第14話 嘲笑

 その日の夕食は、コンビーフの缶詰とライ麦のパンだけだった。


「…………」


 もっともそれは、オレ、ユウキ、マジカの三人の夕食という意味であり、チュウチュウ、ヌスット、ノーキンの前には何時も通り豪華なご馳走が湯気を立てて並んでいた。


「おいおいどうしたお前ら、食わんのか? ヌスットが腕によりをかけた折角の美味い飯が冷めてしまうぞ」


 チュウチュウがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら言う。


 ヌスットとノーキンの二人は、無言でナイフとフォークをガチャガチャ音を立てて動かしていた。


「…………」


 どうやらユウキの態度がヌスットを怒らせてしまったらしい。

 だが、そもそも今日のオレたちは料理の手伝いを何もしていないのだ。食事が出るだけ有難いと思うことにしよう。


「それで、ナマグサを殺した犯人はわかったのかのう?」


 チュウチュウがミノタウロスのステーキをナイフとフォークで細かく切り分けながら、全く興味なさそうに尋ねてきた。


「……まだ調査中だから詳しい内容については話せない。だが、容疑者は着実に絞り込めつつあるとだけ言っておこう」


 ユウキが自信に満ちた顔で答える。


 ……とは言うものの、実際には事件についてまだ殆ど何もわかっていないに等しいというのが実情だった。

 唯一ナマグサの死亡時刻のアリバイがないのはノーキンだが、マジカが部屋の外から『氷』の魔法を使えばアリバイを保持したままナマグサを殺害することは可能である。加えて、ヌスットの『開錠』の魔法で密室を作れる可能性もまだ捨てきれない。


「そうか、そうか。それは重畳ちょうじょう。ならばワシからも一つ耳寄りな情報を教えてやろう」


 チュウチュウがそこで口の端を舐めて、ニヤリと笑う。


「……耳寄りな情報?」


 背筋に悪寒が走る。

 オレは何か嫌な予感がした。


「今朝ワシが言ったナマグサの死亡時刻じゃが、ありゃ嘘じゃ」


「…………は?」


 オレは思わずポカンと口を開けてしまう。


 ……何だ?

 今チュウチュウは何と言ったのだ?


「だから、ウソ。本当のナマグサの死亡時刻は今日の午前0時20分ってとこじゃろう」


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」


 マジカが目を見開いて叫んだ。


「死亡時刻が嘘やとォ!? 何を抜かしとんねん、この糞ジジイ!!」


「……だったら、オレたちのアリバイはどうなる!?」


「ふむ、いい質問じゃな。そんな時間に誰かと会ってたと言うのなら話は別じゃが、どうかの? この中にアリバイを主張する者はおらんか? 因みにワシにアリバイはない」


 そこでユウキが拳で思い切りテーブルを叩いた。


「……チュウチュウ、お前、一体何のつもりだ?」


「ふん。敵をあざむくにはまずは味方からと言うじゃろう? 嘘の死亡時刻を言うことで、犯人がどういう反応を見せるか観察しようと思っておったのじゃよ」


「……それで、味方を欺いた結果何かわかったのか?」


「いーや。それがさっぱりじゃ。残念ながらのう」


「……そうか」


 ユウキはそう言ったきり、ただ力なく項垂うなだれるだけだった。


 ――結局、ナマグサが殺された時間にアリバイがある者は皆無。状況は振り出しに戻る形となった。


「クソッ!! あの糞ジジイ、ウチらのこと完全に舐め腐ってからに!!」


 食事を終えたあと、オレたち三人はユウキの部屋に集まっていた。話題は専ら、チュウチュウがついた嘘についてである。


「なーにが『敵を欺くにはまずは味方から』や!! 最初からウチらに協力する気なんてさらさらなかったんやないか!!」


「おい落ち着けよ、マジカ。チュウチュウの証言が信用できないことは元々想定の範囲内だろうが。冷静になれって」


 そう言って、オレはマジカを宥める。


「アホ、これが落ち着いてられるかッ!! 信用できないどころか真っ黒やないかあんなもん!! この分やとナマグサ殺したんはあのジジイで決まりやで!!」


 マジカは尚も怒りが収まらない様子で益々エキサイトしている。


「うん。その可能性も考えられなくはない。が、その場合チュウチュウがどうやって密室を作ったのかが問題になってくる。それがわからない限り、幾ら疑わしくとも犯人と断定するわけにはいかない」


 ユウキはあくまで冷静にそう言った。


「……なあユウキ、何か犯人を突き止めるええ方法はないんか?」


 理由は兎も角、今のところ事件現場が密室だったことだけが犯人を突き止める唯一の手掛かりだ。そしてそれが可能なのは、今のところ魔法で氷を作り出せるマジカだけということになっている。


「現時点では残念ながら打つ手なしだ。だがこのまま殺人が続いていけば、やがて状況は変わるだろう。今は待つしかない」


「……え? おい、ちょっと待ってくれ。この殺人ってやっぱりまだ続くのか?」


 オレは慌ててユウキに尋ねる。


「逆に訊くがケン、お前は何故これで終わりだと思える? ナマグサが死んだことでボクたちは殺してもすぐに生き返る存在から、殺せばもう二度と生き返らない存在になった。犯人がこんなチャンスを放っておくと思うか?」


「…………」


 オレはそれを聞いて暗澹あんたんたる気持ちになる。


「それでユウキ、これからどうする?」


「とりあえず、犯人の出方をうかがうしかないだろうな。幸い、チュウチュウたちは自分たちが殺されることはないと油断しきっている。彼らの中の誰かを犠牲にして、犯人の手掛かりを集めるとしよう」


「…………」


 何とも勇者らしくない発言ではあるが、現状他に良いアイデアがない以上、犯人をあぶり出すにはそれも仕方がないことなのかもしれない。

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