第九話 最初の授業

「――それじゃあ、まずは魔法の基礎知識について軽く押さえておこうか」


 戦技科一年Aクラスの教室で、リオンは教卓の上に立っていた。生徒達も机の上に紙と鉛筆を用意して、真面目に授業を受けている。

 これが入学式が行われてから初めての本格的な授業だという理由もあるのだろうが、そもそもレウゼンに通う学生な訳で、ある程度は真面目なのだろう。


 レウゼン魔法学校で行われている魔法の授業では、基本的には教科書を使う事はない。なぜなら此処に入学する過程で、ある程度の知識は覚えてきていることが前提だからだ。

 そのため、レウゼンではクラスを受け持った担任が魔法についての授業を自由に行えるようになっている。そのせいで担任の教える内容によって、クラス毎にその特色が変化してしまうのだ。

 だからなのか、魔法授業の試験は筆記が行われることはなく、全てが実技の試験となっている。


「まず、魔法とは何かについて。魔法とは魔力をさまざまな形へと変化させ、術式を媒介にして世界に顕現させる技術の総称だ」


 リオンがまず考えたのは、基礎を確実にすること。

 いきなり応用的な技術を教えても、基礎が無くてはそもそも意味がないからだ。


「これは皆知っている事だと思う。この様々な形って言うのは代表的なモノで言えば、属性魔法とかのこと。例えば、炎の魔法なら魔力に『燃焼』と『発熱』の性質を加える事で成立している。これに色々な指向性を持たせるのが『術式』だ」


 一部の例外を除いて、魔法の発動は『魔力の性質変化』、『術式による制御』というプロセスを踏んでいる。

 例えば、グレンが使っていた【火閃砲ガル・レイア】。これは魔力に『燃焼』、『発熱』の性質を持たせて、直線的に放たれる、と『術式』によって制御しているのだ。


「ま、これは基礎も基礎。皆、無意識に魔力の性質を変える事はできる。でも、魔力を操る事はできない。それもそうだって話だよね。魔力を操るよりも『術式』を通した方が確実だし」

「はい! 先生のその言い方だと、まるで術式を介さずに魔力を操っているように聞こえるんですが!」


 元気よく手を上げた緋色のロングボブの少女は、どこか不思議そうな顔をしている。


(……誰だ?)


 リオンはまだ自分が受け持つ生徒たちの名前を全員は覚えていなかった。

 覚えているのは護衛対象のシャルルと、昨日突っかかって来て模擬戦を行う事になったグレンの二人だ。それ以外は名前と顔が一致していない。


「えーと、君は……」

「私はアイリス・フェルノーです!」

「ありがとう。ごめんね、まだ全員のえ顔と名前が一致してなくて…………」


 リオンは申し訳なさそうに笑う。

 そして、すぐに笑みをやめて真面目な表情に戻す。


「さっきの質問の答えだけど、俺は魔力を操作するのに術式を通してない。それこそ、魔法の発動の時以外はね」

「そんなこと出来るんですか?」


 淡々とした声で、銀髪の少女――シャルルがリオンに向けてそう投げかけた。

 シャルルの視線にどこか懐疑的なものが含まれているのは、きっと勘違いではないだろう。


「正確には、魔力を術式通さないで外に出すことはできないよ。でも、魔力そのものを操ることはできる」

「もし、仮にそれが出来るとして、術式を通した方が簡単じゃないですか?」

「そうだね。でも、魔力を術式なしに操れるようになれば、戦闘の際に自分が取れる選択肢が爆発的に広がる。例えば、魔法を自由に――とかね?」


 教室内がざわつき始めた。

 どうやら生徒たちがリオンの言葉に動揺しているらしい。

 その気持ちを代弁するかのように、シャルルは机を叩いて立ち上がった。


「有り得ません! 魔法を自由に曲げる? そんな事できるわけがない! 発動した後の魔法は、術式の効果に則って動くんですよ!? それを自由になんて――」


 ――有り得ない。有り得るはずがない。

 そう言いかけて、シャルルはその目を驚愕に見開いた。


 リオンの周りを、【魔弾ジ・アルフィ】が不規則な動きで周回している。上下左右を入れ替えながら、まるで生き物かのように。

 なにより、いつ発動したのかさえわからない速度で。


「これなら、証拠になるかな? 術式だと、ここまで複雑な動きを組み込む事はできない……のは、わかるよね?」

「うそ……」


 術式はあくまで単一的な指示しかできない。『一直線に飛べ』や、『分裂して飛べ』のように比較的簡単な指示しか組み込めない。『敵を追尾しろ』のような、複雑な動きを要求することはできない。

 リオンが今やっている自分の周りを不規則に飛ばせているのも、術式で仮に支持するなら『適当に動け』とかになるだろうか。

 これも『敵を追尾しろ』と同様、複雑な動きを要求するものであり、術式に組み込むことができないのだ。


「魔力を自由に操れるようになれば、それだけ魔法発動が速くなる。なにせ術式に組み込むのが魔法の概要だけでよくなる訳だからね。それだけで戦闘の技量は他より図抜けて高くなる」


 魔法戦に於いて、魔法の威力と同列で重要と語られる発動の速度。

 リオンは魔力の操作を発動を早める一つの方法として考えている。無論、それ以外にも自分で考えた複雑な動きをできるという点もメリットではあるが、それはあくまでも副産物に過ぎないのだ。


「だから、今日は魔力の操作の感覚を掴む事を目的とした授業をしようと思ってる。魔法を全力で使うわけじゃないし、爆発だったりもしないからこのまま教室でやるよ」


 リオンは【魔弾】を解除して、再び魔力を練り始める。

 今度は生徒たちにも分かるようにゆっくりと、知覚できるくらいに大きく。


「今日から皆んなにやってもらうのは、とにかく魔力を抑え続けること。そして、魔力を抑えている中で【魔弾ジ・アルフィ】を発動すること。この二点のみです」


 リオンは再び、【魔弾】を発動してみせる。

 生徒達が知覚できるギリギリの魔力の揺らぎを維持しながら。


「そ、それだけ……? それなら、結構簡単なんじゃないか…………?」


 誰かの呟きが耳に入ってきた。

 リオンはその言葉を聞いて、微笑を浮かべた。


「簡単……そう、簡単だ。魔法の発動も、魔力を抑える技術も。両方とも、基礎の基礎だからね。でも、その両方を同時に行える生徒がこの中にどれくらいいるかな? ……そうだな。じゃあ、グレンくん。やってみてくれるかな?」


 リオンは周囲を見渡して、目についたグレンに指を差して指名した。


「わかりました。両方、同時か……」


 グレンが目を閉じた。すると、徐々に彼から放たれていた魔力の波が小さくなっていく。

 次は、そこから【魔弾】を発動するだけ。なんということのない工程を踏むだけだ。


 ――だが、そこでグレンは硬直した。


(なんだ、これ…………。この状態で、魔法を……?)


 無理だ。できるわけがない。

 魔力を抑えるまではできる。だが、問題はその後だった。魔法を発動する前段階。魔力の性質変化で必ず異常が生じる。


「お、おい……どうしたんだよ、グレンのヤツ」

「あとは魔法の発動だけでしょ? なのになんで止まってるの?」


 教室のざわめきがグレンの耳を差す。

 クラスメイト達の言葉が耳に入るたび、――なら、お前たちがやってみろ。と、強く思う。

 これは決して、簡単な技術ではない。基礎と基礎を組み合わせた応用。いや、これはもはや応用というレベルでは利かない。


(別次元の、技術……)


 グレンは額に脂汗が滲むのを感じた。

 模擬戦の時から感じていたリオン・エイルスという男の底の知れなさがより明瞭になり、戦慄を覚える。


「無理だ……できる気がしない…………」


 グレンは表情を歪ませて、一言そう呟いた。


「そりゃ当然だよ。魔力を抑えながら、魔法を扱うっていうのは二重で魔力を操作するって事。それを初めからできる人なんてそういるものじゃない」


 魔力の操作の基礎技術ではあるが、どうしても魔法発動時には魔力が高まる傾向が人にはある。

 これは魔力の波を大きくした方が変化を加えやすいという単純な理由からだ。例えるなら、大きな石の塊と小さな石の塊。正確に加工するなら大きい石の方がやりやすいのと同じ。


 魔力の波を小さくしながら、それを自分の考える理想的な魔力に変換させるのは技術と集中力を伴うのだ。

 無論、慣れれば無意識でできるようになるのは普通に魔法を使うのと大差はない。


「要は感覚の問題なんだ。普段、魔法は魔力を外に発するっていう前提を基に構築しているから、魔力を外部に漏らさないで魔法を使う意識がない」


 魔法は魔力を込めれば込めるだけ大きく、より強くなる。だからこそ、魔力を大きくし続ければ良いと人は錯覚してしまう。


「魔法に必要なのは魔力を込めるであって、魔力のは一切関係ない。でも、魔力を込めようとすると、どうしても力んでしまって必要以上に魔力を大きくしてしまう。これは仕方のないことだ」


 そう、仕方ないのだ。

 魔力を大きくする必要がないと頭で理解していても、深層意識ではその感覚がわかっていない。

 表層と深層。二つの意識の擦り合わせができていないのだ。


「まず、今回の基礎を練習するにあたり、皆んなには脱力して魔法を使うっていう感覚を覚えてもらう。と、言うことで今日は魔力が尽きるまで【魔弾ジ・アルフィ】を使ってもらう」


 リオンは不敵な笑みを浮かべて、生徒たちに向けてそう言い放ったのだった。

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