第26話 天敵
「ユウキが密室トリックを使って殺人を続けるのに、ノーキンの存在が邪魔だったというのはわかった。だが、ユウキにノーキンを殺すことはできなかった筈だろう?」
ヌスットが眉間に皺を寄せて言う。
「ノーキンの死体には、背骨を折られた以外にほぼ外傷がなかった。剣を使わずにノーキンに致命傷を与えることは、ユウキに限らず誰にも不可能だった」
「いや、それはユウキの魔法の効果が仲間の攻撃力の『強化』だった前提の話だ。ユウキの魔法の本当の効果が『加重』であることがわかった今、ノーキンを背骨以外ほぼ無傷で殺す方法など幾らでもある。
たとえば、ノーキンの日課であるトレーニングの最中を襲撃する。ノーキンは大広間にあるグランドピアノを背負ってスクワットをしていた。ノーキンがピアノを持ち上げた瞬間、そのピアノに触れることで『加重』の魔法をかければどうなるか?」
「…………!?」
「ユウキが実際にどんな方法でノーキンを殺すつもりだったのかはわからない。本来は重くしたピアノを背負って両手が塞がったところを、普通に剣で切りつけるだけの作戦だったのかもしれない。
しかし、ノーキンの両腕の筋肉は『加重』されたピアノの重さに耐えきれず、床に落としてしまった。その結果、床へのダメージがノーキンに跳ね返って、背骨を折る大怪我をすることになった」
大広間のピアノは傷だらけで音が鳴らなかった。おそらく、ノーキンが落としたときに壊れてしまったのだろう。
「あとは死体を担いでノーキンの部屋まで運び込み、部屋を出た後でドアを魔法で重くしておく。そしてヌスットが『開錠』する直前に、ドアと同じだけヌスットの体重を重くすることで、オレたちに部屋は内側から鍵が掛けられていた密室なのだと信じ込ませた」
ヌスットの『開錠』は魔法が効いても効いていなくても、本人にそのことを知ることができない。ユウキはその隙を突いたのだ。
「こうして密室トリックの障害となるノーキンを排除したユウキだが、次に邪魔になるのはチュウチュウの『鑑定』の魔法だ。チュウチュウの魔法は今更説明するまでもないが、無生物限定で触れたものを解析することができる。マジカが持っていた魔法の杖のスペックを一瞬で読み解いたチュウチュウだ。鍵が掛かっているのではなく、ドア自体に仕掛けがあると勘ぐられれば、ドアを調べられて一発でユウキの本当の魔法の効果がバレてしまうだろう。館の中で殺人を続けるつもりのユウキにとって、チュウチュウは一刻も早く排除しておきたい天敵だ。そこでユウキが次にとった戦略は、投票を行って容疑者一人を選出することだった」
「……あの投票も犯人の計画の一部だったってのか?」
「投票で容疑者を決めることによる犯人にとってのメリットは、大きく二つある。一つは全員を一ヶ所に集めさせないことだ。ユウキの目的がオレたちを全滅させることなら、これは当然だ。全員からの監視の目を搔い潜りながらとなると、殺人のチャンスは激減することになる。そしてもう一つは容疑者以外にもう一人、見張り役として一階の部屋の前に縛り付けておくことができる点だ」
「……どういうことだ?」
「次の標的をチュウチュウにした場合、ユウキからすれば、オレ、マジカ、ヌスットの三人の行動が読めないということだ。館の中を自由に動き回る人間が多いことは、殺人を行う上で多くのリスクを抱えることになる。しかし、容疑者を部屋の中に閉じ込めて外に必ず一人見張りを置くように仕向ければ、その間自由に館の中を移動できる人間を減らし、不確定要素を取り除くことができるというわけだ」
たとえばオレが見張り役の間は、オレとマジカは一階から動くことができない。チュウチュウを殺害しようとしているユウキが警戒するべきは、ヌスット一人だけだけということになる。
「そしていよいよチュウチュウ殺しになるわけだが、ユウキが最初にやることは、チュウチュウが部屋から出てくるのをただひたすら待つことだ。そして食事かトイレでチュウチュウが外に出たところを捕まえて、当て身を食らわせて気絶させておく。次に地下貯蔵庫にある氷塊を砕いて部屋の中に少しずつ運び込み、氷が溶けたら室内が水浸しになるようにする。そして仕上げに、床の上に寝かしたチュウチュウを得意の『加重』魔法で重くしておく」
「……何故ジジイを重くする必要がある? そんなことをしたら、後でドアを重くして密室を作っても、部屋の外に逃げられてしまう危険が増すだけじゃねーか?」
「そんなことはない。体重が増えることで力が増すのは、オレやヌスットのようにある程度鍛錬を積んでいる者に限られる。実際、ユウキが魔法をかけるのは何時もオレで、マジカやヌスットにかけることはなかったからな。肥満体で高齢者のチュウチュウの体が更に重くなれば、体を起こすことすら難しくなるだろう」
重い体を動かすには、それ相応の筋力が必要となる。戦闘要員ではないチュウチュウにとってユウキの魔法は、強化ではなく弱体化でしかない。
「そして目を覚ました頃には水の中。大声を上げて助けを呼ぶことも、ドアまで移動して部屋を脱出することもできない」
「……膝の高さしかない水位でジジイを溺死させたトリックも、ユウキの魔法が絡んでいたのか。気絶から目が覚めると体が起こせない状態で溺れてるとか、考えたくもねーが」
「ユウキ自身の説明によれば、魔法の持続時間は触れている時間の長さに比例するとのことだった。ユウキはチュウチュウの体と部屋のドア、それぞれに『加重』の魔法をかけ、チュウチュウの体の方が早く魔法が解けるように持続時間を調整しておいた筈だ」
「……何の為にそんなことを?」
「部屋に入ったときにまだ死体が重いままだったら、死体を調べられたときにユウキの魔法の効果がバレて、そのまま密室トリックが見破られかねないからだ。
ユウキが何の為に、こんな回りくどい方法でチュウチュウを殺したのか。その辺に関しては想像するしかないが、一番の理由は自分の魔法の効果をオレたちに悟らせたくなかったからだろう。水を使うことで、マジカに疑いを向けさせる狙いもあったかもしれない。兎も角、事件の謎を複雑化させることで時間を稼ごうと考えていたのだろう」
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