第4話 彼女は行ってしまう

 新しい朝。と言っても、相変わらず空の色は灰色で戦闘機が飛び交っている。

 「…足、痛い?」

 すぐ横からの声だった。

 横を向くと、メアリー、だっけ?から声を掛けられた。

 「全然。大丈夫ですよ。」

 そう答えるのに被せてメアリーの寝息が聞こえてきた。

 「スゥ…、スゥ…。」

 どうやらさっきの言葉は寝言みたいだ。

 「……。」

 僕は昨日彼女に言われた通りに、起こす。

 「メアリーさん。起きてください。」

 「んぅ…。あともう少し。」

 めんどくさいな。

 彼女の首後ろに右手を回し、左手で背中を支え、身体を起こす。

 「メアリーさん。起きてください。」

 「ぐぅぅんあぁ…?‥‥‥あぁ、ロスくんかぁ。」

 起き抜けの、少し蕩けたような声で彼女は僕の名前を呼んだ。

 「あなたが昨日起こして、って言ったんじゃないですか。」

 「んむぅ…。ここは…?」

 「三年前から変わりませんよ。戦場です戦場。」

 「あぁ…。」

 僕の言葉を聞いた途端、心なしか、彼女の目に光がともったような感じがした。

 「ふぐっ‥‥‥。っああー。」

 伸びをすると、昨日はしていなかったが髪を纏めて後ろで結った。

 「それ、普段はしているんですか?」

 「あぁ、いや、って感じでいいかなって。」

 「どういうことです?」

 「私、明日からまた戦場に戻るんだよね。願掛けみたいなものかな。」

 感情が壊れている方が変なこと考えないでいい兵隊になる、ってことらしい、と自分で言っていた。

 「それじゃあ今日を楽しまないとですね。」

 どうした僕の口。

 メアリーさんもぽかんと口を開け、コクリと頷いた。

 「楽しむって言っても、何するかねぇ。」

 「……。」

 「あ、そうだ。一日中ロスくんに話し相手になってもらおう。」

 そこから夜まで、僕たちはずっと話していた。



 夜。皆が寝静まった頃。

 「ロスくん。」

 「…なんです?」

 「私を殺して。」

 僕は一瞬、呆気に取られた。

 「なんでです?」

 彼女は僕のベッドに腰かけると自分がこの戦争に参加した理由を話し始めた。

 「実は私さ。この戦争で死ぬつもりだったんだよね。もう、この世のすべてに対して興味が湧かなくなって、何をしても楽しくなくなってった。そんな私が興味を持ったのが死後の世界でね?私の心に空いた退屈が消えるんじゃないかと思ってさ。そんなときにこの戦争が始まったんだ。いいチャンスだと思ったよ。軍人だった父に頼んで軍に入れてもらった。でも、死に損なった。この救護テントだと、全然死ぬ要素が無かった。また同じ退屈だった。そんな時に君に出会って、初めて誰かに殺されたいって思った。」

 「…それは褒められてると受け取っていいんですか?」

 「うん。だからねロスくん。私を殺して。」

 僕は少し考え、口を開いた。

 「『軽々しく命を見てるぼくらは命に嫌われている。』外国の歌にそんなワンフレーズがありました。僕たちは命の重さを知らない。実際、目の前で仲間が死んだ僕でさえその重さは分からない。しかし、その重さを軽視しているのは確実です。だから簡単に『死にたい』だとか言う。メアリーさんは退屈だから死にたいと言っていましたが、聞いているとそれは嘘です。あなたが本当に死にたい理由は、この戦争で露見した人類の醜さを知ってしまったからでしょう。そして、自分もまたその一人なのだと知ったから。別にあなたの考えに否定はしません。しかし、その解決方法が死ということに賛成はしません。他に方法があるはずです。……しかし、命の重さってどれくらいなんでしょうね。言い切れるのは、今戦場にいる僕たちと外国で僕たちのことを補助してくれている人たちでは、その重さは違うということでしょうね。

‥‥‥僕たちは命を神聖視しすぎているのでしょうか。それとも命は尊ぶべきものでしょうか。」

 「神聖視しすぎているんじゃない?‥‥‥まぁ、死ぬのはやめるよ。頑張って最期まで生きてみる。それでも死んだら、きみの守護霊にでもなろうかな?」

 「それは嬉しいのか嬉しくないのかわからないですね。」

 僕たちはそう言い、お互い自分のベッドに入り、眠った。

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戦場でハッピーバースデイ 霜月 識 @shki

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