第七話 学科主任
「いや〜強かったね〜。リオン先生、あのバールくんに圧勝してたし。魔法の知識も凄そうだった!」
「…………そうね」
シャルルは現在、先の戦闘を見て興奮している隣の少女――アイリスを軽くあしらいながら、学生寮へと戻っていた。
「にしても、あんなに強かったなんてねぇ。リオン先生も本気だったのかなぁ……」
「本気なんかじゃなかった」
「へ?」
「あの人は……本気なんて出していなかった」
シャルルは先の戦闘を思い返して、断言してみせる。
「余裕があったのよ。あの人は戦いを楽しんでいた」
「そっかぁ……。でも、レウゼンの先生ならみんな生徒になら余裕を持って勝てちゃうんじゃない?」
「そうね……確かに、レウゼンの教師たちは皆んなある種の到達点に位置してるわ」
アイリスの言う事も当然だ。
レウゼンの教員はそれだけでエリートだ。騎士団に所属こそしていないが、戦技科の教員ともなれば騎士団の幹部クラスと同等以上の実力を有している。
そんな彼らが学生に追い詰められる事など、そうそうあり得るような事ではない。
「でも、違うの……。あの人は戦いの最中であっても、圧を一切感じさせなかった。それが如何におかしい事かくらいはアナタにだってわかるでしょ?」
「うーん…………そんなもんなんじゃないの? 違うのかなぁ?」
アイリスはどうやら理解していないらしい。
シャルルは顔に手を当ててため息を漏らした。
「…………いくら強い人でも、余裕があったとしても、戦いになれば少なからず圧――魔力の揺らぎが見えるはずなのよ」
「あ、確かに。魔法を使うときは大体わかるもんね」
「そう。でも、あの人には魔力の揺らぎが見えなかったの。魔法を使っていたにも関わらず、ね」
リオンという男はごく自然体のままで、魔力の変化を見せる事なく魔法を使っていた。
それが如何に異質なのかを例えるなら、息を切らさず、汗も流さず、心拍すら上がらずに走っているようなものなのだ。
「つまり、あの人は本気どころか、その半分だって出していなかったの。そんな事ができるレベルの教師……正真正銘、フローリア・レーベンハイトに並ぶ……!」
「フローリア団長…………か。でも、もし本当にそうだとして、なんでそんな人が学校の教師になったんだろ。それが本当なら、リオン先生も騎士団の団長になっててもおかしくないよね」
アイリスの言う通りである。
シャルルもそれが疑念の一つとしてあった。フローリアは一番隊隊長と兼任してレウゼン魔法学校の校長をしており、その知名度は高い。
騎士団所属でもそれなりに活躍による叙勲などで名を知るし、隊長であるならば名前を知らぬものなどいるはずもないのだ。
だが、リオンはシャルルも今まで名前を聞いた事がなかった。
「そうね。きっと今まで、リオン先生は表舞台に出てていない」
シャルルはそう結論付ける。
別段、シャルル自身が世情に疎いというわけではない。そもそもリオンという男が今まで表に立っていなかったのではないか。
シャルルはそう考えたのだ。
「だからこそ…………どうしても気になってしまう。あの人は一体何者なの?」
同時に、シャルルはリオンという男を最大限の警戒対象とした。教師として信頼するべきではないと、理性が警鐘を鳴らし続けているのだ。
「…………つまり――――一目惚れ!?」
…………どうやら、アイリスにはシャルルの真意は伝わっていなかったらしい。
アイリスは目を輝かせながら、シャルルに視線を送っている。
「そんなわけないでしょ……」
そんなアイリスに対して、シャルルは呆れたようにそう返した。
☆☆☆
「はぁ…………疲れた」
リオンはため息を吐きながら、教師寮へと戻っていた。
レウゼン魔法学校の教師寮は北側に位置している。ちなみに学生寮は教師寮と真反対の南側に位置している。
「…………にしても、初日から模擬戦とか。しかも学生の前では常にニコニコと愛想振り撒いて…………」
リオンは先程までの自分自身のことを思い返して、二度目のため息をこぼした。
「やっぱ似合わねぇ…………。あんな態度してたの……今思い返してもキモすぎるよなぁ…………てか、生徒たちにも大丈夫なのかって疑われるとか…………」
先程行われた模擬戦の流れを思い返して、心にダメージを負ってしまう。
リオンは足取りが重いままに歩いていた。
「――あれ? リオン先生じゃないですか」
「へ?」
リオンが視線を上げると柔和な笑みを浮かべた一人の男がいた。
長身痩躯の二十代ほどの若い男だ。身長はおよそ百八十センチほどだろうか。銀色に赤メッシュの入った髪、薄く開かれた瞳から怪しく光る紫紺の瞳、酷く整った顔立ちはその妖艶さを際立たせている。
「初めまして……と言った方が良いかな? 僕はジエル・ゼルハイト。一応こんな見た目でも、戦技科の学科主任を任されているんですよ。よろしく、リオン先生」
「よろしくお願いします、ゼルハイト先生」
ジエルが差し出してきた手を握って、リオンは表情を仕事モードに切り替えた。
一目見て分かったが、このジエルという教員は生徒に好かれるタイプをしている。物腰が柔らかく、余裕があるザ・大人という感じの人間だ。
ものぐさで、決して余裕があるとは言えないリオンと正反対の位置にある教師。
加えて、まるで警戒心を抱かせないその柔和な態度はリオンが演じようとしている教師像そのものだ。
(いや……てか、待て。コイツ……今、どこから――)
「――リオン先生は優秀な教師のようですね」
ジエルはリオンに対して、そう評価をした。
全てを見透かしているかのような細い瞳が、リオンを差した。
「常に気配探知の魔法を張り巡らせている。それもかなりの広範囲……大体半径三メートルほどですか? そんなことができる人間なんて、騎士団でもそうそういなかったでしょうに」
「い、いえいえ……俺なんてまだまだですよ。ゼルハイト先生の接近にだって気づけませんでしたし……」
そう。リオンはなにがあっても良いように、気配探知を張り巡らせていた。気配探知の魔法は生物から漏れでる微弱な魔力が、周囲の魔力に与える揺らぎから相手の位置を割り出す魔法だ。人によって精度はまちまちだが、リオンのそれは熟達していると言っていい。
だが、リオンほどの使い手が扱っている気配探知にすら目の前のジエルという男は引っ掛からなかった。
位置が特定できなかったのだ。
これ即ち、このジエルという男は魔力を一切外部に漏らしていないという事だ。
(一切魔力が漏れないとなれば、魔法騎士団の中でも隊長クラスの奴らくらいだぞ。ジエル・ゼルハイト……コイツ、相当できるな)
実際のところはリオンにもわからない。だが、少なくともそれくらいの実力はあって然るべきだ。
リオンの中でジエルの危険度は高く設定された。
敵になって欲しくはないが、万が一がある。今後、警戒するに越した事はないだろう。
「リオン先生。どうかされましたか?」
「いえ……なんでも……。ただ、ゼルハイト先生は優秀な人そうだなと考えてただけですよ」
無言になってしまっていたリオンを不思議そうな顔で覗き込むジエルに対して、リオンは微笑みながら言葉を濁して考えていたことを伝えた。
ここで安易に誤魔化すのはジエルにら通用しないと、直感的に感じたからだ。
「そんなそんな。僕なんて、まだまだ未熟者ですよ。この学校には猛者が集っていますから。それこそフローリア校長なんて、その最たる例ですしね」
「…………。……フローリア校長はそもそもが規格外ですから。比較の対象になり得ませんよ」
ジエルの口から出た『フローリア』という名前に、一瞬、ほんの一瞬ではあるが、舌打ちが出そうになったのは言うまでもないだろう。
リオンとしてはフローリアを校長と呼ぶのも、ましてやプラスに語る事など、地面を舐めるよりも屈辱的な行為。
だが、ここで冷静さを欠いてフローリアをボロクソに言ってしまえば、それだけでリオンのクビが飛びかねないのだ。
とは言え、頑張って維持しているその笑みも引き攣り、額には青筋が浮き出てはいるのだが。
「あの人は一種の完成形ですよ。誰もが憧れる美しい容貌。全体的に細く華奢な四肢。にも関わらず、そこから繰り出される超火力の魔法の嵐! まさに、最強! だからこそ、子供たちの憧れの的となる……」
「そ、そうですねー……。あ、あの人、凄いですよね」
リオンはなんとか素を見せないよう、吐き気を堪えながらジエルに賛同をする。だが、漏れ出る言葉のどれもが棒読みで感情が篭っていない。
一方のジエルはと言うと、よっぽどフローリアに心酔しているらしい。全身から眩い光を放ちながら、早口でフローリアの凄いところの称して語っている。
……どうやら、別の意味でも警戒度を引き上げる必要があるらしい。
「あ、すみません。つい熱が入りすぎてしまいましたね。本当に申し訳ない」
「いえいえ、お気になさらず」
正気に戻ったジエルは恥ずかしそうに、自分の頬をポリポリと指先で掻いた。
リオンにとってみれば、やっと話が切り替わって一安心というところだろう。
「そういえば、リオン先生。一週間後の野外演習についてのお話をしようと思ってまして……」
「…………。……野外、演習? なんですか、それ」
聞き覚えのない単語だ。
リオンの反応を見て、ジエルも目を丸くしてしまった。どうやら知っているものと思っていたらしい。
「いや……そうか。そういえば、なにも説明されていなかったんですね」
「そう、ですね……初耳です…………」
ジエルは納得したのか、手のひらに握り拳を軽く落とした。
それでは説明を――と、ジエルは一枚の紙をリオンに手渡した。それは『一年一学期・野外演習のすゝめ』という見出しの書かれたプリント用紙だ。
そこには日時と場所。演習の内容についてが軽く書かれている。
(まずい……まずいぞ……。もしかしたら、これ相当面倒くさいやつなんじゃないか?)
リオンはプリントを見ながら、顔を青褪めさせていく。面倒くさい事に巻き込まれる匂いしかしない。
リオンは息を呑み、これからジエルに告げられるであろう厄介事を思いながら、ただ冷や汗を流し続けることしかできなかった。
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