第12話 魔法
ナマグサの死体を地下貯蔵庫に運び終えたオレたちは、美味しそうな匂いに誘われるように一階の食堂にやって来ていた。
テーブルの上には三人分の焼き魚(シーラカンス)と白飯が用意されていた。
「アンタら、朝食がまだだっただろう? 温め直しといてやったからとっとと食えよ」
ヌスットがぶっきら棒に、そっぽを向いてそう言った。
「いいのか?」
「……すまない。ありがとう」
「ヌスットちゃん、何てええ子なんや!!」
オレたちはそれぞれヌスットに感謝の意を伝えると、手を合わせて食事にとりかかる。
「ところで、ヌスットはオレたち三人の中にナマグサを殺した犯人がいるとは考えないのか?」
オレはヌスットに素朴な疑問をぶつけてみた。
「……別に興味ないね。もしそうだとしても、それはアンタたちの問題だろう? アタシたちを巻き込まないでいてくれるなら、特に犯人に恨みがあるわけでもないわけだし」
「…………」
どうやらチュウチュウと同様、自分とナマグサ殺しを完全に他人事として切り離して考えているようだった。
「ところで、ノーキンとチュウチュウは?」
「……さァ。ノーキンはいつも通り筋トレだろうが、ジジイの方はわからんね。自分の部屋で読書でもしてんじゃないか?」
「そうか」
多少は殺人犯を警戒していると思っていたが、チュウチュウたちがバラバラに行動してくれていることは、事件を調査したいオレたちにとって好都合だった。
「ヌスット、ボクたちはナマグサを殺した犯人を見つけなくてはならない。その為にチュウチュウの魔法について詳しく教えてくれ」
ユウキがそう質問を切り出した。
「チュウチュウの『鑑定』の魔法とやらは信用していいのか?」
「……ふッ。呆れた奴だな。まさかそこから疑うとはね。確かにジジイの『鑑定』の魔法は『蘇生』や『氷』、『強化』の魔法みたいに現象として表に現れないから、傍目にはただジジイがデマカセを言っているだけのように見えるのかもな。だが、断言してもいい。ジジイの魔法は本物だ。アタシは長くジジイと組んでいるが、ジジイが宝箱とミミックを間違えたところをこれまでに一度も見たことがない」
ミミックというのは古代遺跡や洞窟の中などに生息する、宝箱に擬態したモンスターの総称だ。欲に目が眩んだ冒険者が宝箱を開けたところを狙って捕食する習性がある。
その擬態の技術は極めて高度で、熟練の冒険者でも見分けることはほぼ不可能と言われている。
「待て。チュウチュウの魔法は生物には効かないのではなかったか?」
ユウキが『鑑定』の魔法の説明との矛盾を指摘する。確かにチュウチュウが自分の魔法を説明したとき、そのようなことを言っていた覚えがある。
「ああ。だからジジイは自分の魔法の弱点を逆手にとって、ミミックと本物の宝箱を判別しているんだ」
「どうするんだ?」
「単純な話だ。ジジイが触れて箱の中身がわかれば本物の宝箱。わからなければミミックだ。『鑑定』が効かないということは、それは生きているということだからな。つまり、ジジイに擬態や死んだふりは通用しないということだ」
なるほど。擬態する敵に対して魔法が効かない時点で、それは正体を見破ったのと同じことなのだ。
「とは言え、それはジジイの魔法が本物だという根拠に過ぎない。あのときジジイが言った、ナマグサの死亡時刻が本当かどうかを保証するものではないから、悪しからず」
「……結局、そこに行き着くか」
オレはガックリと肩を落とす。
チュウチュウの『鑑定』の精度は信用できても、チュウチュウ本人が信用できるとは限らない。
「次にお前の『開錠』の魔法について訊きたい。お前の魔法はどんなに複雑な構造の鍵でも開けられると言っていたが、それはどういう仕組みで開けているんだ?」
「前にマジカも言っていたが、別にアタシは自分の『開錠』の魔法がどんな仕組みかを理解しているわけではない」
「……仕組みがわからない?」
「と言うより、理解する必要がないと言った方がいいかもな。魔法とは言い換えれば、便利な道具だ。紙を切るのにハサミを使ったり、漬物を漬けるのに漬物石を使うのと何ら変わらない。魔法を使えば、時間がかかる作業や面倒な工程を全部すっ飛ばして、結果だけが残る。そういうものだ」
「…………」
この辺りは魔法が使えないオレには理解し難い部分なのだが、何もない空間に氷を出現させるのに、マジカはいちいち水をどこかからか集めてきたり、温度を下げる必要があるなどということを考えたりはしていない。それと同様に、ヌスットの『開錠』もヌスットが鍵の構造を全く理解しないまま、鍵を開けたという結果だけが現実になる、ということなのだろう。
「……では質問を変えよう。扉が鍵ではない別の要因で開かない場合に『開錠』の魔法を使えばどうなる?」
「それはたとえば、扉の向こう側に重い机なんかが置かれているといった場合か? その場合はアタシの魔法は効果がない。かと言って、どんな要因で扉が開かないのかを知ることもできない」
なるほど。『開錠』の魔法が通じるのは、あくまで扉の鍵が掛かっている場合だけということのようだ。
「魔法が効いたときに、鍵が開いた手応えのようなものはないのか?」
これは魔法が使えないオレの質問だ。
「そんなものはない。シジイの魔法のように情報を読み取るようなものならそういう感覚もあるのだろうが、そんな例は極めて稀だ。基本、魔法は結果が残るだけだからな。効いても効かなくても、魔法を使った本人の感覚としてはどちらも同じだ」
「次が最後の質問になる」
ユウキがやや緊張した面持ちで言う。
「お前の魔法で逆に外から鍵を掛けることは可能か?」
「……ほゥ。そう来たか」
ヌスットが目を細めて、ユウキに冷ややかな視線を向ける。
そうか。魔法で鍵を開けることができるなら、逆に魔法で鍵を掛けることができない道理はない。
それができるのなら、ヌスットには事件現場を密室にすることなど造作もないということになる。
「できることを『できる』と証明することは
「…………」
確かにそれはその通りかもしれない。ヌスットが魔法で鍵をかけられるのなら、彼女が犯人の場合も犯人でない場合も、説明がつかない点が残る。
「そしてアタシは自分の魔法の仕組みをよく理解して使っているわけではない。よって、『開錠』を応用して、逆に鍵を掛けるなんて芸当は不可能だと言っておこう」
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