竜の国の殺人

第一幕 竜の国

第31話 迷宮

 ――オレたち勇者パーティーが『勇者ホイホイ』にとらわれる、約半年前。


 オレ(ケン)、ユウキ、マジカ、ナマグサの四人は古代遺跡の地下迷宮の細い通路をぐるぐると彷徨さまよい歩いていた。


 地下迷宮に潜って三日目。

 視界は初日からほとんど何も変わっていなかった。暗闇を等間隔に照らす松明たいまつの炎と、石造りの白い壁と床のみがただ延々と続いているだけである。


「……どんだけ進んでも変わり映えせえへんとこやなァ。歩いとるのにだんだん眠たなってきよったわ。ホンマにこんな場所にドラゴンがおるんかいな?」


 マジカが口を尖らせて不平を言い始める。


「……おいおい、そもそもドラゴンを討伐して一攫千金いっかくせんきんを狙おうって言い出したのはマジカ、お前だろうが」


 ――地下迷宮ダンジョン最深部にはドラゴンがんでいる。


 それは古今東西ここんとうざいあらゆる場所に伝わるポピュラーな伝説である。

 ドラゴンの牙やうろこは武器や装飾品、薬品などに使われ、高値で取り引きされる。伝説を信じて、お宝目当てでダンジョンに潜る冒険者たちはオレたちを含めて後を絶たない。


「それはそうやけど、こんな狭い場所、ドラゴンの巨体ではとても動き回れへんやろ。それに出てくるモンスターもザコスライムばっかりやし、典型的な初心者向けダンジョンって感じしかしィひんのやけど」


「襲ってくる敵が弱いことの一体何が不満なんです?」


 ナマグサが酒の入った瓶をあおりながら、赤い顔でマジカに尋ねる。


「そりゃあ、モンスターの王たるドラゴンが控えるダンジョンやねんから、配下にそれなりのモンスターがおってしかるべきやろ。それがレベル1の駆け出し冒険者でも倒せるスライムだけやなんて拍子抜けもええとこやわ」


 ちょうどそのとき、オレたちの前に一匹のスライムが現れた。が、オレたちの姿を見るや、襲い掛かるどころかすぐさま壁の隙間に逃げ込んでいった。


「……そもそもなんだが、ドラゴンってどんなモンスターなんだっけ?」


 オレがそう言うと、ユウキが呆れたように溜息をついた。


「空を飛ぶ為の翼を持つ、巨大なトカゲのようなモンスターだよ。体長は15~30メートル。体重は優に150トンを超える。千年以上の長い時を生き、極めて知能が高いことでも知られている。中には人語を話す個体も確認されている程だ。そんなこと、子どもでも知っている常識だろうが」


「……子どもでも知ってる常識ねェ。だったら地下迷宮の伝説とやらの信憑性が皆無なことはわかりきってるじゃねーか。本来、大空をかける筈のドラゴンが何で狭苦しい地下の迷宮なんかにいるんだよ?」


 ドラゴンが本当にユウキの説明した通りのモンスターなら、古代遺跡の地下迷宮の奥深くなんかにそんなものがいるわけがない。


「それはまだドラゴンが子どもの頃に、うっかり地下に迷い込んじゃったんじゃないですかね? それが大人に成長して体が大きくなって出られなくなったと考えれば辻褄つじつまが合いますよ。どうです? わたしのこの名推理」


 ナマグサが何故か得意そうに鼻を擦りながら言う。


「どこがだよ。ドラゴンってのは極めて知能が高いモンスターなんだろ? それが体が大きくなって外に出られなくなりましたってんじゃ、ただの馬鹿じゃねーか。馬鹿の生き物じゃん。それにだ、この場所は妙に親切過ぎて何だか気味が悪いぜ。入口からずっと等間隔に続いているこの松明。これは一体誰が何の為に用意してくれたものなんだ?」


 するとユウキがメガネを押さえながらニヤリと笑みを浮かべる。


「何だケン、お前もちゃんと気付いているじゃないか。確かにこの地下迷宮には何者かの作為を感じる。でも、だからこそ本当にドラゴンがいる可能性があるとボクは考えるね」


「……どういうことだ?」


「この迷宮は一攫千金を狙う冒険者を誘い込む為の罠。のこのこ迷宮にやって来たカモを、最深部で待ち構えているドラゴンの生贄に捧げようって腹だろう」


「それじゃあ、この迷宮を管理しているのは……?」


「おそらく、ドラゴンを神と崇めるカルト教団の信者ってところだろうな。まァ、ボクたちはそう簡単にやられてやる気はないが」


 すると、進行方向から凄まじい勢いで何かが向かってくる足音が聞こえてくる。向かってくるのは、筋骨隆々のむくつけき男たちだった。


「……で、で、で、でたァァァァーッ!!」

「ひえェーッ、お助けェェェーッ!!」

「こ、殺されるゥゥゥーッ!!」


 男たちはオレたちには目もくれず、情けない叫び声と共に風のように走り去って行ってしまった。


「……えーと。何やねん、今のは?」


「……うーん。ユウキの説ではドラゴンの生贄になる連中なんだろうけど、逃げていったな」


「……何にせよ、最深部は近そうだ。ここから先は気を引き締めてかかるとしよう」


 ユウキが背中の剣を抜きながら、静かにそう言った。


 ――果たして地下迷宮の最深部の広間では、全身を緋色ひいろの鱗に覆われた全長約20メートルの巨大なドラゴンが、鼓膜こまくを引き裂かんばかりのけたたましい咆哮ほうこうを上げていた。

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