第十話 地獄絵図
今の状況を一言で表すなら、死屍累々そのものだ。
授業が始まってからおよそ一時間弱。一切の休憩を挟まず【魔弾】を発動し、解除を何度も何度も繰り返し、すでに生徒のほとんどが魔力欠乏を起こして、その場に倒れている。無論、命に別状はない。
立って魔法を発動し続けられているのは現在四名のみ。シャルル、アイリス、グレン。
そして、翠緑のロングヘアーが特徴的な少年――フリエス・ランベルジュだ。フリエスはその美麗な容貌を酷く歪ませ、滝のように汗をかきながら只管魔法の発動を繰り返し続ける。
「ほ、本当に、これで魔力操作の感覚が、掴めるのか……!」
「文句を、言うなよフリエス……! 体力を、消耗するぞ……!」
「わかってるさ……! …………ぐッ、だがな! これがなにに関係していると言うんだ!」
フリエスは酷く苛立った様子で声を荒げる。
それを宥めるのは、グレンだった。
「俺にも、わからんッ! だが、少なくとも……なにかプランがあるのだろう……!? なら、限界まで熟すしかないだろう!」
体をプルプルと震わせ、虚の瞳をしながらも、グレンは限界というつもりが無いようだ。
いつ意識が飛んでもおかしくはない状態で、魔力を制御し続ける集中力は流石の一言に尽きる。
「ねぇ……シャルル…………。そろそろ、私……無理かもしれない……」
「泣き言、言わないで……。私だって、もう限界近いのよ……!」
シャルルもアイリスもかなり魔力を消耗している様子であり、顔色は決して良いとは言えない。
今の彼女たちの状態は重箱の隅に残った微細な粒子をかき集めているようなもの。魔力はほぼゼロに近しい状態になっているだろう。
それでも意識を失わずにいるのは、彼女たちの精神力の賜物だ。
(正直、ここまで耐えるとは思ってなかったな。初めのうちは魔力の限界が来たら気絶すると思ってたのに。案外、この調子だとあの四人は早く魔力操作のコツが掴めるかもしれない)
リオンは当初の予定では、多く見積もっても四十分ほどで終わるだろうと考えていた。
通常、魔法は数十秒のインターバルを挟んでから発動させることが多い。これは魔力を回復する時間を作り出すためだ。
どんなに魔力量が多かろうと、連続で魔力を行使し続ければ空気中に漂う『魔素』を取り込み、魔力に変換できず魔力切れを起こしてしまう。
それを見越して、かつての自分が連続で魔法行使を続けた時の限界時間――魔力切れを起こしかけた時間である四十分をリオンは目処にした。
だが、目の前の彼らは予想に反して、その記録を伸ばし続けている。
まさに才能の原石とでも言うべきだろう。
(俺の魔力量は騎士団の中でもずば抜けて多い。だから、当時の俺が魔力切れを起こしかけた時間まで待てば終わると思ってたんだけどなぁ……)
リオンは顔色こそ変えることはないが、確かに目の前で粘り続ける四人の生徒に感嘆していた。
しかし、それももう長くは続かなかった。
「――ぁ……?」
最初にフリエスが体をよろめかせて、その場に倒れ込んだ。どうやら完全に魔力を使い切ったらしく、意識を失ってしまったみたいだ
一緒に粘っていたフリエスの脱落。
少なからず、それは残りの三人にも影響したようだ。
「……もう、無理」
「限、界…………」
アイリスとグレンが続け様に気を失ってしまった。
シャルルは魔力を乱し、奥歯を噛み締めながら、【魔弾】を生成し続ける。
凄まじい精神力だ。おおよそ、一人の少女が持っているものではない。
だが、
「…………ッ」
耐えられたのは二人が気絶してから、ほんの数秒の間のみだった。
気付けば、シャルルもその場に倒れてしまっていた。
結果的に言うと、全員が魔力を出し切って気絶するまで、およそ一時間十五分ほどの時間を有した。
これは当初のリオンの想定を三十五分も超えた結果だ。
快挙を成し遂げたと言ってもいいだろう。
「…………。……一先ず、魔力回復薬を飲ませなきゃ」
リオンは箱で用意していた魔力回復薬を、一人一人のところまで持っていき飲ませていく。
魔力回復薬とは大気中に漂う『魔素』を、液体と混同させることで作られる『魔素水』の事だ。これは呼吸で『魔素』を取り込むよりも、経口で体内に『魔素』を取り込む方が魔力の回復効率が高いことを利用している。
瓶の中の液体全てを飲ませれば、魔力はほぼ全快すると言っていい。
ただし、魔力の消費に伴う体力の消費までは回復することはないのだが。
「……んぅ。ここは?」
「あれ、俺はなにして…………」
「なんで、床に倒れて……?」
魔力回復薬を飲んだ生徒達が続々と意識を取り戻していく。
リオンはそれを確認しながら次々と魔力回復薬を飲ませていき、気付けばクラス全員に薬を飲ませ終わった。
「私……意識を失ってた…………?」
「シャルルぅ……ごめんねぇ…………。私が先に落ちちゃってぇ…………」
「…………仕方ないわよ。誰だって、こんなの繰り返してたら倒れるし」
「――シャルルゥゥゥゥ!!! ありがとう、ありがとうねぇ!!!」
「ちょっと!? や、やめ…………離れなさい!」
アイリスは涙を流しながら、シャルルに抱きついた。
シャルルは目を大きく見開き、顔を引き攣らせながら、強く抱きつくアイリスを引き剥がそうと苦心しているが、アイリスの方はまるで離れる素振りを見せない。
リオンはそれを尻目に見て、咳払いを一つ。
「……ゴホン。と、言う訳で皆んなには魔力を空にして貰ったんだけど…………どうだったかな?」
「どう……? ただ只管キツかっただけですよ。なんの目的があるのかもイマイチ理解できてないですし。そもそも効果があるんですか、こんなこと」
シャルルは引き剥がすのを諦めたらしい。
引っ付き虫のようにくっつくアイリスを無視して、リオンの質問に答えた。
「意味ならあったよ。多分、ここに居る皆んな…………特に、最後まで残ってた四人はなんとなく感覚を掴めてるんじゃないかな?」
リオンに指差された四人は互いに顔を見合わせる。
「…………その様子だと、なにもわかってない?」
「俺たちはただ必死にやってただけなので……。その感覚っていうのをあまり意識してなかったんですよ」
「あぁ……なるほどね」
グレンの説明にリオンは納得した。
彼ら四人は死に物狂いで魔力を絞り出していたから、あまり自分の内の感覚に意識を割けていなかったのだ。
「まぁ……端的に言うなら、君たち四人は切れかかっていた魔力を最後まで掻き集めてただろう? その時、魔力は大きく膨張する事はなかったと思うんだ」
「言われてみれば…………」
それもそうだという話だ。
例えば、水が満タンに近しい状態の時は欲しい量より多くの量が出てしまうことがあるが、欲しいギリギリの量しか無ければ必要以上に出ることはない。
これは魔力にだって当て嵌まるのだ。
魔法を使おうとすれば、有り余る魔力から必要以上に魔力を注いでしまう。
なにせ、細かい調整をして必要量の魔力を抽出するのはそれだけ手間だからだ。無駄は多くとも、手順はなるべく簡単にしたいと考えるだろう。
だが、欲しい絶対量と同量の魔力を注ぐのと、それを超えて注ぐのでは継戦能力に大きく差が出るのは明白だ。
「その時の君たちは少なくとも、魔力というものを操っていたはずだよ。尽きかけてる魔力を掻き集めて、ギリギリ魔法が成立する量を用意するっていう行程を繰り返していたんだからね」
彼らは集中して自身の中の魔力を掻き集めようと、意識を集中していた。
その時、残り少ないものを取り出せたあの感覚。
それこそ、魔力を操る感覚を掴むのに最も近しいものになっている。
「この授業の意味はね。魔力欠乏を起こしてる時に、残り少ない魔力を集める感覚を覚えて欲しい……ただそれだけなんだ。これだけで魔力を完全に操るのは無理だけど、それでも感覚は掴めるようになる」
魔法は魔力欠乏を起こさないように調整しながら使うのが当たり前。
だからこそ、誰も魔力欠乏を起こした後の魔力を捻り出す感覚を理解できない。
なら、強制的にその感覚を分からせればいい。
リオンはそう考えていたのだ。
「まぁ、まだ感覚自体は浅いだろうから、毎日これを繰り返して体を感覚に慣らすのが前提だ。そうだなぁ……後、一ヶ月も続ければ感覚は完璧に掴めるかな……」
リオンは顎に手を当てて、そう語る。
「…………一ヶ月も、これを?」
誰かがポツリと呟いたその言葉に、周囲の空気がどんよりと重くなる。
だが、戦技科に来たのなら、その授業は今までの比にならない程には厳しいと全員分かっている。今更、戦技科に来たことを後悔する人間はこの場にはいない。
「それじゃあ皆疲れてるだろうし、これから二十分くらい休憩を取ろうか。その間は自由行動で。あ、ただ他のクラスの迷惑にはならないように。それじゃあ、解散!」
リオンはそう言うと、軽く手を叩き合わせた。
パンッ……! という乾いた音が教室内に響いたかと思うと、リオンは踵を返して教室から出ていくのだった。
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