第十一話 休憩時間にて
リオンが教室に戻って来たのは、それから十五分ほど経った頃だ。
(あれ……?)
リオンが扉を開けると、銀髪の少女が一人、無防備にも机に突っ伏して寝ていた。
――シャルルだ。
リオンが教室に入って来たのにも気づかぬほどに熟睡している。
(
護衛の身としては少し複雑だ。
リオンは教室にも数名学生が居ると考えて、シャルルの側から少しの間離れていた。本当なら、ずっと付きっきりが良いのだろうが、リオンにもやらなくてはならない事があり、そういう訳にもいかないのが現状だ。
だからこそ、護衛対象であるシャルルにもある程度の危機感は持っていて欲しいとは思う。
(そもそも……コイツは狙われてるのも自覚がないのか……。この話は裏で内密に決まったものだからな)
そもそもの話。
シャルルを護衛するという名目で教師になるのはてんでおかしな話だ。
(冷静になって考えてみれば、わざわざ俺を教師にする必要なんてないよな。教師より、側仕えとかの方が護衛もしやすいのに……)
最初、セリアからこの話を聞いた時は教師というワードのインパクトに押されて、その事にまで気が回っていなかった。
だが、任務が始まってから二日。
冷静になれる時間は充分にあった。だからこそ、リオンはその不自然さに気付くことができた。
――なぜ、わざわざ教師なのか。
護衛をするにあたって、リオンをシャルルの近くに置いておきたいのは理解できる。側仕えにしないのも、護衛の件をシャルルにも伝えられない理由があるからできないと考えれば、
だが、教師である理由がない。
それこそ、教師などという遠い立場よりも他の立場があった筈なのだ。
例えば、シャルルと同級生――という設定の、護衛を一人付ければ良い。
(わざわざ、俺に話が来たのも不自然だよな……。学校で生徒の護衛なら、生徒の立場の方がやりやすい。……零番隊に限れば、リエルが居るのに)
リオンはもう既に二十歳を過ぎた大人だ。
見た目はまだギリギリ十代に見えるが、それでも誤魔化すのは無理だ。
だが、零番隊には学校に居ても不思議じゃない――というか、学生たちと同じ年齢の隊員もいた。
にも関わらず、話が来たのはリオンに対してだった。
(そうだ……相手が
少なくとも、リオンが見た中では他の魔法騎士はフローリア以外いなかった。
そこまで顔が広いわけではないとリオンは自負してはいるが、それでも実力の高い魔法騎士はある程度、その顔を把握している。
(フローリアと俺が居るから良いっていう判断なのか? それともまた別の理由があるのか?)
リオン自身は頭が良いわけではない。
セリアが何を考えているのかは、リオンには到底推し量れるものじゃないのだ。
「後でセリアに聞くか……? いや、でも……答えてくれる気がしないな……」
セリアは任務の詳細について、なぜリオンだったのかの理由も教えてくれはしなかった。
相手が
なればこそ、疑問に思うことはいくつもある。
だが、果たしてセリアはそれをいつかリオンに話してくれる時がくるのだろうか。
「――あれ? 先生、そんなところで止まってどうしたんですか?」
そんなことを考えていると、背後から声が掛けられた。
後ろに居たのはアイリスだ。緋色の瞳を丸くしながら、リオンに対してそう聞いた。
「いや、ちょっと考え事をしてて…………。ごめんね、こんな扉の前で止まっちゃって…………」
「いえいえ。それにしても、先生ってほんとに凄い人だったんですね。最初は大丈夫かなって不安でしたけど、蓋を開けてみれば凄く良い先生で安心しました!」
「そ、そう言って貰えるとありがたいよ……。僕はまだまだ未熟だしね」
褒められる事にあまり慣れていないリオンは、どこかむず痒さを覚えながら苦笑いをした。
「そうは言いますけど、魔力の扱いなら群を抜いてるじゃないですか! 初めて聞きましたよ、魔法を自在に操るなんて!」
「まぁ……俺も自分の師匠に教えて貰ったしね……」
「師匠……! どんな人だったんですか!? そんな技術を教えられる人なら、きっと魔法騎士団でも有名だったんですよね!?」
「まぁ……ある意味、有名…………だったのかな?」
「凄いなぁ……。私も会ってみたいです!」
アイリスは目を輝かせながら屈託のない笑みで、胸の付近で両手を合わせた。
「でも……だからこそ、気になる事があるんですよ」
「…………気になる事?」
「私、今まで先生の名前を聞いた事がなかったんです。そんなに凄い実力があるのに、魔法騎士団としての活躍を聞いた事が……」
無理もない話だ。
そもそも、リオンは零番隊。決して表に名前が出る事のない魔法騎士だ。一学生がリオンの名前を知っているわけがないのだ。
「ねぇ……先生は本当は何者なんですか? 先生は魔法騎士団の何番隊に所属していたんですか? なんで……魔法騎士を辞めたんですか?」
「…………」
アイリスの顔から笑顔が消えた。
そして、向けられるのは懐疑的な視線だ。
無論、その質問を予想していなかったわけではない。魔法騎士団のどこに所属していたのかも、フローリアとは既に話は付いている。
だが、リオンはほんの一瞬だけ答えに詰まった。
奔放に見えたアイリスが見せた圧。
それにリオンの意識が引っ張られてしまった為だ。
「…………俺は魔法騎士団の――」
リオンは突如として雰囲気が変わったアイリスに対して、なにを聞くでもなく笑顔で答えようとした。
「――あれ? もう、時間……?」
その時、シャルルが寝ぼけまなこを擦りながら、ゆっくりと上体を起こした。口が
リオンとアイリスの視線がシャルルへと向く。
一体なぜ、自分が見られているのか理解ができていない様子のシャルルは首をこてんと傾げた。
「…………あっ」
シャルルは一言そう溢したかと思えば、みるみるうちにその顔を真っ赤に染めていく。
そこで自分の現状に気づいたらしい。
「な、なんですか!? なにか私の顔に付いてますか!?」
急に立ち上がったかと思えば、シャルルは早口で捲し立て始めた。
シャルルのその様子に、リオンは毒気が抜かれた気がした。
「いや……良い具合に熟睡してたなぁって。ね、先生?」
「え、あぁ……うん。思った以上に熟睡してたから、俺も驚いちゃっただけだよ」
「んな!? しょ、しょうがないじゃないですか! だって……あんな魔力空っぽにするなんて特訓したら、どんな人だって疲れますよ! それとも、休憩時間に寝ちゃいけませんでしたか!?」
どうやらシャルルは恥ずかしさを誤魔化したいらしい。
教室で熟睡をかまして、剰えそれをリオンとアイリスに見られたのにも関わらず、寝惚けている姿まで見せてしまったのだ。
恥ずかしさで爆発しそうなのだろう。
「いや……休憩時間だから、寝てても良いよ。それにそんな気にする事でもないし……」
「そうそう。それに可愛かったよ! 寝てたシャルルも、寝起きのシャルルも!」
「――――っ!?」
声にならない悲鳴を上げながら、シャルルは机に突っ伏してしまった。
その様子を見たアイリスはニマニマと頬を緩ませながら、シャルルの側へと近づいていく。
「あ、そうだ。先生……いつか、教えてくださいね?」
「うん、良いよ」
時計を見れば、既に休憩時間から二十分が経っていた。これから休憩で外に出ていた生徒たちも戻ってくるはずだ。
「――――だからね?」
「――――そういえば……」
「――――まぁ、そういう事もあるさ」
耳を澄ませば、生徒たちの話し声が聞こえてきた。
どうやら丁度戻って来ているらしい。
リオンは教壇に立ち、他の生徒たちが教室に戻るのを待つのだった。
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