第三話 入学式

「やぁやぁ、新入生徒諸君! レウゼン魔法学校へとよく入学してくれた! 君たちは選び抜かれた最高の生徒たちだ! 入学できた事を誇ってくれ!」


 百名余りの新入生の視線に晒されながら、壇上で堂々とした様子で語り出したのは、この学校の学校長であるフローリア・レーベンハイト。

 年齢は二十代前半。リオンとほぼ同い年だ。

 にも関わらず、彼女ら若くしてレウゼン魔法学校の校長に抜擢された。


 フローリアはまさしく、今後の歴史でも長く語り継がれる傑物の一人たる力を持っている。

 その一つの伝説として語り継がれているのが、五年前のクローディア聖教国の首都――クレイメンで起こった『クレイメン大災』での活躍だ。


 侵攻した千の魔物によって死地と化したクレイメンに出向き、たった一人でそれら全ての魔物とその背後にあった元凶を討ち取ったという偉業を成し遂げたのだ。

 故に、彼女に憧れる新入生たちは数知れず。期待と羨望の入り混じった眼差しを向けている。

 フローリアは自身に向けられたそんな視線たちに臆する事なく、微笑みを浮かべてみせている。


「さて、君たちは今日夢と希望と共にここへ来た事だろう。だが、そんな甘い幻想は捨てなさい。一言で言おう、ここは君たちが想像するような場所ではない」


 フローリアのその言葉に、新入生たちがざわめき出した。

 教師陣はと言えば、フローリアのその言葉に頷く者もいれば、毅然とした様子で生徒を見張る者もいれば、あくびをしている者もいる。

 というよりも、欠伸をしているのはリオンだけなのだが……。


「はっきりと断言しよう。ここは魔法騎士を志す者たちの墓場だと。ここは、他のどの学校とも違う。ここはまさしく地獄に等しい」


 フローリアは決して脅しているわけではない。

 彼女はただ事実を列挙しているだけなのだ。


 レウゼン魔法学校は華々しいほどの実績と、その高度な教育に隠れてはいるが、退学率が六割を上回るほどに卒業が難しいのだ。

 退学者のおよそ七割は入学してから、半年と経たずに心が折られたか、または成績が伸びなかった新入生たちが占めている。


 故に、ここはなのだ。


「だが、この地獄を乗り越えた先…………レウゼンを卒業したならば、その先に待つのは栄華と栄光の日々が待っていると約束しよう。だからこそ、君たちには是非頑張ってもらいたい」


 フローリアの激励の言葉に、先程まで動揺を露わにしていた新入生たちの空気が引き締まる。

 各々、決意を新たにしたのだろう。彼らが今、なにを考えているかなど、リオンに推し量る事などできないが明らかに目の色が変わっている。


 だが、その中でも特段リオンの目を引いたのは、依然変わりない空気を放ち続けている一人の少女だ。


 フローリアの言葉に一切の感情の変化すらも感じ取らせないスカイブルーの瞳。堂々とした態度を崩さず、一直線に伸ばした背筋。なにより、生徒の中にいて尚目立つ、白銀の頭髪。


(あれがシャルル・ローグベルト……俺が護衛する対象かぁ…………。直接見てもなんら変わりない子供って感じだよなぁ。なんで彼女を護衛するんだ?)


 リオンの目から見て、シャルルは特別才能がある生徒のようには見えないし、なにか問題を抱えていそうにも見えない。

 彼女はフローリアの言葉に動揺を見せてはいなかったが、それは他の一部の生徒たちだってそうだ。新入生たちの中でも上澄みの部類なのだろうが、飛び抜けて優秀というわけでもない。


(なんなら彼女より、彼女の左にいる赤髪の男子生徒の方が、実力とかは高そうなんだよなぁ…………)


 リオンは暗殺者として、対象を観察し、その力量を見極め、殺しに移行するという事を繰り返してきた。だからこそ、自分の観察眼は絶対の自信を持って正しいと言える。

 だが、その目を以てしても、シャルルは至って普通な生徒という認識にしかならない。


(そうなれば考えられる可能性は、彼女がどこぞの国の姫君…………とか、そういうところかな)


 リオンでも流石に身分まで見極めることはできない。というより、今まで人を強いか弱いかの二極化して見ることに努めていた為、人柄などを見極める力はないと自負しているほどだ。


(ま、これに関しては聞いてみるしかないかなぁ……)


 リオンは壇上で生徒たちに向けて、話をしているフローリアへと厭悪の視線を送る。

 その視線に気づいているのか、いないのか。

 フローリアはリオンにだけ気付けるほどの微細な表情の変化――口の端をほんの僅かにだが、今まで以上に割いた。


(…………笑ってやがる。アイツ、やっぱ性格ひん曲がってるな)


 リオンはフローリアと面識がある。とは言っても、別段仲が良いという訳ではない。なんなら、険悪を通り越して最悪の仲だ。

 フローリアがレウゼンの校長だという事をリオンも勿論知っていた。


 リオンが今回の依頼を渋ったのも、なにも護衛任務が嫌だったとか、学校教諭になりすましたくなかったというだけではない。

 単純な話。フローリアの下で死んでも働きたくなどなかったからなのだ。


(ていうか、アイツ自身よく俺が教員になる事を認めたよな。俺のこと大嫌いだろうに。いや、違うな。俺が下の地位に就く事による優越感に浸りたかったんだろうな)


 リオンは目線をフローリアから外し、誰にも見られない、聞かれないように小さく舌打ちをする。

 リオンの目標は人当たりの良い先生を演じること。なるべく問題事に巻き込まれないように、と考えた末の目標なのだ。


 だが、根っこの部分などそうそう変わる訳もなく。

 フローリアに対する嫌悪感から、リオンはイラつきを抑えようと試みても上手くいかないのだ。だからこそ、このイラつきを鎮めるためにも、誰にもバレないように舌打ちをする他なかったのだ。


「――とまぁ、色々他に話したい事もあるが。今日はこの辺にしようか。話が長すぎると皆んなも飽きてしまう事だろうしね」


 フローリアは前傾姿勢を正し、周囲を見渡し始めた。


(? アイツ、一体なにを探して――)


 瞬間、フローリアとリオンの視線がぶつかった。

 フローリアはにこやかに笑みを浮かべ、再び何かを話そうとしているのか、大きく息を吸った。


(…………まさか!?)


 気づいた時には時既に遅し。


「――それじゃ、新任の先生にも一言、二言くらい挨拶をしてもらう事にしようか。これから、一年生戦技科の担任を受け持つことになるリオン・エイルス先生だ!」


 フローリアはリオンへと手のひらを向けて、生徒の視線をリオンの方へと集中させる。

 リオンは唐突に向けられた視線の数に思わずたじろぎながら、フローリアを最大限の恨みを込めて睨みつける。


「どうしたんだい? そんなわなわなして。事前に伝えていたはずだろ? ね、リオン先生? ささ、壇上に登ってきてくれたまえよ!」


「は、はい……」


 フローリアはニマニマと嫌らしく笑いながら、リオンに早く来いと催促を始めた。

 なるべく問題を起こして面倒ごとに巻き込まれたくないリオンからすれば、ここでフローリアに対してブチギレ、攻撃を仕掛けることはしたくない。


 恐らく、フローリアもリオンの面倒ごとを嫌う性格を理解していての、この所業なのだろう。

 だからこそ、余計にたちが悪い。


(あの、クソ女! そもそもそんな予定なかっただろうがよ! 見ろ、周りの教員たちも動揺してるぞ!)


 先程まで、泰然とした態度をしていた教師陣も急に台本にない新任の挨拶が行われることに、ザワザワとしてしまっている。

 リオンは誰かに助けを求めようと視線を左右に振り、輝かしい頭を持つ初日に対応してくれたロウディと視線が交わった。


(頼む! 助けてくれ!)


 リオンは目線だけでロウディに助けてくれと訴えてみる。

 ロウディはリオンがなにを言いたいか勘付いたのか、顔をフローリアの方へと一度やってから、苦笑いを浮かべながらリオンに向けて親指を立てた。


(頑張れ! じゃねーよ!!!)


 今、この状況を打開する術はなくなった。

 もしかしたら、と少しだけロウディに期待した自分がバカだったと己を律して、嫌々ではあるがそれを悟らせないように背筋を伸ばして登壇した。


「さ、どうぞ。リオン先生」


「ありがとうございます」


 フローリアは輝かしいほどの笑顔で、リオンにマイクの持ち手を向ける。

 リオンもそれに応えるようににこやかに、しかしフローリアにのみわかるような怒りを露わにしながら、マイクを受け取った。


「紹介に預かりました、リオン・エイルスです。今年度より戦技科で教鞭を取らせて頂きます。皆さんに後悔させない授業をしたいと思います。未熟者ですが、よろしくお願いします」


 リオンは微笑を浮かべながら手短に挨拶を済ませると、フローリアへとマイクの電源を切って返した。


(後で覚えとけよ…………)


 リオンはフローリアへの怒りを燃やしながら、壇上から降りた。

 その後はつつがなく入学式は進んでいき、リオンも無事フローリアへの怒りを募らせるだけで済んだ。

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