第25話 偽装

「だが、ユウキの魔法の効果は触れた仲間の攻撃力を一時的に引き上げる『強化』だった筈だ。そのことはケン、実際に魔法をかけられたことがあるお前が一番良く理解している筈だろう? ユウキがアタシの攻撃力を上げて、それで一体何の意味がある?」


 ヌスットが困惑気味にそう言う。


 過去にオレは何度もユウキの魔法によって攻撃力を上げられている。ピンチのとき、突破口を開くのは何時もユウキの魔法だった。ユウキの魔法については、オレが誰よりも熟知していると言っていいだろう。


「ヌスットの言うとおり、確かにユウキの魔法にはオレの攻撃力を上げる効果があることは事実だ。実際にユウキの魔法によって、オレは岩や鉄を切り裂く攻撃が可能になった。これは錯覚やプラシーボなんかでは断じてない。ただ、そうなるとユウキがヌスットに魔法をかけた意味がわからない。攻撃力が上がったところで、鍵の掛かったドアを破壊せずに開けることなど不可能だからだ。ならば攻撃力を上げる効果は副次的なもので、本来のユウキの魔法の効果とは異なるのではないかとオレは考えた」


「……本来の効果?」


「きっかけは、先刻オレがこの部屋のドアを開けようとしたときだ。実はあのとき、ドアが少しも動かなかったんだ」


「……はァ!? 何を言っている? さっき部屋に入ったとき、ドアに鍵なんて掛かっていなかったじゃねーか!!」


 ヌスットがこれに強く反論する。


「重要なのはそこだ。オレにはこの部屋のドアは開けることができず、ヌスットには問題なく開けることができたという事実。そこにユウキがヌスットの体に触れていたことを組み合わせて考えると、ヌスットはユウキの魔法によってドアを開けられるようになったという仮説が立てられる。そうなると、オレとヌスットは腕力の差でドアを開けられなかったり開けられたりしたことになる。ここから推測できることは何か? それは、最初からからドアに鍵など掛けられてはいなかったということだ」


「……つまり、どういうことなんだ?」


「オレの推理では、ユウキの本来の魔法の効果は『加重かじゅう』。ユウキが触れたものに重さを加える効果なのではないかと推測している」


「……触れたものを重くする魔法だって!? イマヒトツ話が見えてこねーな。もしそうだとして、その効果が攻撃力のアップとどう関係する?」


「攻撃力というのはとどのつまり、速さと重さで決まる。同じ体重の者同士でパンチ力を競った場合、当然パンチのスピードが速い方が威力は大きくなる。逆もまた然りで、同じスピードなら体重が重い者のパンチの方が威力が大きいということだ。ユウキがやっていたことは、触れた人間の体重を一時的に増やすことで、味方の攻撃力を上げていたのだ」


 戦闘において、体重の差というのは技術や経験を軽々と捻じ伏せる。

 オレが剣で岩や鉄を切れるようになったのは、魔法でオレ自身の力が強くなったのではなく、ただ単にオレの増えた分の体重が攻撃に乗った結果だったのだ。


「もしもユウキの魔法の本来の効果が『強化』ではなく『加重』だったなら、密室を作ることは実に簡単だ。前もって魔法で部屋のドアを重くしておけば、ドアノブを握った人間は間違いなく鍵が掛かっていると勘違いすることになる。何故ならオレたちはこの館で生活する中で、部屋のドアの重さを知ってしまっているからだ。何時もどおりの力で開けようとしてドアが動かなかったとしても、ドアが重くて開かないなどという考えに及ぶことはない」


 また、体当たりでドアを破ろうとすればその攻撃は自分に返ってきてしまう。部屋の中に入るには、ヌスットの『開錠』の魔法に頼らざるを得ない流れになる。


「そしていざ『開錠』の魔法でドアを開けようという段になり、ユウキは慌ててヌスットの体に触れて『加重』の魔法をかけた。これによって一時的に体重が増えたヌスットの押す力が強まり、重くなったドアを開けられるようになるというカラクリだ」


 魔法で体重を増やされた者は、当然その分体を動かしたときにエネルギーを消費することになる。だが肉体を鍛え上げているオレやヌスットなら、そしきのことで急に動けなくなるようなことにはならない。


 ――わかってしまえばどうということはない、単純なトリックだ。


 チュウチュウがパーティーの人数を増やして『強化』魔法をかけまくることを提案したとき、ユウキは浮かない顔をしていた。それも、ユウキが自身の魔法の効果を偽っていたことを考えれば当然だろう。


「真っ先にナマグサを殺した理由は、先述のとおりだ。『蘇生』魔法が使えるナマグサを生かしていたら、殺したそばから仲間を生き返らせてしまう。犯人がパーティーの全滅を目論むなら、ナマグサを最初に殺しておくことは必須だ。


 次にノーキンを殺した理由だが、それはノーキンが折角の密室トリックをぶち壊す危険性を有していたからだ」


「……どういうことだ?」


「考えてもみろ。死体のある部屋の中は、実際には密室ではない。魔法でドアを重くすることでオレたちに開けられないよう、密室に見せかけているだけの状態だ。違和感なくドアを開けられるのは、ユウキの魔法によってドアと同じだけ重くされたヌスットだけになる計算だが、一人だけ例外が存在する。言うまでもなく、オークと同等以上の腕力を持つノーキンだ。ノーキンなら何も考えずに、持ち前の怪力で自然にドアを開けてしまう可能性があったんだよ」

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