第一話 新たな任務

 魔法騎士団――それは、『マディステラ』を守護するために設立された組織のことである。所属人数は100人ほどであり、決して多いとは言えないが、それを補って余りある力を持つ。

 それこそ、『魔法』だ。


 魔法は人類のおよそ三割ほどが開花するとされている特殊な才能であり、そのどれもが不可能を可能に変えてしまう可能性を有している。

 例えば、炎を操ったり。例えば、植物を急速に成長させたり。例えば、物を浮かせたり。例えば――。

 そんな『例えば』を現実にしてしまうのが、『魔法』という技術なのだ。


 そして、そんな『魔法』を高度に操り、戦闘用として確立させれば、圧倒的な数さえも覆す暴力的な力となる。

 故に、『マディステラ』は魔法騎士団を主軸にしているのだ。

 そして、そんな魔法騎士団には第一番隊から第七番隊までの七つの分隊が存在している。これは、騎士団が反乱を起こし辛くするためのものであり、それぞれに対して抑制の効果を持たせているのだ。

 そうして、現在に至るまで魔法騎士団は、皆が一様に憧れる存在として国民からも絶大な支持を得ている。


「――あぁ、俺も持て囃されてぇ…………」


 物が散乱している部屋の中、椅子の背もたれに体を預け切った青年――リオンがそう溢した。

 ボサボサに乱れた黒い髪、切れ長の深紅の瞳、着崩されたワイシャツ。まさにだらしないを体現したような見た目をしている。


「無理ですね。少なくとも、貴方には」

「…………俺も同じ魔法騎士なのにさぁ。やっぱ不公平だよなぁ。なぁにが、零番隊だ」


 そうゴチるリオンを他所に、スーツをビシッと着込んだメガネをかけた金髪の女性は茶を啜る。

 零番隊。それは魔法騎士団の中でも、ごく一部の人間しか知らない暗殺組織である。『国の守護』が主な目的の他分隊と違い、零番隊は『国の掃除』が主な目的。

 表舞台に上がることなく、国からの直接の指示のもとに表立って断罪する事が難しい人間を処理するのが、彼らの仕事なのだ。

 それ故に、魔法騎士といえども誰かにチヤホヤされることなど皆無なのだ。


「やっぱり……今からでも、別の隊に移動させてもらおうかな…………」

「それも無理ですね。そもそも、そんな身なりでチヤホヤされるわけがないでしょうに」

「チクチク言葉はんたーい……」


 リオンは右手を無気力に上げながら、これまた無気力にそう言った。


「そう思うのなら、もう少し身なりは整えなさい。髪をセットして、服もちゃんと崩さないで着て、部屋も片付ける」

「それができないから困ってんだけどねぇ……」


 リオンは相も変わらずといった様子で、間延びした声でそう言った。

 仕事――それも、殺しとなれば、リオンはとても優秀な仕事人だ。だが、私生活に目を向ければあまりにもだらしなさすぎて呆れてしまう。


「ハァ…………、貴方はいつもそうですね。もう少しはやる気出してくださいよ」

「ちゃんと仕事はやるよー。クソ野郎はなにがあっても始末するしね」

「ならいいですけど……」


 顔を顰めながら、背もたれに凭れかかりながらだらけているリオンを睨む。

 しかし、リオンはそれを意にも介さない様子だ。


「それで? セリア、君が来たって事はまた仕事? まだシレッド殺害の任務から、一週間も経ってないのに早いね」

「あ、そういえば世間話をしに来たんじゃないんでした。これをどうぞ……」


 セリアは、先程までの緩かった雰囲気を一変させ、手元に置いてあったカバンから一枚の書類を手に取り、それをリオンへと手渡した。

 リオンは渡された書類を顔の前まで持っていって、その内容に目を通し始めた。一番初めに書かれているの『指令書』という文言。


(まぁ、だろうな……)


 リオンには特段驚きはない。

 なぜなら、セリアは国の上層部――零番隊への指令を伝達する役目を担う人間だ。つまり、リオンのところに彼女が来たという事は、すなわち仕事の話ということなのだ。

 だから、ここに来た時点でリオンも薄々仕事だとは勘付いていた。


「――は?」


 突然、指令書を読み進めていたリオンが素っ頓狂な声を上げて固まってしまった。

 そこに記載されていた事項の文言があまりにも、自分の考えていたものとかけ離れすぎていたのだ。


「今回の任務は長期間になります。任務の内容は護衛です。そして、命を付け狙うものは迷わず殺せ、と」

「いや、いやいや! そこはいいんだけどさ、いいんだけどね!?」


 リオンは椅子から飛び上がるようにして、机に手を叩きつけた。そして、勢いそのままにセリアの眼前に書類を見せつけた。


「ここ! ここに書いてる、コレだよ! どういうことなの!?」

「落ち着いてください。今から説明します」


 動揺するリオンの肩を押して、再び席に着かせるとセリアは咳払いを一つ挟んだ。


「今回の任務は先程言ったように護衛です。護衛対象はシャルル・ローグベルト。彼女の身分などについては、一切の情報は言えません」

「訳アリ……ってことで良いのかな?」

「そう思っていただいて構いません。ただ、彼女のことを知れば、多くの悪人どもが彼女に群がるでしょう」


 セリアはただ淡々と述べていく。


「そして、彼女は今年、『レウゼン魔法学校』に入学することになっています。つまり、今回の任務の場所は学校です。内容はシャルル・ローグベルトが卒業するまでの四年間、彼女を護り通してください」

「四年間…………」


 レウゼン魔法学校。

 マディステラが擁する最高魔法教育機関のことだ。魔法騎士団員の多くもここを卒業しており、まさしくエリートを輩出する学校である。


「その間の任務は他の零番隊員がこなし、リオンは彼女の護衛に関連する任務以外はなしです」

「まぁ、ソレは良いんだけど……さ」


 それ自体は別に構わない。

 零番隊はリオンの他にあと六名いる。彼らもまた一様に優秀なのだ。だから、他に任せるのは構わないが、問題なのはそこじゃないのだ。


「わかってます。気になるのは護衛の方法……ですよね。今回の任務をするにあたってリオン・エイルス、貴方にはレウゼン魔法学校の教師になってもらいます」

「そう、それッ! どういうことなの!? なんでよりにもよって教師なの!!!」


 そう今回、リオンはレウゼン魔法学校に教師として潜入することになっていたのだ。

 だからこそ、リオンは困惑してしまったのだ。


「それが一番都合がいいからです」

「だとしても、俺じゃない方がいいでしょ! 大体、俺学校で勉強なんかしたことないし…………」


 そう、何を隠そうこのリオンという男は学歴なんてものがないのだ。

 リオンは幼い頃から、零番隊に所属し、独学で魔法を学びながら現在まで生きてきた人間。そんな人間が教師などできようはずもない。


「ほ、ほら! こういう学校の教師なら、俺よりシュナウゼンの方が――!」

「だめなんです。この任務は貴方でなくては」

「な、なんで…………」


 セリアは断言した。

 この任務はリオンでなくてはならないと。

 なぜなら――


「魔法騎士団事実上の最強…………零番隊隊長、リオン・エイルス。【禁じ手ヴェティタム】と呼ばれる貴方でなくては、彼女を守り通せない」


 魔法騎士団最強。それは本来、リオンに送られるはずの称号ではない。最強の名を継ぐのは元来、魔法騎士団一番隊『聖戦の雷ケラウノス』の隊長だ。


 それは現在の魔法騎士団でも変わりはしない。

 だが、あくまでその称号は騎士たちの中で最強なのだ。リオンが率いる零番隊はその中に含まれていない。


 リオンの実力を知るのは、魔法騎士団の中でもごく少数。それどころか、零番隊の認知度は騎士団の中でもほとんどありはしない。

 なにせ、零番隊には他とは異なり、隊としての名称もない故に、その名を耳にする機会も少ないのだ。


「…………そもそも、俺じゃなきゃ守り通せないって、どんな敵を想定して言ってるの? それこそ、護衛に限って言うなら『聖輝の盾アイギス』の方が適任だと思うんだけど」

「確かに……ただ護衛するだけなら、私も彼らに頼んだ事でしょうね」


 リオンの当然の疑問に、セリアは最初からその質問が来る事を予想していたのか、全く以て動揺している素振りを見せない。


 魔法騎士団五番隊『聖輝の盾アイギス』。魔法騎士団という精鋭たちが集まる組織の中でも守護に特化し、この国の防衛、要人の警護などを引き受けている隊だ。

 今回の護衛の件に関しても、殺しを専門とするリオンたち零番隊ではなく、『聖輝の盾アイギス』に頼むのが定石だろう。


「ふーん……その言い振りからして、ただ護衛するだけじゃないってことか」

「そういう事です。今回の件は上も事が事だと判断したので…………」

「どういう事? 俺が見た限りだと、この子…………そんな凄い人物には見えないけど。教えてくれるんだよね、セリア? その事が事――って言うのをさ」


 リオンはほんの少し――常人からすれば、それだけで気絶してしまいそうな程の圧を放ち、セリアへと問いかける。

 セリアは依然、姿勢を崩す事なく毅然とした態度を取ってみせてはいるが、体の芯から底冷えするような恐怖に震えてしまっている。


「すみません……教えられないんです…………」

「……そっか」


 セリアは絞り出すようにしてリオンの質問に答えた。


「じゃあいいや。レウゼンでしょ? アソコにはあのいけ好かない奴もいるし、ソイツに聞くことにするよ」

「え? ということは…………」

「うん、いいよ。その任務受けるよ。とは言っても、もともと国からの指令だから、どんなに嫌がっても強制的にやる羽目になるしね」


 リオンは放っていた圧を抑えて、再びへにゃりとした緩い笑み――ほぼ、諦めに近い表情を浮かべたのだった。

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