第15話 欺瞞
「それじゃ、気を付けて。と言っても、しっかり中から鍵をかけている限り、危険はないと思うけど」
「……うん」
オレはマジカを部屋の前まで送ると、そのまま自分の部屋へ戻ろうと
クローズド・サークル内で連続殺人を警戒する場合、本来は全員が一ヶ所に集まることが最善手とされている。お互いがお互いを監視し合うことで、犯人が身動きをとれない状況を作るのである。
しかしチュウチュウたち一派が事件解決にあまり協力的でないことと、館の壁や床は魔法でプロテクトされていて絶対に破壊できないことから、ユウキは各々が部屋の中で一夜を明かすのが最も安全だと結論付けた。
確かに、オレたち三人の中に絶対に犯人がいないと断言できない以上、中途半端に集まるより、単独行動の方がリスクが少ないことは事実だろう。
もしも犯人と二人きりになどなろうものなら、目も当てられない。
「待って」
そのとき、マジカが突然後ろから抱き付いてきた。
「……え?」
背中にマジカの体温が伝わってくる。鉄の
「……マジカ。急にどうしたんだ?」
「ケン、
「……いッ!?」
心臓が早鐘を打つように鳴り出した。
「……あー、いや、その、でも流石に若い男女が布団敷いただけの狭い部屋の中で一夜を共にするというのは、えーッと、その、少しまずいというか、まずくないというか」
「ウチ、怖いねん」
「……あ、ああ。まァそうだよな」
考えてみれば今は脱出不可能な監獄の中に殺人犯と一緒に閉じ込められている状況だ。
それに、今のマジカは魔法の杖を持っていない。いざというときに戦う為の武器がないというのはさぞかし心細いことだろう。
薄明かりだけの暗い部屋の中で、オレとマジカは立ったまま正面から抱き合っていた。体を密着させながら、オレはマジカの頭を優しく撫でてやる。柔らかい髪からシナモンのような甘ったるい香りがする所為で、オレは何だか落ち着かない気分だった。
「……なァ、一個訊きたいんやけど」
耳元でマジカの声。
「……何だ?」
「ケンはウチが怖くないんか?」
「……怖くないよ。どうして?」
「だって、ナマグサを殺したんはウチかもしれへんねんで?」
「…………」
一瞬、マジカがナマグサの頭に手斧を振り下ろすところを想像した。その斧は、今度はオレの頭に振り下ろされるかもしれない。
「……別に、死ぬのは怖くない。いや、怖くないって言うと嘘になるが、耐えられないって程じゃない。実際、お前には過去に何度も殺されてるしな。結果、それでお前やユウキが敵を倒してくれるなら、オレはそれでもいい」
「……ごめん。ウチは怖い」
マジカの瞳が涙で濡れている。その表情は暗闇の中でもわかる程に蒼ざめていた。
「……そういえば、まだちゃんと謝ってなかったな。森でのオオカミ共との戦闘のときは悪かった。剣の柄に触れたのは、お前のことを少し脅かしてやるだけのつもりだったんだ。本当にすまなかった」
「……違う。そうやない」
「え?」
「ウチが怖いんはケンやない。ユウキや。ウチはユウキのことが怖く怖くて堪らんのや」
「…………」
――ユウキのことが怖い? それはどういう意味だ?
「ウチにはユウキの考えとることがようわからんくなってきた。アイツは今、何を考えて行動しとるん?」
「……ユウキが考えてることって、今ユウキがやろうとしてることはナマグサ殺しの犯人を突き止めることだろうが」
「ホンマにそうなんかな? ユウキはウチらのことを殺そうとしてるんやないか思ってきてしもて」
「……どうしてそう思う?」
「ユウキはウチの魔法の杖を、相談もなしにノーキンに渡したやないか」
「…………」
やはりマジカの中であの出来事は、ユウキへの不信感を募らせるに充分だったようだ。
「確かに少々乱暴なやり方だったが、あれはむしろお前への疑いを晴らす為だろう。ノーキンがお前をナマグサを殺しの犯人だと推理したから」
「……ホンマにそうなんか? ユウキはウチらを一人ずつ殺していこうとしてるんとちゃうやろか?」
「まさか」
そう否定しつつも、オレはその可能性について一応考えてみることにする。
ユウキの使う魔法は『強化』だ。触れた仲間の攻撃力を一時的に引き上げる効果がある。ただし、自身を『強化』することはできないので、ユウキ個人の戦闘能力はバフが掛かっていないオレと同程度かそれ以下だろう。
全く戦えないナマグサやチュウチュウ、魔法の杖を持っていないマジカならユウキでも難なく倒せるだろうが、それ以外のメンバーとなると正直かなり厳しいのではないかと思う。
「……マジカの考え過ぎだろう。ユウキはオレたちの中で最も正義感が強く、そして何より仲間想いだ。そんな奴があんな無残な方法でナマグサを殺すとは思えない」
「仲間想いやて? どこがやねん。ユウキはチュウチュウたちを見殺しにしようと言ったんやで?」
「それは他に方法がないからだろう。パーティー全体のことをことを考えればこその冷静な判断だよ」
「……なァ、ケン。勝手なんは承知の上なんやけど、もしものときはウチのこと、守ってくれるか?」
「ああ、当然だ。任せておけ」
マジカが抱き返してくる力がより一層強くなる。そして、強引に布団の上にオレを押し倒してきた。
「お、おい馬鹿、危ないだろ……」
オレがそう言いかけるのを、マジカが唇を重ねることで塞いだ。口の中に何か生温かくて柔らかいものがにゅるりと侵入してくる。
「……ケン、堪忍してな。ウチは卑怯者や。こんなことでしかアンタの心を繋ぎ止められへん。許してな」
「……いや、一番の卑怯者はオレの方だよ」
オレは服の上からマジカの体を
「……マジカ。何があっても絶対にオレがお前のことを守るから」
――その晩、オレたちはお互いの
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