第十二話 固有魔法

 リオンがレウゼン魔法学校に来てから六日目。授業が始まってから既に五日が経った。

 授業の進度は概ね順調。

 現在は、東演習場での魔法の使用を主とした模擬戦を行っている。


(こう見ると、学生とは言えどレベルは高いな)


 それがリオンが持った感想だった。

 さすがはレウゼンの生徒なだけはある。まだ未熟ではあるが、実力もそれなりには高い。

 その中でも特筆して実力が高いのは、やはりグレンとシャルルだ。


「――【火閃砲ガル・レイア】!」

「――【氷天戟ティア・フュルズ】!」


 グレンとシャルルは組んで模擬戦闘を行っているが、その実力は拮抗している。グレンの放った焔の光線を、シャルルが生み出した氷の戟で撃墜する。

 リオンが目を瞠ったのは、シャルルの実力だ。

 元々、一目見た時からある程度の実力はあると予想していたが、彼女の得意としている『氷魔法』は威力や冷気、効果範囲など何処をとっても一級品と言える。

 相対していたのが実力も拮抗しており、反属性である『炎魔法』を得意としているグレンでなければ、即座に敗北を喫しているのは明白。

 さすがは初日にリオンの魔力操作の授業で、長時間耐え続けただけはある。


 そして、それに次いで実力が高いのはアイリスだ。


「――【土流掌ドルト・マグナ】ァァ!」


 彼女は『土魔法』を得意としており、魔力の総量や魔法の威力ではあの二人に劣ってはいるが、魔法の精度という観点で見れば、あの二人以上だ。


(正直な話、このクラスで最初に魔力を自在に操れるようになるのはアイツだろうな)


 リオンはアイリスが一番最初に魔力の扱い方を修得すると踏んでいた。

 なぜなら、アイリスの扱う『土魔法』は基本は魔力を地面に流し込んで、それを操って扱う事の多い魔法だ。無論、その制御には術式を用いるのが一般的であるが、それでも思ったように土を操ることは難しい。


 その時の気候や土壌の環境、地形などによって同じ魔法でも術式を変容させる必要があるのだ。

 術式の書き換えも魔力をある程度操れなければできない。それを得意とするという事は、それだけ魔力の操作に長けているということになる。


(そして、後は……)


 リオンの視線の先には、二人の学生がいた。

 一人は翠緑の長髪が特徴的な少年・フリエス。

 そして、もう一人は青みがかった黒い短髪の少年――ナウゼル・バーテイン。


「――【風穿牙フォル・ラウド】」

「――【雷哮牙ゼオ・ラウド】!」


 暴風の牙と雷霆の牙が衝突し、辺り一体に激しい火花スパークを撒き散らす。

 フリエスは『風魔法』を、ナウゼルは『雷魔法』を得意としているらしい。


 フリエスは魔力の総量のみであれば、このクラスの誰よりも多い。シャルルやグレンのおよそ二倍だ。だが、それ故なのか魔法の精度はあまり良いとは言えない。

 現に、魔力の大きく劣っているナウゼルの魔法と対消滅をしてしまっている。


 逆にナウゼルは魔力の総量がかなり少ない。

 最初の授業では誰よりも早く魔力が尽き倒れてしまっていたが、魔法戦闘の技術面では他を圧倒している。


(今のところ、この五人がこのクラスの中でも頭一つ抜けているか……)


 無論、他の生徒も実力があるものはいる。

 だが、リオンの目に付いたのは主にこの五人だった。

 リオンは演習場内に掛けられていた時計を見た。時刻は既に十二時に差し掛かろうとしている。


(もうそろそろ良い時間かな……)


 このレウゼン魔法学校の食堂が開かれるのが十二時十分。それまでに終わらせて食堂に行かなければ、席に着いてご飯を食べる事はできない。


「うん……。それじゃあ、今日はここまでにしようか」

「は〜い……」


 リオンの号令に誰かの気の抜けた返事が返ってくる。

 無理もない。休憩を合間に挟んではいたが、ほぼぶっ通しで模擬戦をしていた。魔法を連続使用した時と比べれば消耗は少ないが、それでもかなり体力も魔力も削った筈である。


「それじゃあ、このまま現地解散にしようかなと思うけど、その前になにか質問のある人はいるかな? 居なさそうなら、このまま解散しようと思うけど」


 リオンは一応質問があるかどうかを生徒たちに聞いてはみた。

 無論、内心は――質問なんかするな! と、両手を合掌して願っている。

 だが、その願い虚しく、


「はい!」


 アイリスがとても良い勢いで手を上げた。


「先生の魔法を見たいです!」

「俺の……魔法…………?」


 リオンは呆気に取られてしまった。

 ――それは質問なのか?

 そんな疑問を持ちながらも、良い教師であるならば、ここで生徒の願いを叶えるものだ。そう考えて、軽い魔法でも……。と、魔力を練っていく。


「――あ、見たいのはただの『魔法』じゃなくて、先生の『固有魔法』が見たいんです!」

「あぁ……『固有魔法』かぁ……」


 リオンはどこか納得しながら、一度魔力を解除した。

 『固有魔法』というのは、個人が一つだけ有する特殊な魔法のことだ。人の魔力は心臓と同位置にあるとされる『魔核』という部位から供給されるとされている。

 固有魔法はこの『魔核』に刻み込まれた、言ってしまうならば魂に内包されたオリジナルの『魔法』のことだ。


 魔法騎士になるならば、固有魔法が使えるのはほぼ大前提として考えられている。魔法は『固有魔法』と『その他の魔法』で大別されているのだ。

 なぜなら固有魔法とその他の魔法では、その威力や効果範囲、その他全てに於いて固有魔法が凌駕するからだ。

 例えば同じ炎の魔法でも、固有魔法で作られた炎と属性魔法の炎では前者の方が強力だ。ただの炎ではなく、そこに特殊な効果も付与されている故だ。


「俺の固有魔法を見たところで、皆んなの参考にはならないと思うよ?」

「それは承知の上で、どうしても見てみたいんです!」


 アイリスの懇願に対して、リオンはどうしたものかと頭を捻る。

 そもそも固有魔法の使い方を教えるのはまだ先と考えていた。魔核という目に見えない部位に刻まれた、誰の手も付いていない術式。

 それを理解しなくてはならないからこそ、その授業は先延ばしにしていたのだ。


 それに固有魔法というのは、その人の持つ切り札のようなもの。

 それを授業の一環とは言え、生徒たちに見せびらかすのは如何なのか。


(いや、まぁ……俺の固有魔法なんて見せても何も問題はないんだけど…………)


 リオン自身は固有魔法を見せる事になんら抵抗はない。

 ここで考えるべきは、良い教師ならば固有魔法を見せるのかどうかだ。

 数秒の思考のうち、リオンが出した答えは、


「まぁ……良いか。わかった、俺の固有魔法を見せよう」


 イエスだった。

 その言葉に生徒たちは響めき始めた。


「あ、だけどこの事は他言無用……誰にも話さないようにだけ注意してくれ」

「わかりました!」


 リオンの注意に生徒たちも大きく首を縦に振る。

 シャルルも興味のないという感じでそっぽを向いてはいるが、視線はチラチラとリオンの方へ向いている。

 それだけ、固有魔法を見る機会というのは生徒たちにとっては少ないという事だ。

 ――勿論、魔法騎士になれば嫌という程、固有魔法を見る事にはなるのだが。


「じゃ、やるよ」


 リオンは魔力を練りながら、己の内側に存在する魔核へと意識を向ける。

 その瞬間、リオンの頭には無数の術式とそれを発動する為のが思い浮かび、その鍵をそのまま口から声として発した。


「《我が名を以て扉を開く》――【封魔の霊廟クラウゾレム】」


 その瞬間、手のひらに一本の鎖が出現した。

 その鎖は先端が鏃のように尖り、先端から後ろを辿っていくとある点で空間の歪みに呑まれている為、鎖の全長を把握する事は叶わない。


「その鎖が……リオン先生の固有魔法…………なんですか?」

「うん、そうだよ」


 アイリスは不思議そうに首を傾げながら、リオンにそう質問をした。

 それに対して、リオンは笑顔で頷きを返す。


「えと……他に、能力とかは…………」

「ん? ないよ? これはただから鎖を出現させるだけの魔法だよ」

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