第30話 魔王

 それは切り立った崖に建つ、積み重ねられたパンケーキのような奇妙な建物だった。


 その崖を取り囲むようにの数千の骸骨がいこつの兵士たちがズラリと並び、崖の上からは巨大な垂れ幕が下ろされていた。





 ――『祝♡ようこそおいでませ、勇者御一行様♡♡♡』






「……えーっと、何やねんあれは?」


「……さァ?」


 オレたちが魔王の宮殿(?)の前で当惑していると、崖の上から誰かが飛び降りてきた。


 その何者かは地面に巨大なクレーターを作ると、土煙の中から姿を現した。


 銀色の腰まである長髪で、身長は2メートル程。脚が長くスラッととしたスリムな体型で、側面に白いラインが入った真っ赤なジャージの上下を身に纏っている。


「どうも、皆さん初めまして。魔王です」


 そう言ったのは、目鼻立ちの整ったかなりの美男子だった。頭から生えた牛のような黒い角の他は、どこからどう見ても人間のようにしか見えない。


 ――というか、そもそも本当にこの男が魔王なのだろうか?


「失礼、少し驚かせ過ぎてしまったかな? だけど、どうか許して欲しい。実はここにいる全員が、君たちの大ファンなものでね」


「……大、ファン?」


 よく見ると骸骨の兵士たちが手に持っているのは剣と盾ではない。うちわとサイリウムである。


「……え? どゆこと?」


 隣にいたマジカがオレに訊いてくる。


「……いや、オレに訊かれても」


「二百年前、わたしが勇者・テレン=テクダに敗北して封印されていたことは君たちも知っているよね?」


 尚も困惑の坩堝るつぼにいるオレたちを置き去りにして、魔王を名乗る青年は一人で話し始めた。


「あの頃はちょうど人間と戦うのにも疲れていた頃でね。テレンが奥の手として『封印の御符ごふ』を持ち出したとき、これで大手を振って引きこもりニート生活を満喫できると思って歓喜したものさ。でも五十年くらい過ぎた辺りからかな、案外すぐに退屈してしまってね。とは言え、テレンの結界の封印は頑強でとても外に出ることはできない。そこでわたしは考えた。自分は働かずゴロゴロ寝転んだままでも楽しめる、何か良い娯楽はないものかと。結界の中でわたしはひたすらにそれだけをずっと考えていた。それで思い付いたのが今回のこの企画だったのだ。魔王討伐を目指す若い男女が洋館の中に閉じ込められて、そこでの共同生活を記録したドキュメンタリー映画を制作しようと」


「……ドキュメンタリー映画?」


「……要はあの館は、封印された魔王の退屈しのぎの為に作られたってことか?」


 それならば館の中に食料が用意されていたことも、敵や罠が皆無であったことも、一応の説明が付く。……オレとしては、到底納得できるものではないが。


「ピンポンピンポン、大正解。アイデアを思い付いたわたしはさっそく結界の外にいる部下に命じて、あの洋館『勇者ホイホイ』を作らせた。最初はわたし自身の為のただの暇潰しのつもりだったんだけど、これが思いの外面白くてね。冒険者たちの共同生活の中で芽生える恋や友情。はたまた、欲望や裏切り、憎しみの連鎖。人間というのは我々魔族と違って、ごくごく僅かな短い時間しか生きていられない。でもだからこそ、各々が何を考えどう行動するのかを追うのが堪らなく楽しかったんだ。これらの映像記録を魔界全土で放映してみたところ、平均視聴率60%を超える大きな反響があった。中でも殺人事件のスリルと謎が謎を呼ぶ展開の連続だった君たちの回は、最高視聴率90%を超える、もはや社会現象を巻き起こすまでの大ヒット番組となったわけさ」


「…………」


 そう言われても、当事者としては少しも喜べない。というか、見せ物にされたようで酷く不愉快だった。


「……つまりこの場にいる者たち全員が、オレたちが館の中で過ごした数日間を知っているということか?」


「その通り。特にケン君とマジカ君、君たち二人が仲間に内緒でワンナイトラブに興じたあの名場面は特に反響が大きかった」


 隣から猛烈な殺気を感じる。


「……殺す殺す!! マジでぶち殺すッ!!」


 マジカが魔王に向かって、無数の氷柱つららを飛ばす魔法を発動する。が、どれも魔王に届く前に蒸発して消えてしまう。


「……嘘やん!? ウチの魔法が全く効いてへんやと!?」


「悪いけど、君たちがわたしと戦って勝てる見込みはゼロだね。そして、できればわたしとしてもいちファンとして君たちと戦いたくはない。そこでだユウキ君、君とわたしとで和平条約を結びたいと思ってるんだけど、どうかな?」


 そう言って、魔王はニッコリと笑ってみせる。


「……気を付けろよ、ユウキ。ふざけた野郎だが魔王というのはどうやら本当らしい。和平条約と言いつつ、どんな不平等な条約を押し付けてくるかわかったもんじゃないぞ」


 とは言え、魔王は規格外の怪物。戦ったところでオレたちに勝ち目はないのだ。ならばどんなに不利な条件だとしても、こちらとしては受け入れるしかない。


「それで魔王、和平条約の内容は?」


「……うん、そうだね。我々魔族が人間界に手を出さない代わりに、君たちにはわたしの次回作に出演して貰う」


「…………は?」


 思わずポカンと口を開けたのは、多分オレだけじゃない筈だ。


「……魔王、確認なんだが『次回作』というのは何のことだ?」


「そんなの、わたしが次に撮る予定の映画に決まっているじゃないか。既に脚本は完成しているので、条約締結が済んだらすぐにでもクランクインしたいと思っているのだが」


「……まさかとは思うがお前、ふざけているのか?」


 すると魔王は困ったように眉をハの字にして笑った。


「ふざけてなんかいるもんか。君たちはここでは大スターなんだ。そんな大スターの君たちを、いちファンであるわたしが今更殺せると思うのかい?」


「…………」


「あ、そうそう。色紙を用意していたんだった。ここに全員のサインをお願いしたいんだけどいいかな? 宛名は『魔王さんへ』でお願いします」


 ――こうして、オレたちは不本意ながら魔王から世界を救った。


【勇者ホイホイの殺人 終劇】


 ♢ ♢ ♢


 ……ここまでお読み戴き、誠にありがとうございます。

 次回より、新エピソード『竜の国の殺人』が始まります。もう少しだけユウキたち勇者一行の謎解きと冒険の旅にお付き合いくださいませ。


 この小説はカクヨムコンテスト10にエントリーしています。

 少しでも面白いと感じて戴けましたら、『★で称える』で評価して戴けると大変嬉しく思います。どうか何卒。

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