最強騎士、教師になる
ホードリ
第一章 最初の七日間編
プロローグ 罪の清算を
空に高く昇った三日月が暗雲にその姿を隠す。
今まで街を淡い光で見ていた月も、目を背けてしまいたくなるほどの凄惨な光景がその部屋には広がっていた。
ひび割れた壁は赤黒い飛沫を浴び、絨毯の敷かれた床には赤黒い液体が滲みている。そして、その上に転がる無数の『もの』。
――死体だ。
そのどれもこれもが、心臓を一息に貫かれており、それ以外の裂傷は見当たらない。
そして、そんな死体を一瞥することもなく、床に満ちた血液を撒き散らしながら小太りの男が走り過ぎていく。
「なぜだ、なぜなぜなぜッ!!?」
顔を蒼白の色に染め上げながら、後ろを何度も振り返りながら、悪魔から逃げるかのように走り続ける。
ランタンにより仄かに照らされる廊下をひたすらに走った。
息はすでに上がり切り肺が熱を持ち始め、汗は栓を抜いたかのように噴き出し、足は自重と運動不足が祟ったのか既にひしゃげそうになっている。
「こんな…………ッ、こんなことがあっていいはずが――ッ!」
始まりはほんの少し前。
彼が自身の護衛を集めて話していたとき、一人の男が突如として部屋の中心に現れた。
顔こそ見えなかったが、全身を漆黒の衣服に身を包んだ長身痩躯の男だった事は確かだ。
その男は一言。
『お前らを粛正する』
淡々とした様子でそう告げた。
瞬間、護衛たちは男に対して攻撃を仕掛けたのだ。
しかし、戦いはほんの一瞬で片が付いてしまった。
五十を超える護衛たちが、瞬きする一瞬の間に全員倒れたのだ。一瞬、時が飛んだのかという錯覚に陥るほどには呆気なかった。
もはや、戦いとさえ呼べない。
――それは、蹂躙だった。
飛散する血液を頬に浴びた時、彼は悟ってしまったのだ。自分の死を。
だからこそ、その場から逃げ出した。
自分が生き残るために。
「クソがッ! なんで私がこんな目にッ!!」
しばらく、走ったあとに彼は物置部屋へと逃げ込んでいた。
そこには木箱が煩雑に置かれており、掃除がされていないのか埃も多い。
自身の身に纏うシルクの洋服が埃で黒ずんでしまっているのを確認して、思わず舌打ちをした。
「まぁいい。服より自分の命の方が大切だ。それに服なぞいつでも買える……」
――今は一先ず、命を守ることが最優先。
そう割り切って、ひたすらに息を潜める。
ここならば、簡単に見つかりっこないだろう。なにせ相手はこの屋敷の構造を知らない上、多くの部屋があるのだ。
一つ一つを虱潰しに調べたとしても、時間はかなり取られる。朝まで耐え凌ぐ、または応援さえ来れば状況は一転して、彼が有利になるのだから。
「…………それにしても、本当に実在していたのか」
その時、窓から光が差し始めた。
どうやら暗雲が晴れ、月がようやく光を地上へと届けたらしい。
「どうやら、私にようやくツキが回ってきたらしい」
これは祝福だ。
神々が自分へ加護を与えてくれた。
先程までの恐怖は何処へやら。彼はその顔に醜い笑みを浮かべ、空に煌々と輝く月へ視線を向けた。
「…………本当に、今宵はいい夜ですね。ご加減はいかがですか、シレッド卿」
――生温い風が吹き込んだ。
埃は舞い上げられ、月の光を反射する。
そこには窓枠に座っている一人の男がいた。
そう、紛れもなく護衛を瞬殺した、あの男が。
「な、なぜ…………」
彼――シレッドは、ただそう言葉を溢すことしかできずにいた。
子鹿のように震えて動けないでいるシレッドに、男は侮蔑の眼差しを向けながら窓枠から降り、ゆっくりとその歩を進めていく。
「ダメですよ、窓のある部屋に隠れちゃ。姿が丸見えですから。まぁ、窓がなくても見つかることには変わりませんが」
「ふ、ふざけるなッ! わ、私は、グロウス・シレッドだぞッ!!! 貴族の中でも上位の侯爵なんだぞッ!」
シレッドは震えながら、情けなく喚き散らし続ける。
あまりにもみじめだ。
その様子に、男は思わず笑いを溢した。
「知っていますとも」
「で、ではなぜ――ッ、なぜこのような真似をッ?」
「理由は単純ではないですか――」
瞬間、男の顔から笑みが消えた。
そして、次に向けられるのは赤い瞳。
「人身売買、臓器売買、拉致監禁――なにより、十四人の少女への暴行、殺害。その他、多くの罪。身に覚えがないとは言わせないぞ、グロウス・シレッド」
「…………ッ、なぜ、知って――」
男が一歩踏み出した。
それだけの行動で、死の気配が濃密になる。
「もう気付いてるんだろ? 俺が何者なのか」
「ま、まさか、本当に――ッ!」
「……俺は、魔法騎士団零番隊――リオン・エイルス。国からのお達しだ。お前の罪、ここで清算してもらおうか、シレッド」
リオン――そう名乗った男の背後から、無数の鎖が伸びる。それらは逃がさないとばかりにシレッドの周囲を囲った。
鎖の先には鏃が付いており、その貫通力は人など簡単に貫けるのだろうと見て取れてしまう。
そして、そのうちの一本がシレッドの胸の中心へと向けられる。
「最期の言葉を聞いてやる。お前が未来を奪った十四人の少女とその家族へ言い残す事は?」
「な、なにがいけないッ! 私は上流階級の人間だぞッ!? 低俗な人間を使い捨ててなにが悪いッ! 恨むなら私ではなく、自身を恨めばいいだろうがっ!!!」
シレッドは叫んだ。
ひたすら、自分を正当化するために。
外道なんて言葉では生温いほどの邪悪。
「そうか。なら、死ね……」
「……ッ、待ってくれ、金なら幾らでも出すッ! そうだ、お前にもヤツらを分けて――ッ」
胸の中心に突きつけられた鎖が、心臓を貫いた。
それと同時に、周囲を漂っていた他の鎖もシレッドへと向かい、あらゆる箇所を貫いていく。
まさに蜂の巣。
不快に感じた声も消え失せ、その場には血の滴る音と鎖の擦れる音のみが残った。
「地獄で一生苦しめ、クソ野郎」
ただ一言、リオンは死体となったシレッドへそう吐き捨てて、その場を立ち去った。
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