第37話 忠義

 スネカジリ山を下りた後、オレたち三人はユウキと合流する為、城から10キロ程離れた場所にある教会跡の廃墟に来ていた。


 割れたステンドグラスの窓から差し込む光は、まだ昼間だというのにうれいの色を帯びているように感じた。


「何とかサチウス姫を独房から連れ出すことには成功した」


 そう言うユウキの隣には眠っているサチウス姫と、何故か仏頂面で腕組みをして瓦礫がれきの上に座るモンキリの姿があった。


「……おいユウキ、どういうことか説明しろ。何でモンキリがここにいる? 予定では独房の中のサチウス姫とコピースライムの影武者をすり替えて、姫を外に連れ出す計画だった筈だろうが。それなのに、どうして警備の責任者であるモンキリまでここに連れてきたんだよ?」


「……モンキリの説得に失敗した。サチウス姫を独房から連れて行くと言ったら『それがしも付いて行く』と言って聞かなかったので、仕方なく一緒に連れてきたのだ。お陰でボクは姫誘拐の首謀者として、晴れて王国騎士団から追われる身さ」


 ユウキはそこで特大の溜息をつく。


「……えーっと、それってウチらも指名手配されとるってこと?」


「当然、そうなるな」


「おいアンタ、何ちゅーことしてくれとんねんッ!! ウチらは姫を助ける為に行動してるんやで!!」


 マジカがモンキリに食ってかかる。


「……別に某はけいらを信用していないわけではない。ただ、姫をお守りする役割だけはどうしても譲れないというだけのことだ」


「……結果、お前までお尋ね者になったら世話ねーけどな」


 オレはすっかり呆れて小さく肩を竦める。


「……それで、そっちはどうだった? ウワバミ様から何か情報は引き出せたか?」


「ええ。やはりウワバミ様はサチウス姫を生贄に捧げないと死んでしまうみたいです。そして、ウワバミ様は自らの死を酷く恐れている様子でした」


 ユウキの問いにナマグサが答える。


「つまり、今この場でサチウス姫を殺して粉微塵こなみじんにしてしまえば、ウワバミ様を殺すこと自体は可能です」


「……なッ!? 姫を殺すだと!? そんなことは某が許さん!!」


 モンキリがサチウス姫を庇うように、ナマグサの前に立ち塞がる。


「まァまァ。落ち着いてくださいよ、モンキリさん。これはあくまで仮定の話です。そんなことをしたら、それこそわたしたち全員エライ王に打ち首にされてしまいますよ。ですがウワバミ様との交渉のカードとしては、これ以上の切り札はありません」


「……うーん、だがそうなると、あの手は使えないということになるな」


 ユウキが顎に手を当てて、ポツリと溢した。


「あの手ってどんな手や?」


「……いや、もうどのみち使えない手だし」


「ええから早よ言わんかい!!」


 マジカがそう言ってユウキの後頭部を叩く。


「もしもウワバミ様がサチウス姫を取り込まなくてもまだ暫くの間生きていられるのなら、エライ王に今から急ピッチで色んな相手と子作りしまくって貰い、次に生まれた娘を赤子のまますぐさま捧げることを条件に、サチウス姫を見逃して貰おうと考えていたのだが……」


「お前、真顔で何ちゅー鬼畜なこと考えとんねん!!」


 マジカがすかさずツッコミを入れる。


「しかし、それが使えないとなると何か別の方法を考えなくてはならない。お前たちも、もっと真剣に考えてくれ」


「……お前に考えさすとろくな解決策が出てィひんしな」


 マジカがユウキに聞こえないように皮肉を言った。


「…………んんッ。ここはどこ? あなたたちは?」


 そこで今まで眠っていたサチウス姫が目を覚ました。


「姫ッ!! ご無事で何よりで御座います!!」


 モンキリがサチウス姫の前で片膝をついてかしこまる。


「モンキリ、わたしは確か城の地下室にいた筈ですよね? ここは一体どこなのです?」


「大丈夫です、姫。このモンキリが命に代えてでも姫をお守り致します故」


「そういう言葉が聞きたいのではありません。わたしは今のこの状況が何なのかと訊いているのです」


「……うーん、これは少々厄介だな」


 ユウキが背後から素早くサチウス姫の背後に移動すると、そのまま頸椎けいついをねじ切った。

 サチウス姫は明後日の方向を向いたまま、口から泡を吹いて絶命した。


「これで良し」


「姫ェェェェッ!? ……ってユウキ殿、あなたという人は!! 何ということをしてくれたのだッ!!」


 モンキリが剣を抜いて鬼の形相でユウキに襲い掛かる。


「落ち着け、モンキリ。要は18歳の誕生日に姫が生きてさえいれば、生贄に捧げるのに問題ないのだろう? だったらウワバミ様に引き渡す直前に、ナマグサの『蘇生』魔法で姫を生き返らせれば同じことだろうが」


 ユウキがモンキリの攻撃を紙一重のところでかわしながら反論する。


「そういう問題ではないッ!! 王家の人間に手をかけることは、我が国の法律で極刑と定められているッ!! しかも、国家にとって超重要人物である姫を殺害するなど万死に値するッ!!」


「そうは言っても、姫の誕生日まであと10日以上あるんだぞ。それまでの間、こんな汚い場所に姫を置いておくつもりか? トイレや食事の世話はどうするつもりだ?」


 ユウキがそう言うと、それまで狂戦士バーサーカー状態だったモンキリの動きがピタリと止まる。


「まさかとは思うが、お前は姫にその辺で用を足せと言うつもりか? 食べるものがないからといって、モンスターの肉や雑草を食べさせるつもりなのか? 温室育ちのサチウス姫にとって、それはある意味死ぬよりも辛いことだろう。真に姫のことを想うのなら、ここは優しく殺して差し上げるのが忠義なのではないか?」


「……た、確かにッ!! 一理あるッ!!」


「一理あんのかいッ!!」


 マジカの鋭いツッコミを無視して、モンキリがユウキに向かって深々と頭を下げる。


「……ユウキ殿、某が間違っていた。とんだお見苦しいところをお見せした。本来であれば某が真っ先に気付かねばならなかったことだというのに。穴があったら入りたい」


「わかればいい」


 ユウキがモンキリから顔を逸らしながら言う。そのとき、ユウキの口元が綻んだのをオレは見逃さなかった。


「……こんな滅茶苦茶な理屈で殺人を正当化する人、わたし初めて見ました」

 とナマグサ。


「……ああ。これでオレたちは名実共に、とうとう世紀の大悪党だ。あと10日でウワバミ様の加護を受けつつ、サチウス姫を助ける方法を考え出さない限りはな」


 オレは自分たちが近い未来、はりつけの刑にされている姿を思い浮かべて、暗澹あんたんたる気持ちになるのだった。

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