第19話 投票

「――で、議論の結果、結局犯人はわからずじまいってことかいな」


 マジカが不満そうにテーブルに頬杖をつきながら、口を尖らせている。


「全くもって不毛な話し合いだったな」


 ヌスットも仏頂面で腕組みをしていた。


「…………」


 食堂は落胆と焦燥の空気で満ちていた。

 長々と議論した結果がこれでは苛々が募るのも無理はない。


「……とはいえ、状況は切迫しておる。実際に二人もの人間が館の中で、何者かによって殺害されたんじゃからのう。ここまで来たら、何らかの対策を講じる必要があるじゃろう」


 チュウチュウが苦虫を噛み潰したような顔で言そう言った。


「確かにそうだな」

 ヌスットも同調したように頷いている。


 ナマグサが殺されたときは傍観していたチュウチュウとヌスットだったが、ノーキンまでもが殺されては流石に危機感を抱き始めたらしい。

 このままでは最悪、パーティーの全滅もあり得る状況である。


「……しかし、対策を練ろうにも何から考えれば良いやら」

 とチュウチュウ。


「犯人を炙り出せて且つ、これ以上犠牲者を出さないような方法があれば良いんだが」

 とヌスット。


「だったら、こういうのはどうだ?」


 ユウキが食堂のテーブルをぐるりと見回してから口を開く。


「投票によって容疑者を決めるというのは」


「……投票?」


「これから一人一票ずつ、犯人として怪しいと思う人物に投票して、最も票を集めた者を部屋の中に閉じ込めておく。そして閉じ込めた部屋の外には、一人ずつ交代で見張りを付ける。これなら公正に怪しい人物を決めることができて、尚且つその人物の行動も制限できるだろう」


「……なるほど」

 ヌスットが顎に手を当ててニヤリと笑う。


「それで殺人の連鎖が止まれば良し。新たな殺人が起きれば、閉じ込めている容疑者の疑いは晴れる。どちらに転んでも最悪、犯人の情報は得られるというわけだ」


「うん。まァ、そういうことだね」


 ユウキが眼鏡を押さえながら頷く。


 ユウキが全員で一ヶ所に集まる提案をしなかったのは、これ以上犠牲を出さない守りの姿勢ではなく、犯人を炙り出して始末しようという攻めの姿勢からだろう。確かに敵の正体を暴くことは重要だが、当然危険を伴うことになる。


「見張り役が一人ってことは容疑者と一対一で向き合わうことになってしまう。万が一見張り役がやられたらどうするつもりだ?」


 オレはユウキの提案に反対の意見を言う。


「その心配はない。容疑者はボディチェックを受けた上で武器になりそうなものは全て没収。更に、後ろ手の状態で手錠を装着することを義務付ける。対して見張り役は完全武装でこれを迎え撃てる態勢を整えておく。それなら返り討ちに遭うリスクは限りなくゼロに近いだろう」


 確かにそこまでするなら、見張りが倒されることは考えなくて良さそうだ。


「……悪いがワシは見張り役から外して貰うぞ。幾ら相手が丸腰とはいえ、殺人犯を相手にするなんて御免じゃわい」

 とチュウチュウ。


 ほとんど戦うことができないチュウチュウからすれば、見張り役を嫌うことは当然のことだろう。


「わかった。戦闘員ではないチュウチュウは見張り役を免除しよう。ただし、投票には必ず参加して貰う。容疑者に選ばれた場合は他の者と同様、見張りの付いた部屋の中に隔離することになる」


「もしも投票で同じ票数で同率一位になった場合はどうすんねん?」

 とマジカ。


「その場合は、同じ票数の者同士でもう一度決戦投票を行う。今この場に生存しているメンバーは五人だから、必ず一人を選出できる筈だ」


「部屋に閉じ込められる容疑者の自由はどの程度ある? 食事やトイレはどうするんだ?」

 これはオレの質問だ。


「食事に関しては缶詰とパンで当分は我慢して貰う。トイレについては見張りが交代するタイミングでのみ、見張り二人が同行することを条件に許可する。それ以外の時間に部屋から出ることは如何なる理由があった場合も認められない」


 容疑者といえどもそこまで非人道的な扱いを受けるわけではなさそうだ。オレは少しだけ安心した。


「……他に異議や質問がある者は? いなければ今すぐにでも始めたいのだが」


 反対する者は現れなかった。


 オレたちはユウキによって配られたメモ紙に、それぞれ容疑者の名前を書いていく。


「…………」


 ノーキン殺しに関してだが、まだ議論されていないだけで怪しい人物が一人存在する。その人物ならノーキンの背骨を折って殺害することも、部屋を密室に見せかけることも可能である。


 オレは少し考えて、ある人物の名前をメモ紙に書くことにした。


「名前を書き終えたら、四つに折り畳んでテーブルの中央に置いてくれ。尚、開票に際して誰が誰に投票したかは詮索しないこととする」


 全員がメモ紙を折って、テーブルの中央に集めたところでユウキがシャッフルする。

 メモ紙のすり替えが行われないように、開票は全員の目の前で行われた。


 ――そして、投票の結果。


 ユウキ=ムテッポー…………1票


 ケン=クローニン……………0票


 マジカ=アリエヘンテ………2票


 ヌスット=タケダケ…………1票


 チュウチュウ=タコカイナ…1票

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