続けると思うんだ。だから、本当は一人で居たくないのかなって」


 シャルルはアイリスの言葉に絶句した。

 シャルルとしては、アイリスの発言は正しくないと簡単に否定できる。それはあくまでアイリスが感じていた感想の一つなのだから。

 だが、否定の言葉がシャルルの口を衝いて出ることはなかった。

 言葉は幾らでも思い浮かぶのに、それを音にしようとすると喉で魚の小骨が刺さったような違和感が起こってしまう。


「――――ッッッ!? そんな、こと…………」

「だからね! 明日の野外演習も一緒に頑張ろうよ!」


 アイリスは身を乗り出して、シャルルの両手を取った。

 満開の花が咲き誇ったような笑顔がシャルルに向けられた。その笑顔を見た瞬間、シャルルの動揺は最大となってしまった。


☆☆☆


「――と、いう事で明日の配置についてもう一度確認をしておきましょう」


 甘い落ち着いた声が部屋に静かに木霊する。

 その声の主――ジエルは黒板の前に立ち、そこに円形の図を書いていく。円の中には、幾つかの窪みと赤丸に加えて、文字を書き加えていく。


 今、ジエルが書いているのは今回の野外演習で使うフォル密林の地形構造だ。

 流石に、これまで何度か経験している教師の書く図である。一切の無駄が省かれ、簡潔に要点を抑えたものがそこには描かれている。


(わかりやすいなぁ……)


 リオンも何度かフォル密林に足を運んでいるからこそ、ジエルの描いた地図の概形の正確さには下を巻いた。


「さて、今回の野外演習ですが、例年通りそれぞれ東西南北の四つの区画に分けて、それぞれを一人が主に監視するという感じでいく。無論、担当区画以外であってもなにかあれば、救助に向かう事は大前提だ。それに当たって、それぞれの区画で留意するべき点を記した」


 そう言ってジエルが最初に指し示したのは北の区画。

 今回、北の区画を担当するのはジエル自身だ。


「まず、北の区画だ。ここは僕――ジエル・ゼルハイトが担当する。ここは植物系の魔物の棲息域として、よく挙げられている。皆んなも知っていると思うけど、植物系の魔物は個の強さは底辺だ。けど、厄介なのはその数にある。ここの区画にある植物は全て敵……少なくともそういう認識を持って欲しい」


 そうして、次にジエルが指し示したのは、滝から西方に位置している水辺の地帯。


「次は西区画。ここを担当するのはジオ先生だ」


 そこを担当するのは、Bクラスの担任であるジオ・リーテルという教師だ。

 長い黒髪を首の後ろで結い、メガネを挟んで覗かれる琥珀色の吊り目が特徴的な青年だ。雰囲気からして厳格を地で行くような圧がある。


「西区画はフォルの滝から続く、何本にも枝分かれした川とその先にある沼地が特徴的だ。土地の特性上、ここは足場が非常に悪く、沼に嵌ってしまうとどんどん沈んで行ってしまう。例年はここが一番、救助報告の多い場所なので、ジオ先生含めそこは意識しておいてください」

「わかりました。このジオ・リーテル、心血を注ぎましょう」


 ジオは眼鏡を中指で押し上げながら、一言だけそう言ってみせた。

 ジオの堅い態度にジエルは一度頷きを返して、次に南の区画を指差した。


「次は南区画だ。ここはルエナ先生に担当してもらうよ」

「は〜い。任せといて〜」


 ルエナ・ルークハイン。

 桃色のショートヘアーと瞳が特徴的な女性だ。きっちりとした格好をしているジオと異なり、衣服を着崩し、へにゃへにゃと椅子の上に崩れ落ちている。

 まさしく、駄目な教師の典型例――というやつなのだろう。

 彼女はどこかのクラスの担任を受け持っている訳ではない。彼女は普通科で魔法薬学という科目を教えている。簡単に言うなら、魔物から取れた素材と薬草を合わせて薬を作る学問のことだ。


「ルエナ、厳粛に話を聞け。椅子の背凭れに凭れるな。背筋を伸ばせ。足を閉じろ。身なりを正せ」

「んな堅い事言うなよ、ジオ。仕事になったらちゃんとやるんだから、それで良いだろう?」


 ジオとルエナ。目には見えないが、二人の間には確かに火花が散っていた。

 厳格なジオと怠惰なルエナ。二人はそもそもの性格からして相容れないのだろう。


「二人とも落ち着いてくれ。これから、僕が説明するんだ。少し……黙っててくれないかな?」

「「……すみません」」


 ジエルはニコニコと口は微笑んではいるが、目が笑っていない。

 その圧にジオとルエナの二人は、身体を縮こまらせてしまった。


「まず、南区画は前提として崖が乱立している地帯だ。魔物の数も比較的少ないとはいえ、足場がとにかく悪いせいで多くの学生がここで崩落に巻き込まれることが多くなっている。留意しなければいけないのは、ここにいる《グランドホーク》だ。足場が悪い上に、空を飛ぶ魔物に攻撃する……って言うのは、非常に困難だ。気をつけてくれ」

「あいよ〜」


 実際、《グランドホーク》による被害はあった。野外演習で死者を出してしまった時は、この魔物の猛攻を掻い潜れるほどの実力がなく、教師陣もこの魔物を見落としていた事が原因とされている。


「それじゃあ、最後は東区画。リオン先生の担当だ」


 そう言って最後に指されたのは、滝の東側にある密林地帯だ。


「ここは動物型の魔物――特に《ラミナ・グリズリー》が多く棲息している。ここは、例年生徒たちに大人気な場所で、そこまで多くの怪我人は出ない。注意しなきゃなのは、動物型の魔物の特性である群れと、そこから発生し得る『大狂乱スタンピード』だ。そこさえ気をつけていればここは難度自体は高くないから、リオン先生にはここをお願いする」

「…………わかりました」


 新人だから一番難しくないところを割り当てたという事らしい。

 この事に不満を持つ者もいるだろうが、リオンからしてみれば護衛をしなければならない都合上、非常にありがたい話ではある。


「それじゃあ、明日……誰の犠牲も出さない事をここに誓いましょう。そして、親睦を深めることを目的に、ともに昼食を摂ろう」


 ジエルは手元に置かれたコップを手に取り、それを天高く掲げた。


「それじゃあ…………乾杯ッ!」


 その合図とともに、監視をする教師陣による食事会が幕を開けたのだった。

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