第40話 奇跡

「……やれやれ、これだけはやりたくなかったのだが、仕方ない」


 ユウキが全身を拘束されたまま、パチンと指を鳴らす。


「ゲッ。ユウキ、それホンマにやるんか?」


 そこでマジカが露骨に嫌な顔をする。


「どのみち死ぬなら、ものは試しだ。マジカ、頼む。やってくれ」


「……の魔法はまだ練習中で、あんまり得意やないんやけどなァ」


「えーい、何をごちゃごちゃ話しているッ!! いいから黙って死ねッ!!」


 死刑執行人が刀を高く振り上げたそのとき、ユウキの縛られた両手両足が突然、真っ赤に輝き始めた。


 ――


 手足を縛っていた縄はたちまち炎に包まれ、焼き切れて、ユウキは完全に自由の身になる。


「あちあち。ナマグサ、後で火傷の処置頼んだよ」


「…………え!?」


 この展開は全く想定していなかったようで、死刑執行人の男は刀を振り上げたまま、目を白黒させて固まっている。


「…………」


 そして、それはオレも似たようなものだった。一秒ごとに変化する目の前の状況に、とてもではないが頭がついていかない。


「ケン、何をぼんやりしている? お前の出番だぞ」


 ユウキがそう言って、オレの縛られた手に触れた。体が一瞬、鉛のように重くなったような錯覚を覚える。ユウキがオレに『強化』の魔法をかけたのだ。


「さあ、暴れてこい」


 その一言でオレは自分のやるべきことを完全に理解した。

 オレは重心を低くして、力尽くで強引に木製の十字架を破壊すると、手足の戒めを解く。


「……な、何をやっておるか、早く殺せッ!! 殺してしまえーッ!!」


「きえええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」


 エライ王の指示で、刀を握った死刑執行人がオレの方に向かって斬り掛かってくる。


「ぬうんッ!!」


 オレは左肩で刀を受け止めてから、右拳で死刑執行人の腹を思い切りぶん殴った。


「ぐッはァ……ッ!!」


 死刑執行人は刀から手を離して、10メートル程吹き飛んだ地点で気絶した。


「……いててッ、流石にかなり効いたが、何とか武器はゲットしたぜ」


 オレは肩に突き刺さった刀を無理やり引き抜いて、それでモンキリを縛っている縄を切ってやる。


「……な、何ということをッ!! ケン殿、これは立派な国家反逆罪だぞッ!!」


「言ってる場合か。黙ってたってどうせ殺されるんだ。最後まで足掻くぞ、モンキリ」


 そうこうしている間に、ユウキがマジカとナマグサの縄を解いてを自由にしていた。全員がオレの体の陰に隠れるように一塊になる。


「……さてユウキ、お前のプランではここから先どうするんだ?」


「そうだな。その質問に答える前に、とりあえず頭上注意とだけ忠告しておく」


「……いッ!?」


 次の瞬間、空から無数の矢が降ってきた。オレは手にした刀で何とかそれらを全て払い落とす。


「第二射、撃てーいッ!!」


 エライ王の号令で、再び矢が一斉に空に放たれる。矢は放物線を描きながら、雨のようにオレたちの頭上に降り注ぐ。


「ぬおおおおおおおおおおおーッ!!」


「……まずいで、このままやとジリ貧や!!」


 オレは降ってくる矢を懸命に払いながら、頭をフル回転させて考える。こちらの攻撃手段に飛び道具はなく、広場には矢を遮れるような隠れる場所もない。


 ――どうすればこの窮地を乗り越えられるのか?


 こちらが考えている間も、王国騎士団の猛攻は止まらない。


「第三射ッ!!」


「ヤバイヤバイヤバイヤバイッ!! この攻撃何時まで続くねん!?」


「矢がなくなるまで、全てあの者どもに撃ち尽くせーッ!!」


「ひィィィィッ!! アカン!! もう駄目や、お終いやァァァッ!!」



「――やめて、お父様ッ!!」



 そこへ突如現れたのは、ウワバミ様の供物として死んだ筈のサチウス姫だった。


「……なッ!?」


 その気品に満ちた儚い美しさは、紛れもなく本物の姫である。


「……サチウス!?」


 これに困惑したのはエライ王だけではない。オレも同様に、幽霊に会ったような心持ちで、サチウス姫に視線が釘付けになっていた。


「……一体どうなっているッ!?」


「お父様、その方たちはわたしの命を救った恩人です。これ以上、酷いことをなさるのはお止めになってください」


「……サチウス、本当にお前なのか?」


「はい」


 ――おかしい。

 サチウス姫はウワバミ様の生贄として取り込まれ、確かに死んだ筈だ。

 そうでなければ、スネカジリ山のあの閃光の正体は一体何だったのか?


 考えられるのは、目の前のサチウス姫はニセモノ。ユウキが予め用意しておいた影武者だということだ。本物のようにしか見えないが、生贄の儀式が行われた以上、そうとしか考えられない。


「……おいユウキ、お前何時の間にサチウス姫の影武者を用意していたんだ? そうならそうと、事前にオレたちに教えておけ」


 オレは小声でユウキに文句を言う。


「何のことだ? ボクはそんなこと知らないぞ」


「……へ?」


 アレがユウキが用意した影武者でないのなら、何者なのだ?


「サチウス、お前が無事で本当に良かった。早くこっちに来てくれ。もう二度とお前を酷い目に遭わせるようなことはしない」


「……お父様」


「おーっと、感動の再会の邪魔をしていささか申し訳ないところではあるのですが、一つお忘れではありませんかな? エライ王」


 ユウキが背後からサチウス姫の首を掴んで言う。


「……なッ!? やめろ、娘に手を出すなッ!!」


「おやおや、これはおかしなことをおっしゃる。王は先程のサチウス姫の言葉をお聞きになっていなかったのですか? 姫はボクたちを命の恩人だと言ったのです。あなたがむざむざ見殺しにしたサチウス姫を助けたのはボクたちだ。そんなボクたちがどうして姫を手に掛けると?」


「……わ、わかった、わかったから。約束通りお主たちの罪は不問とする。だから早く、娘を返してくれ!!」


「……うーん、これはかなりの重症のようだ。まだご自分の立場がおわかりになっていないらしい。ボクたちは今、国王の命で姫をお守りする立場にある。それこそ命に代えてでも、です。それをみすみす姫を死なせるようなお人には、お渡しできませんねェ」


 ユウキはそう言って、嗜虐しぎゃく的な笑みを浮かべていた。


「……ユウキ=ムテッポー。貴様、何が目的だ? 金か? 金が欲しいのか? そうならはっきり言え!!」


「おや、そんな言い方はないでしょう? それではまるでボクたちが人攫ひとさらいの悪党ようではありませんか。ボクたちはあなたの願いを全て叶えた筈です。当初の約束通り、王家に伝わる『黄金の財宝』とやらを譲って戴きましょうか、エライ王」


 ♢ ♢ ♢


 ……ここまでお読み戴き、誠にありがとうございます。

 次回より、いよいよタネ明かしとなります。サチウス姫を助け出したユウキの奇想天外な作戦とは?


 この小説はカクヨムコンテスト10にエントリーしています。

 少しでも面白いと感じて戴けましたら、『★で称える』で評価して戴けると大変嬉しく思います。どうか何卒。

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