第八話 自室のひと時
「……終わった」
十畳ほどの広さの部屋に机と椅子、ベッドのみが置かれている。この部屋にある装飾といえば、机の上にある羽根ペンとインク入れのみ。
あまりにも簡素な自室のベッドにリオンは仰向けに倒れ込むなり、げんなりとした様子で呟いた。
彼の手に握られているのは先程、ジエルから渡された野外演習の案内用のプリントだ。
端的に言うと、野外演習とは戦技科の学生が行う授業の一環の一つらしい。近隣にある密林や山、時には海を渡った先にある島へ行き、そこで課題を熟すというものらしい。
期間はその時々で変わるらしいが、今回の野外演習は一年生達の力試しの面が強く、レウゼンの近くにあるフォル密林にある滝の周囲十キロメートル圏内で行われる『一日魔物狩り』らしい。
与えられる課題は魔物が体内に溜め込んだ魔力が結晶化した『魔石』を昼から日没までに十個以上採取するという、普通にやれば難易度は高くはないものだ。
フォル密林自体も、そこまで飛び抜けて強い魔物が出るわけでもない。毎年、怪我人はほとんどいないという話だ。
だが、ここで問題になるのは怪我人は出ても許容できるが、死者が出た場合は? という話だ。
実際、今から何十年も前に、学生の中で死者を出してしまった事件もあったらしい。
以来、この野外演習は各所に教員を配置する事により、命の危険が差し迫った場合には教師陣がすぐ助けに入れるようにしているとのことだ。
今年もそれは例外ではない。
一年の教師陣と学科主任であるジエルが密林の中に入り、常に生徒達を監視しながら危険があればすぐに助けに入るらしいのだ。
無論、その教師陣の中にはリオンも含まれている。
(やばいなぁ……。生徒達を監視しながら、シャルルっていう奴の護衛も並行してやんなくちゃなのかぁ……。これ下手したら過労死案件だろぅ……)
そう。今回の野外演習、リオンだけは並行して二つの仕事をしなくてはならない。
護衛と監視。
似て非なる二つの仕事を同時に熟さなくちゃならないというのが何よりも辛い。
(なによりヤバいのは…………気配の嗅ぎ分けをしなくちゃなんないって事だよなぁ……)
今回のフォル密林での演習は護衛任務にかなりの支障を来たすことは確実だ。
なにせ、気配探知の魔法は周囲の生物の場所を把握するだけであり、人や魔物を区別することは限りなく難しい技術だ。
リオンも出来ないわけではない。
ただ、それに意識を割きすぎると教師としての職務が全うできなくなってしまう。要は配分を完璧に調整し、尚且つ一切の間違いのない探知をしなくてはならない。
しかも、それを十キロという広大な範囲に広げてやらなくてはならない。
「あぁ、魔力の配分ミスれば、速攻で魔力切れ起こすだろうなぁ…………。……めんどい」
リオンは大きく溜め息を漏らした。
もう一度、握っていたプリントを眼前まで持ってきて、日時の欄に目を通す。
「…………五日後、かぁ」
プリントに書かれた日付は四月十五日。
リオンがレウゼン魔法学校に来て一週間経つ日と丁度被っている。
「…………なにも起きなきゃいいけど」
『野外演習』。
この授業はある意味、敵側からしても攻めに転じやすいものである事は間違いない。
幾ら教師が監視に入るとはいえ、全部が全部を見切れるわけではないのだ。その隙を突かれてしまえば、リオンですらも対処のしようなく終わるかもしれない。
「ハアァァ…………。やっぱ、俺には向いてないよ。ただ殺すだけの任務なら、護衛より遥かに楽だったのになぁ……」
任務のことを考えるだけで気が滅入ってしまう。
思わず愚痴をこぼしてしまうほどに。
リオンは欠伸をしながら、固まった体を伸ばす。
「今日はもう寝ようかなぁ……」
時間は現在、午後五時を少し過ぎた頃だ。
夕食も食べてはいないがなにぶん今日は少し疲れてしまった。
殺しの任務がない日はいつも
『お前なぁ……もう少し人間的な生活をしろよ……。せめて一日中寝るのは止めろ…………』
と、小言を言われたこともある。
まぁ結局、そう言われてもリオンに生活習慣を改善する気がなさすぎて諦められてしまったのだが。
そんなリオンが今回の任務のせいで、強制的に生活習慣を改善することになってしまった。しかも、これをほぼ毎日続けなくてはならないときたものだ。
リオンからしてみれば、地獄の環境に身を置いているのと同然だ。
「明日からも早起き…………どんなに文句言っても変わんないと分かってても、文句の一つくらい言いたくなるよねぇ……」
リオンは寝返りを打ち左半身を下にして、膝を曲げて足を体の方へと近づける。毛布を自分の方へと引っ張り、自分の体を巻き込むようにして抱え込んだ。
完全に寝る体勢を整え、あとは目を瞑って意識を落とすだけという所まで持っていく。
(おやすみ……)
――コンコン。
その時だった。
誰かが空気を読まず部屋の扉をノックした。
(…………誰だよ)
リオンは嫌々体を起こして扉を開けようと歩き出した。
ここで狸寝入りを決め込むことも考えたが、もしこれが何か大事な話だったならと考えるとそれも出来ない。
扉の向こうに聞こえないように、溜め息を一度だけ溢してドアノブに手を掛ける。
「はい、どうしましたか?」
好青年のような笑みを貼り付けながら、リオンは扉をゆっくりと開いた。
「やぁ、リオンくん! フローリア校長様が遊びに来てやったぞぉ!」
「――そうですか。お引き取りください。お帰りはあちらです」
リオンは早口でそう捲し立て、扉を勢いよく閉めた。
だが、閉じ切る寸前のところで不自然な力が加わり、扉がギシギシと軋む。
「まぁまぁ。待ちたまえよ、リオンくん?」
見れば、フローリアが扉の隙間に手を差し込んで、閉めさせないように逆側に引っ張っている。
「私は君の上司だ。わかるかな?」
「……便宜上、ですけどね?」
「それでも私は君より立場は上だ。いいかな、上司命令だ。扉をっ、開けてっ、私を中にっ、入れろっ!」
フローリアは言葉を区切り、強調してリオンに命令をした。
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