第32話 正体

 ――百聞ひゃくぶんは一見にしかず、ということわざがある。


 如何に言葉を尽くしてその姿を説明しようとも、おそらくオレには実際に目の当たりにしたあのドラゴンの迫力と神々しさの半分も伝えることはできないだろう。


 オレたちはドラゴンの傷一つないガラスのように磨き抜かれた美しい巨躯きょくを前に、しばし呆然とした。それから足元から無数の羽虫が這い上がってくるような、おぞましい恐怖に襲われた。


 今ならドラゴンから一目散に逃げ出した冒険者たちの気持ちが痛い程よくわかる。


 オレたちは何故あんな怪物を倒そうなどと考えていたのか?

 今となってはそれが不思議で仕方がなかった。それ程までの力の差を、一瞬のうちに理解させられてしまった。


「……ユウキ、一時撤退しよう。コイツは今のオレたちが敵うような相手じゃない!!」


「…………」


 オレが退却を促しても、どういうわけかユウキはドラゴンの正面に立ったまま、全く動こうとしない。あの距離でもしドラゴンに火炎でも吐かれたなら、間違いなく消し炭になってしまうだろう。

 ナマグサの『蘇生』魔法は肉体の九割以上が残っていないと成功しない。つまりまともにドラゴンの攻撃を食らえば、二度と元通りに生き返ることができないことを意味する。


「アホ、何やってんねん!! はよそこから逃げなヤバいで!!」


「ユウキさん、早く逃げましょう!!」


 壁に隠れながらマジカとナマグサも撤退を呼びかけるが、やはりユウキは微動だにしない。


 しかし、何か様子がおかしい。

 ユウキはすぐ近くにいるのに、ドラゴンが攻撃をしてくる気配が一向にないのだ。ただ牙をむき出しにして、大声で吠えるだけなのである。


「……なるほど。おい三人とも、そんなところに隠れてなくても平気だ。コイツはボクたちを攻撃してきたりはしない。というより、ボクたちの敵じゃない」


「……敵じゃないって、そりゃどういう意味だよ?」


「ボクたちの方が強いって意味だ。マジカ、試しにお前の『氷』魔法でドラゴンの頭を氷漬けにしてみてくれ」


「はァーッ!? 急にそんなん言われて、できるかァ!!」


 マジカが頭を抱えて絶叫する。


「大丈夫。もしものときはボクとケンが全力でお前を守る。だから充分に魔力を練って、特大のヤツをかましてやれ」


「……もうッ!! どうなっても知らんで!!」


 マジカがそう叫んで杖を振り上げると、目を閉じてブツブツと呪文のようなものを唱え始める。すると迷宮の中に冷たい空気が流れ込み、杖の先端に少しずつ青白い光が集まっていく。


「ええいッ!! ままよッ!!」


 マジカのかけ声と同時に『氷』魔法が発動して、ドラゴンの頭部が一瞬にして凍結する。


 ――そして次の瞬間、ドラゴンの頭の凍った部分がポロリと地面に崩れ落ちた。


「…………え?」


 頭を失ったドラゴンの首から下は、途端に無数の赤い肉片となって、蜘蛛くもの子を散らすように逃げていく。


「……こ、これってまさか」


「スライムの集合体かッ!!」


「どうやらこの地下迷宮に生息するスライムにはユニークな特性があるようだ」


 ユウキはそう言うと、マジカが凍らせたドラゴンの頭部を剣で真っ二つにする。

 その中から、大きな氷柱つららのような物体が出てきた。


「これは本物のドラゴンの牙だ。おそらく、地下迷宮にいるスライムはこの牙から遺伝子の情報を読み取って、ドラゴンの姿に擬態していたのだろう」


「…………」


 なるほど。力の弱いスライムは生存競争を勝ち抜く為に、強いモンスターの死骸から姿をコピーする能力を獲得した。つまりこの迷宮のスライムたちは、ドラゴンの威を借りることで冒険者たちから身を守っていたというわけだ。


「それはわかったがユウキ、お前にはどうしてがニセモノのドラゴンだと見破れたんだ?」


 オレはユウキに疑問をぶつけてみる。


「理由は幾つかあるが、決定的だったのは、あのドラゴンの姿はあまりにも完全過ぎたことだ。ドラゴンは千年以上生きる長寿なモンスターだ。あのサイズであれば、少なくとも数百年は生きていることになる。それなのに、の体には小さなかすり傷一つ付いていなかった。どんなに強いモンスターでも生物である以上、そんなことはあり得ない」


「…………」


 遺伝子からの情報だけでは、後天的な傷や欠損を再現することはできない。だからスライムが変形合体して再現されたドラゴンの姿は、必ず完全なものになる。


 オレはユウキの見事な洞察力に、感心するのを通り越してもはや呆れていた。


 目の前に20メートル以上の巨大なモンスターがいる状況で、よくもまァそこまで冷静に敵を観察していられるものである。

 前々から薄々思ってはいたが、ユウキには何か人間として大事な部分が欠落しているのではないだろうか?


「……だがしかし、何故こんな場所にドラゴンの牙があったのか?」


 オレはドラゴンの牙をしげしげと眺めながらいぶかしむが、答えは出ない。


「ほならダンジョンボスも倒したことやし、さっさと地上に戻るで。ちなみにドラゴンの牙て、道具屋で売ったらなんぼくらいの価値があんの?」


 マジカが揉み手をしながらユウキに尋ねる。


「ドラゴンの種類にもよるだろうが、この大きさなら精々20万イェンが関の山だろう」


「……行きと帰りで六日間もダンジョン潜って、四人でたったの20万ぽっちかいなァ。トホホォー」


 オレたちは一様に肩を落として、来た道をトボトボと歩いて戻った。

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