第20話 思惑

 投票の結果、部屋に閉じ込める容疑者はマジカに決定した。


 軟禁に使われるのは、一階のまだ誰も使っていない物置部屋だ。軟禁部屋に一階が選ばれたのは、二階の客室と物理的に距離を離しておくことで、マジカが『氷』魔法で密室を作れないようにする為だ。部屋の中にあるのは布団と枕だけ。部屋に入れる前にヌスットによって、マジカの体は武器などを隠し持っていないか入念にチェックされた。


 見張り役は、ユウキ→オレ(ケン)→ヌスットのローテーションで、4時間ごとに交代。非戦闘員であるチュウチュウは見張り役から除外される。


 ――しかし、解せない。

 何故マジカに票が二つも入ってしまったのか?


 考えられるのは、チュウチュウとヌスットの二人がマジカに投票した可能性だ。確かに二つの殺人に共通する「密室」だけで考えれば、『氷』魔法でドアを固定することができるマジカが最も怪しく思えるのは理解できる。


 しかしそうなってくると、誰がユウキに票を入れたのかがわからなくなる。仮にマジカが入れたのだとすれば、今度は誰がチュウチュウに投票したのかがわからない。


「そんなん、自分で自分に入れたに決まってるやん」


 ドア越しにマジカが何でもないことのように、平坦な口調でそう言った。


「……馬鹿な!? チュウチュウは容疑者の投票用紙に自分の名前を書いて投票したっていうのか?」


「別に驚く程のことでもないやろ。実際、ウチも同じことを考えたんやから」


「はァ!? お前も自分に投票したってのかよ? 一体何考えてんだ!?」


「ケンにはわからんかもしれへんけど、戦えへん者にとってはこの館の中では容疑者として行動を制限されとる方がよっぽど安全やねん。部屋の中におる限り犯人に手出しはでけへんし、ご飯とトイレも見張りの交代のタイミングで頼めば犯人と一対一になる心配もないしな」


 なるほど。ということは、この投票も犯人を絞り込む為ではなく、マジカを守る為にユウキが一計を案じたということだったのか。


「ユウキの奴め。仲間を守る為とはいえ、よくもまあ色々と思い付くことだ」


「……んー、ユウキが実際に何を考えとるかは知らんけど、そう考えればウチに入った二票の説明はつくわな。ところで、ケンは誰に入れたん?」


「オレか? オレはお前やユウキと違って単純なんでね。普通に一番怪しいと思うヌスットに入れたよ」


「……何でまたヌスットが怪しいと?」


「簡単な話だ。ノーキンと旧知の仲であるヌスットなら、警戒されずに部屋に入れて貰うこともてもできるだろうし、そうなれば至近距離から攻撃を加えることも可能だ。それに『開錠』を使う前にノーキンの部屋のドアが開かないことを確認したのはヌスットだけだ。ノーキン殺しに関してだけではあるが、彼女には単独で被害者を殺せて、密室の偽装もできたんだよ」


 そして、今回のこの投票結果だ。オレとマジカの推測が正しければ、消去法でヌスットがユウキに票を入れたことになる。もしもヌスットが魔王の手先でオレたちを全滅させようと企んでいるなら、一番邪魔になるのはユウキの『強化』魔法だろう。


「……んー、もし仮にヌスットがユウキに票を入れとったとしても、それが特別怪しいってわけでもないと思うけどなァ」


「じゃあ他にヌスットがユウキを部屋に閉じ込めておきたい理由があるのかよ?」


「ケンがヌスットを疑ってるように、ヌスットもユウキを疑ってるのかもしれへんやないか」


「ヌスットがユウキを? いやいや、そもそもユウキ単独で剣を使わずにノーキンを殺すことは不可能だろうが」


「そんなことないで。ユウキだけでもノーキンの背骨を折って殺すことは、できんこともない」


「……どうやって?」


「簡単なことや。ノーキンに気付かれへんように、こっそり触れて『強化』の魔法をかけるだけでええ。何度もユウキに魔法かけられとるケンと違って、初めて『強化』の魔法をかけられるノーキンなら、魔法をかけられたことに気付かへん可能性の方が高いやろ」


「…………」


 さっぱり意味がわからない。

 現在、見張り役のオレと容疑者のマジカの間にはドア一枚で隔てられている。その為、マジカがどんな顔で今の発言をしたのか見ることはできない。その声からだけでは、マジカが何を思っているのか読み取ることができなかった。


「……そりゃノーキンに気付かれずに『強化』の魔法を掛けること自体は不可能じゃないだろうが、これから殺そうとしている相手をわざわざ強くして、それで一体どうしようってんだ?」


「忘れたんか? ノーキンは学習能力がなく、ちょっぴりドジな性格やった。ヌスットによれば、何度も壁にぶつかっては吹き飛ばされとったらしいやないか。実際、ウチらもナマグサの部屋の中に入ろうとしたときに、ノーキンがドアに体当たりした場面を見たしな」


 ――壁にぶつかる。


 そこでオレは雷に打たれたような衝撃を受ける。


 壁にぶつかった結果、起こること。


「……あ。まさかッ!?」


「そのまさかや。館の中の壁やドアへの攻撃は100%の威力で跳ね返される。知らんうちに攻撃力を『強化』されとったノーキンは、その力で体当たりをして、想定外の大ダメージを受けることになったとしたら?」


「……それなら背骨を折るような大怪我をしてもおかしくはない、か。でもそう都合良く、攻撃力を上げたタイミングで自滅してくれるか?」


「なら、それが起きやすい状況を作り出せばええ。たとえばチュウチュウの部屋から叫び声が聞こえたとかデタラメを言うとかしてな。冷静さを失ったノーキンなら、高確率でドアを破壊して中に入ろうとするんやないか?」


「…………」


 ノーキンはチュウチュウに対しては恩義を感じており、固く忠誠を誓っていた。そのチュウチュウの様子がおかしいと耳元でささやかれれば、ノーキンならドアに体当たりしてもおかしくはないように思える。


「……いや、それでは駄目だな。もしもノーキンが体当たりの一撃で死なずに、あとで嘘をついたことが露見したら、犯人は自分の立場を悪くすることになる。犯人がオレたち全員を葬るつもりなら、そんな確実性の低い方法はとらないだろう」


「……ま、今のはただ思い付きを言ってみただけや。ユウキ犯人説ではどのみち、密室の問題を解決でけへんしな」


「……うーん」


 とはいえ、命を狙う相手を敢えて『強化』して殺すという発想自体はユニークで、目の付け所自体は悪くないように思えた。


 ――そして、この事件の犯人もオレたちの思いもよらない方法で殺人を行っていることだけは間違いないだろう。

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