第36話 交渉

 オレ、マジカ、ナマグサの三人はウワバミ様のねぐらがあるという、スネカジリ山の頂上を目指していた。


 道中は特に強いモンスターと遭遇するようなこともなく、山道もそこまで険しいわけではない。多くの動植物が調和して平和に過ごしているといった印象の、ごく普通の山である。


「これは交渉をする上での鉄則なのですがね、相手がどんな行動に出ても絶対に動じないでください。表情にも出さないように。こういのは先にビビった方が負けなので」


 ナマグサが瓶に入った酒をちびちび舐めるように飲みながら、オレとマジカにんでふくめるように言う。


「……そうは言っても、オレたちとウワバミ様の力の差は歴然だろう。駆け引きするにしても、こちらにアドバンテージが全くないのにどう戦うつもりだ?」


「だったら尚更強気で対応しましょう。こちらの武器は嘘とハッタリだけなんですから」


「……そんなんで交渉が上手くいくんか?」


 マジカが怪訝な顔をして言う。


「正直、上手くいく必要はありません」


「はァ!?」


「今回は相手から情報を引き抜ければ、それだけでも充分な成果です。相手の反応を見て、そこから更にどう交渉していくかを考えていけばいいわけですから」


「……そういうもんなんか?」


 オレたちが山頂付近に到着すると、突然空が暗くなる。木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、賑やかだった山の中が急に静まり返っていた。



「――吾輩わがはいに何の用だ? 小僧ども」



 空を見上げると、全長30メートル以上ある巨大なドラゴンの二つの眼球がこちらをじっと見下ろしていた。


「…………ッ!?」


 地下迷宮で見た完全な姿とは異なり、全身傷だらけで、所々鱗もなくなっている。その痛々しい傷痕こそが、数千年という長い時をを生きた歴史を物語っていた。


「ナナヒカリ王国の守り神、ウワバミ様とはあなたのことですね?」


 ナマグサが一切臆した様子を見せずにドラゴンに話しかける。


「だったら何だ?」


「単刀直入に申し上げます。ウワバミ様、どうか今回の生贄であるサチウス姫を諦めては戴けませんかね?」


「……笑止しょうし


 ウワバミ様が上空で羽ばたきながら、軽く爪を一振りする。すると、その風圧でナマグサが立っているすぐ近くの地面が大きくえぐられた。


「…………ッ!?」


 あと数センチ横にズレていれば、ナマグサの体は真っ二つにされていたことだろう。


「次は当てる。死にたくなければ今すぐここを立ち去れ」


(……おいおいおいおい、これホンマに大丈夫なんか? あんなん食らったら100%死んでまうで)


 オレの隣でマジカが小声でささやく。


(……わからない。が、ここはナマグサに任せるしかないだろう)


 オレは背中に冷や汗を感じつつも、何とか平静を装って、引きった笑顔を貼り付けていた。


「いやー危ない、お互い命拾いしましたねェ。気を付けてください。あなた、今死ぬところでしたよ?」


 しかし殺されそうになった当の本人であるナマグサは、何故か巨大なドラゴンの前で平然としている。それどころか、ウワバミ様を挑発するようにニヤニヤ薄ら笑いまで浮かべているではないか。


「……何だと!?」


「わかりませんか? わたしたちが何の保険もかけずにあなたに会いに来たとでも? もしもあなたがわたしたちの中の誰か一人でも殺害すれば、城にいるもう一人の仲間がサチウス姫を跡形もなくなるまで切り刻んで殺害します」


 ――ウワバミ様の喉が大きく鳴る。


「実のところ、わたしたちはナナヒカリ王国がどうなろうが知ったこっちゃないんですよね。確かにエライ王からサチウス姫の命を救うよう頼まれてはいますがね、それは全部金の為であって、姫が死のうが生きようが、わたしたちにとっては結局のところそれもどうでもいいんです。つまり、命をかけてまであなたと争う必要はない。ここに来たのだって物見遊山ものみゆさんの延長みたいなものでして。おやおや、顔色が悪いようですがウワバミ様、どうなさいました?」


「…………」


 ――驚いた。

 戦闘ではまるで使い物にならないナマグサが、本当に嘘とハッタリだけで強大なウワバミ様を圧倒し始めている。


 ユウキがオレたちと別行動してまでサチウス姫を独房から出そうとしたのは、このときの為だったのだ。


「……貴様ら、サチウス姫に指一本でも触れてみろ。国ごと跡形もなくバラバラに吹き飛ばしてやるぞ!!」


「ですから、それはわたしたちへの脅しにはならないんですって。わたしたちは旅の冒険者で、ナナヒカリ王国にはこれっぽっちも思い入れがないんですから。しかし、あなたの様子を見るに、サチウス姫を生贄に捧げなければ、どうやらあなた自身の命も危ないらしい」


「ぐッ……!!」


 今や会話の主導権は、すっかりナマグサが握っていた。ウワバミ様は折れた牙を剥き出しにして、恨めしそうにこちらを睨むことしかできない。


「数千年生きたドラゴンでも、やはり死ぬのは怖ろしいものなのですね。これは実に興味深い情報だ」


「……ガキが、あまり調子に乗るなよ!! 吾輩の手にかかれば、この場から城にいる貴様らの仲間を瞬殺することもできるんだぞ!!」


「だったら親切にわたしたちに教えてくれる前に、思ったときにやればいいじゃありませんか。確かにあなたは圧倒的な強さをお持ちのようだ。しかしあまりにも力が強大過ぎて、城にいる人間一人だけを狙って殺すことなどできないのではありませんか? それでサチウス姫を巻き添えにしては元も子もありませんし、民の中に死傷者を出すことすらあなたは恐れている」


「……何を根拠にそんなことを?」


「そうでなければ幾ら姫を人質に取られているからといって、二千年もの間、律儀に国を守り続ける必要などないでしょう。最悪、王家の血さえ絶やさなければ、ウワバミ様としては何も困らないわけです。国を支配して、人々を家畜のように扱うこともあなた程の力があればできた筈だ。しかし、あなたはそうしなかった。ナナヒカリ王国はあなたにとって、既に特別なものになってしまっているのではありませんか?」


「違うッ!! 吾輩は人間の作った国などに興味はないわ!! あの忌まわしい初代国王の子孫を生きたまま奥歯ですり潰す、その瞬間こそが吾輩の生き甲斐なのだ!!」


「……そっちの方が小物くさくてダサいと思いますけど、まァいいでしょう」


 ナマグサがくるりと振り返ってこちらを向く。


「ケンさん、マジカさん、今日のところはこれで帰りましょう。ウワバミ様はわたしたちよりずっと人道的でまともな感性の持ち主のようです。姫と王国の今後について、じっくり話し合う余地はあると思います」

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