第13話 筋肉

 朝食を終えたオレたち三人は食堂を出て、大広間へと移動していた。


「……それにしてもユウキ、何でヌスットを犯人扱いしたんだ? 彼女、折角オレたちに食事まで用意してくれたのに、あの言い掛かりはあんまりなんじゃないか?」


 オレはユウキのやり方が気に入らなくて、つい非難めいた口調になってしまう。


「せやで、ヌスットちゃんが可愛そうや」


 オレの意見にマジカも同調する。


「何だ二人とも、朝食を食わせてくれたくらいで情にほだされたのか? まさか、親切な人間は絶対に人を殺さないとでも言うつもりじゃないだろうね?」


「別に、そういうわけじゃないが……」


 ユウキに押されて、オレは言い淀んでしまう。


「まァ、ボクとしても何か根拠があってヌスットを疑ったわけではないけどね。単に魔法で鍵が開けられるなら逆もできるのでは? と考えたに過ぎない。だがもしそうだとすれば、犯人はあまりにも迂闊うかつと言うよりないが」


「……ちゅうことは、やっぱヌスットちゃんは犯人やないと?」

 とマジカ。


「それはまだわからない。今は情報を集めてパズルのピースを揃えている段階だからね。それには揺さぶりをかけながら全員から話を聞き出すのが一番手っ取り早いだろう」


「……ホンマにそんなやり方で犯人が見つかるんやろか?」


 マジカが大きく溜息をついた。


 ノーキンは大広間でやはり日課のスクワットをしていた。


「何だテメェら。オレに何の用だ?」


 ノーキンの目玉がギョロリと動いてユウキを捕らえる。


「やあ、ノーキン。こうして直に話すのは初めてだね。ボクたちはナマグサを殺した犯人を探している。少しだけでいい、話を聞かせてくれないか?」


「……断る。オレには関係のないことだ」


「少し話すくらいいいじゃないか。それともお前がナマグサを殺したのか? ノーキン=キタエテル」


「何だと?」


 ノーキンはオレたちの中で唯一アリバイがない。普通に考えれば最も怪しい人物と言えるだろう。


「……ふん。馬鹿馬鹿しい。アリバイがないから何だと言うんだ? そんなもので犯人扱いされちゃ堪らないな」


「おいおい、ナマグサの死体から死亡時刻を割り出したのはお前の雇い主のチュウチュウだぞ? お前は自分の仲間の言葉を信じないのか?」


「そんなわけあるかァ!! あの方のお言葉をオレが信じない筈がないだろうが!!」


「……あの方?」


 オレはおや、と思う。これは少々意外な反応だ。ヌスットはチュウチュウのことを「金で雇われただけ」と言っていたが、ノーキンの方は事情が異なるのかもしれない。


「チュウチュウ殿には奴隷として労働を課されていたオレを自由にしてくださった、大恩がある。あの日から、オレはあの方のお役に立つことだけを夢見て肉体を鍛え続けているのだ。そんなチュウチュウ殿の言葉を、オレが信じられないわけがない!!」


「…………」


 なるほど。チュウチュウの奴め。上手く自分の手駒をたらし込んでいるらしい。


「ならばノーキン、チュウチュウの言ったナマグサの死亡時刻を加味した上で、お前が犯人ではないことを説明してみせろ。お前が犯人ではなく、チュウチュウの言葉を信じるというのなら。まァ、そんなことができればの話だがね」


 ユウキがそう言って肩をすくめてみせる。会話を拒否していたノーキンに情報を喋らせるには、怒らせるのが効果的と判断したようだ。


「……あ? そんなの簡単じゃねェか。魔法使いの女、テメェが犯人なら全ての状況に説明が付く」


「……えッ? ウチ!?」


 マジカが驚いたように自分を指差して言う。


「確かテメェ、魔法で『氷』を作り出していたよな? なら話は簡単だ。まずは予めヌスットの部屋から盗んだ手斧を、氷を使って事件現場の天井に固定しておく。次に僧侶が部屋に入ったタイミングで、動けないように部屋の外から氷で拘束する。勇者の話では僧侶には戦闘能力はない。僧侶は氷の拘束から抜け出すことはできず、やれることは精々『回復』魔法で凍傷を治療することくらいだ。身動きが取れない僧侶がもがき苦しむ間に、天井に斧を固定している氷は徐々に溶けていく。あとは時間が経つのを待つだけ。氷が溶けて斧が天井から落ちてくれば、僧侶の頭がパカンと割れて、粗末な脳みそが飛び出てくるという寸法だ」


「…………」


 ……ちょっと待て。


 いやいやいやいや。何だコイツ。こんなに物事を論理的に考えられるキャラだったのか!? 外見からてっきり力自慢の単細胞キャラだと思っていたが、どうやら少々見くびり過ぎていたようだ。


「……たたた、確かにそれならアリバイを確保した状態でナマグサを殺せるかもしれへんけど、密室の問題はどうすんねん?」


「そんなの僧侶が自分で中から鍵を掛けたんだろ。もしも僧侶自身が鍵を掛けなかったとしても、お前の魔法でドアの内側を氷で固定して動かなくしまえば密室を偽装することなんてわけない。あとはヌスットが『開錠』の魔法を使うするタイミングで、『炎』の魔法を使ってドアを固定している氷を溶かしてしまえば見せかけの密室トリックは成立する」


「……あ、あ、ああ」


 何ということだ。ノーキンを揺さぶるつもりが、思わぬカウンターを貰う形になってしまった。


「なるほど。大変参考になる意見をありがとう」


 ユウキはそう言って、マジカから素早く魔法の杖を奪う。


「ノーキン、この杖は暫くお前に預けておく。面倒ならこの場で叩き折ってしまっても構わない」


「……おいユウキ、お前一体何を考えているんだ!?」


 オレはユウキに食ってかかる。


「大丈夫、心配ない。ノーキンの魔力はゼロだ。ならば杖を渡したところで、彼にとっては無用の長物でしかない。それにチュウチュウが良い武器だと鑑定したのだから、ノーキンとしてもすぐに壊すという行動には出ないだろう」


「……そういうことを言っているんじゃない。それはマジカが命の次に大切にしているものだろうが!!」


「……命の次、ね。その程度の代償で身内を疑わなくて済むのなら安いものだろう。お前はどう思う? マジカ」


 ユウキが鷹のような鋭い目付きでマジカを射貫く。


「……ウ、ウ、ウチはやってない。何も知らんで!!」


「ふん。用が済んだのならとっとと消え失せろ。トレーニングの邪魔だ」


 ノーキンがピアノを背負ったままスクワットを再開する。これ以上彼から話を聞き出すことは難しそうだ。


 険悪な空気のまま、オレたちは大広間を立ち去ることにする。


「……ああ、一つ忠告しておく。テメェらが内輪でゴタゴタ揉める分にはこちらは関知しねェ。だが、チュウチュウ殿に仇をなしたときは命はないと思え。わかったな?」

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