第28話 蘇生

 オレ、マジカ、ヌスットの三人は、仲間の死体が入った棺桶を引きずりながら、鬱蒼うっそうとした森の中を歩いていた。


「……なァ、一つ訊いていいか?」


「ん?」


「何でオレだけ棺桶を二つ運ばにゃならんのだ?」


 オレはユウキとノーキン、二人分の棺桶を引きながら、口を尖らせて言う。


「お前たちが運ぶ棺桶は一つずつなのに、何故かオレだけ二つ運ぶことになっている。これはどう考えても不公平だろう?」


 ちなみにマジカはナマグサの棺桶を、ヌスットはチュウチュウの棺桶を、それぞれ引いている。


「戦士の癖にガタガタ文句を言うな。生きている人間が三人で死体が四つなんだ。数が合わないのは仕方がねーだろ」


「……いや、それにしたって、オレは大男のノーキンを受け持っているんだぞ。もう少しバランスを考えてくれてもいいだろうが」


「何やケン、まさかノーキンの死体を三等分に切り分けてでも一人当たりの重さを公平にするべきとか言うつもりやないやろな? この人でなし!!」


「……そんなこと誰も言ってねーだろ!!」


 オレは舌打ちしながら、小さく肩を竦める。どうやら二人ともまともに話が通用する相手ではないらしい。


「ところで、さっきから気になっているんだが、こんなに騒いでいても全く敵と遭遇しないのは何故だ? 確かこの森一帯は例のオオカミ型モンスターの縄張りだったんじゃなかったか?」


 オレが言っているのは、以前この森で戦った、群れで行動する白い毛に覆われた四つ足のモンスターのことだ。素早い動きと高い攻撃力を併せ持つ強敵だ。ユウキが死んでマジカの大技も使えない今、遭遇したら一巻の終わりだろう。


「……ああ、シルバーウルフのことか。奴らだったら弱点の『ゼラニウムの香水』さえ付けていれば、まず近寄ってくることはない」


 そう言ってヌスットが巾着袋から透明の液体が入った小瓶を取り出した。


「……なッ!? そんなレアアイテムどこで入手できるんだ!?」


「町の道具屋で一瓶600イェンで普通に売っているぞ」


「…………!?」


 オレはショックのあまり、膝から崩れ落ちそうになる。


「……オレが今まで死ぬ思いで戦ってきたのは一体何だったんだ!?」


「そんなの知らなかったお前たちが悪いんじゃねーか」


「死ぬ思いというか、実際に何度か死んどったけどな」


「殺したのはテメェだろうがーッ!!」


 最寄りの町にたどりついた頃には、オレたちは全員すっかりクタクタになっていた。大勢の人で賑わう町中を棺桶を引きずって歩くオレたちは、端から見てかなり奇妙な一団だっただろう。だが、今はそんなことを気にしていられない。


「……で、誰から生き返らせる?」


 大聖堂に到着して、オレはマジカとヌスットと顔を見合わせる。


「……生き返らせるのも決して安くないからな。後で代金はジジイに請求するとしても、今後のことを考えればなるべく安上がりに済ませたいところだ」


「せやったら最初はナマグサやろ。ほんで後は全部コイツの魔法で生き返らせて貰えばええわけやし」


 オレが教会の神父に札束が入った封筒を手渡すと、ナマグサの死体が入った棺桶がまばゆい閃光に包まれた。


 ――そして、棺の蓋が開いて中からゆっくりとナマグサが起き上がる。


「おやおや、これは皆さん、ご機嫌麗しゅう。どうやら無事に洋館の外に出られたようですね。……ってあれ? ユウキさんとチュウチュウさん、それにノーキンさんの姿がないようですが?」


「…………?」


 ――何だ。この猛烈な違和感は?


 ナマグサは死んだ四人の中で、最初に殺された仲間だ。だから、自分以外の誰が殺されたのかを知る術がない。


 ――そこまではいい。


 だが、自分を殺したユウキだけは別だ。そのユウキの名前を、ナマグサは今平然と口にした。


「……ああ、ユウキたちならトイレだ。すぐ戻ってくる」


 オレは咄嗟とっさに嘘を言って様子を窺う。


「そうですか」


「…………」


 やはり妙だ。何か様子がおかしい。ナマグサの反応は自分を殺した犯人に対して無頓着過ぎるのだ。ナマグサはユウキに殺されたのではないのか?


 ……よくよく考えてみれば、ナマグサ殺しにはまだ不可解な点が一つ残っている。

 ナマグサの部屋のドアが開かないことを確認したのはオレだ。その後、ヌスットが『開錠』の魔法をかけて、オレがドアを開けて部屋の中に入った。その間、ユウキは階段の下からナマグサの安否を問いかけていた筈だ。


 つまり、オレが密室を確認してドアを開けるまでに、ユウキがオレの体に触れる機会はなかった。


 ――ならば、ユウキはどうやってナマグサの部屋を密室に偽装したのか?


「それで、どうでした?」


 ナマグサが何故か満面の笑みを浮かべながらオレたちに問いかける。


「……どうって、何が?」


「ははは、嫌だなァ、とぼけないでくださいよ。わたしが密室の中で死んでいて、皆さんさぞかし驚いたのではありませんか?」


「…………」


 ――オレはそこで全てを理解した。


 オレたちは最初からとんでもない勘違いをしていたのだ。


 


「……まさかとは思うんだがナマグサ、アタシの部屋から勝手に斧を持ちだしたのはお前か?」


 ヌスットが顔を引きらせながら言う。


「ええ、やっぱり死体はインパクトが重要だと思いまして。斧で頭を割られた死体なんてショッキングでしょう? ああ、兇器きょうきの斧以外のヌスットさんの荷物には触れていないのでご安心を。……ってか、あれ? 何か皆さん怒ってます?」


「…………」


 


 確かあの日、ナマグサはチュウチュウと金のことで揉めていた。そのときチュウチュウはマジカとナマグサに向かって、こう言い放った。


(ふん。ワシと正式に契約を結びたければ、ワシに自分の有用性を示すことじゃな。ワシが契約する価値があると判断した者には、喜んで報酬を支払うわい)


 それを聞いたナマグサは、自分が死ぬことで自分の有用性を示そうとした。


 ……確かにナマグサが密室の中で死んでいたことで、オレたちが大変な思いをする羽目になったことは事実だが。


「……ケン、とりあえず一回コイツぶっ殺していいか?」


 ヌスットがハンマーを構えて鬼の形相で言う。


「……いや、今はまだ駄目だ。気持ちはわかるが、殺すのは他の仲間を全員生き返らせてからにしてくれ」


「……え? もしかして今、わたしのこと殺すって言いました? さっき生き返ったばかりのわたしを殺すって!?」


「なァ、さっきから何が何やらさっぱりわからへんのやけど。最初の殺人事件がナマグサの自作自演やったっちゅうんはわかったけど、それやったらその後のノーキンとチュウチュウ殺しはどうなんねん?」


「わたし、これから殺されるんですか? 聞き間違いですよね? そうですよね? ね?」


「……うーん。これはあまり考えたくないのだが、全てはユウキの一人相撲だったということなのだろう。ユウキはナマグサ殺しの犯人を見つけることに躍起やっきになっていた。犯人を魔王の手先と考えたユウキは、犯人の目的をオレたちパーティーの全滅だと思い込んでいた節がある。犯人がわからず焦るユウキは、自分が殺されるより先に犯人を殺せば事件解決だと考えた」


「はァーッ!? ついて行かれへんわ。何でそんな極端な発想になんねん!?」


「それについては状況の捉え方の問題だろう。ユウキはナマグサ殺しを、味方が全員殺されるより先に敵を殺せば勝ちのデスゲームと考えたんだ。最悪、自分一人でも生き残れれば、後から仲間を生き返らせることはできるからな。だが、そんな敵は初めから存在しなかった。オレたちは存在しない敵と戦い続けていたんだよ」


 ナマグサ殺しの犯人が魔王の手先でその目的がオレたちパーティーの全滅なら、そもそも一人ずつパーティーメンバーを殺していく必要などない。


 オレたちを殺すことが目的なら、最初から館の中に水や食料を用意しなければ、それで済んだ話なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る