第18話 共犯

「おいジジイ、本当にノーキンを武器を使わずに倒せる奴がこの中にいるってのかよ?」


 ヌスットが半信半疑といった様子でチュウチュウを睨んでいる。


 オレたちはノーキンの部屋から出て、一階の食堂に集まっていた。

 一同は自分の席に着くなり、コンビーフの缶詰をつまんだり、コーヒーで口を湿らせたりしていた。


「ああ、ただ一人だけな。無論、魔法の杖を持っていなかったマジカは容疑者から除外するものとする。魔法が使えないマジカが杖を取り返せる程、ノーキンは甘くはないからのう」


「……だったら犯人は誰なんだよ?」


「ふむ、では教えてやろう。ノーキンを殺した犯人。それはケン=クローニン。貴様じゃッ!!」


「ええーッ!?」


 チュウチュウからの思わぬ名指しに、オレは思わずたじろいでしまう。


「……ま、待ってくれ。さっぱり話が見えない。オレは剣がなければ戦えない。なのに、どうしてオレにノーキンが殺せるってことになるんだ?」


「ふん。とぼけても無駄じゃよ。お前さん一人では無理でも、共犯者がいればノーキンを素手で倒すくらいそう難しいことでもあるまい」


「……共犯者? 一体何のことだ?」


 実際、オレにはチュウチュウの言っていることが何一つ理解できていない。オレがノーキンを殺したという推理が的外れであることには違いないのだが……。


「まだしらばっくれるか。ならばお望み通り答えてやる。共犯者の名はユウキ=ムテッポー。お前たち二人が共謀してノーキンを殺したのじゃ!!」


「…………!?」


 どういうことだ? 何故オレの共犯者としてユウキの名前が上がる?


「……なるほど、そういうことか。考えたな、チュウチュウ」


 ユウキが感心したように頷いている。


「おいユウキ、何故オレたちがノーキン殺しの犯人になるんだよ? 一人で納得してないで説明してくれ!!」


「うん。つまりはまァこういう話さ。チュウチュウはボクがケンに『強化』の魔法をかけてノーキンと戦わせたと言いたいんだよ」


「……ふん。まァそういうことじゃ」


 チュウチュウが目を細めて小さく笑う。


「確かにお前たちの実力では、剣を持ってやっとこさ生身のノーキンと互角くらいじゃろう。互いに徒手空拳としゅくうけんで戦えば、お前たちがノーキンに勝てる目はほぼない。ただし、ユウキが魔法でケンの攻撃力を『強化』した場合は話は別じゃ。攻撃力が上がったということは、素手での攻撃力も上がったということ。それならノーキンの背骨をへし折る攻撃も充分可能になる。ユウキは自身の体を魔法で『強化』することはできない。よって、実行犯はケンということになるわけじゃ」


「…………」


 誰にも不可能と思われたノーキン殺しが、共犯者を設定することであっさり可能になってしまった。


「更に密室の謎じゃが、これも共犯者を用いれば簡単に解ける問題じゃ。巨大な氷の塊は作れ出せなくとも、部屋の外から氷でドアの内側を固定するくらいなら杖無しのマジカにも可能じゃろう。つまり、ケン、ユウキ、マジカの三人は共犯関係にあるということじゃ!!」


 何ということだ。チュウチュウはオレたち三人が共謀してノーキンを殺害したのだと疑っている。


 ここで問題なのはオレたち三人が共犯なら、これまで不可能とされていたことが全て可能になってしまうことだ。根本的な部分で間違ってはいるが、そう考えれば辻褄が合ってしまうだけに、この推理を否定するのは至難の業だろう。


「ふん。ワシのこの推理を覆すことはできない。諦めて罪を認めることじゃな」


 チュウチュウが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「……なあジジイ、


 オレがどう反論してこの危機を切り抜けようか頭の中で必死に考えていると、ヌスットが青い顔でポツリとそう呟いた。


「取り下げてくれ。


「……何を言っておる、ヌスット!? 此奴こやつら三人の共犯なら犯行が可能なことを、今さっきワシが論理的に説明してやったところではないか」


「……ああ、確かにジジイの推理には一見瑕疵かしがないように思える。だがもしそれが真相だったとき、それから先どうするつもりだ?」


「どうするって、そりゃ三人を拘束するか、再起不能にするとかして……」


「ちなみに訊くんだが、誰がそれをやることになるんだ?」


「あッ……!!」


 そこでチュウチュウの口がピタリと動かなくなる。


 ――遅れて、ようやくオレも理解する。


 オレ、ユウキ、マジカの三人が共犯だった場合、館の中の生存者の過半数が犯人ということになる。更に残りのチュウチュウとヌスットの二人の内、戦闘できるのはヌスットだけ。犯人を拘束するには、一人で三人と戦わなければならない。


 つまり、チュウチュウとヌスットの立場からすれば、現状は既に詰んでいることになる。その場合、そんな絶望的な真相をわざわざ犯人の前でつまびらかにすること自体に意味がなくなる。

 それどころか、いたずらに死期を早める結果になりかねない。


「……ぐぬぬぬぬッ!!」


 チュウチュウが顔を紅潮させて、ブルブルと震えている。


「理解したか、ジジイ? 。それ以外の可能性はアタシたちにとって、考える価値がない」


「…………」


 先刻のヌスットの推理は、ユウキに都合の悪い部分を無視していることを指摘され、ただの願望であると一蹴された。今回のチュウチュウの推理は、導き出された真相そのものが都合が悪いと、ヌスットによって却下された。


 ――何とも皮肉な話である。


「……あー、その点に関しては心配しなくていい。ボクたち三人が共謀してノーキンを殺したという事実はない。天地神明てんちしんめいに誓ってね」


 ユウキが何でもない風を装って、しれっとそんなことを言う(オレたち三人が共犯関係にないこと自体は事実その通りだが)。


 犯人の一人と目されている相手からそんなことを言われて「はいそうですか」と信用できる筈もない。だが、それでも、今のチュウチュウたちにはユウキの話を飲み込むしかないのだ。


「……疑って悪かった。さっきのジジイの推理は全面的に撤回する」


 ヌスットがユウキに謝罪する。


「なに、気にするな。誰にだって間違いはある。わかってくれればそれでいいさ」


 ユウキはそう言って、爽やかに微笑むのだった。

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