第11話 兇器

 オレたちは犯人を探す為、再びナマグサの死体を観察することにした。


 突き立てられたハンドアックスの刃は深さ10センチ程頭にめり込んでいる。割れた頭蓋骨の断面からは、チラリと血塗れの脳味噌が見えていた。


 一撃でこのダメージだ。おそらくは即死だっただろう。それがナマグサにとって救いだったのかどうかは不明だが……。


 事件現場の出入り口はオレの部屋と同様にドア一つだけで、窓はない。部屋は密室で、鍵は内側からしか施錠できないかんぬきをスライドさせるタイプのものだった。


 ――密室。


 犯人はどうやって鍵の掛かった部屋から抜け出したのか。

 それさえわかれば、犯人はアリバイのないノーキンということで解決する。


「……そもそも論なんやけど、ウチらのアリバイって何か意味あんのかな?」


 マジカがポツリとそう呟いた。


「何を言っている。意味がないわけないだろう。アリバイの有無は事件を推理する上で重要な手掛かりになる」


「……うん。まァそりゃそうなんやけど、もしもチュウチュウが犯人やったとしたら、ホンマの死亡時刻をウチらに教えるわけないやん」


「……あ」


 確かにその通りだった。チュウチュウとは昨日会ったばかりで、実際にどういう人物なのか謎な部分も多い。それに魔王を倒すことに否定的な意見も発言していた。チュウチュウが魔王の手先である可能性も、充分考えられることだろう。


「まァ犯人ではないにしても、敢えて嘘を言うて犯人を泳がせるつもりかもしれんし、ホンマは『鑑定』の魔法なんて使えへんなんてオチもあり得るで。どのみち、あの爺さんの言うことがどれだけ信用できるかは甚だ疑問や思うけどなァ」


「…………」


 チュウチュウが言った死亡推定時刻が真実であるかどうかは、医学の知識がないオレたちでは判断できない。よってそこから導き出されたアリバイの有無も、間違っている可能性が残るというわけだ。


「……となると現時点で犯人特定に繋がる手掛かりは、犯行現場の密室くらいのものか」


「それについても疑問なんやけど、犯人は何でわざわざナマグサを密室の中で殺したんやろか?」


「……いや、何故かと訊かれてもオレは犯人じゃないし」


「アホッ、そういうこと言っとるんとちゃうわ。ウチがしとるんは殺害現場を密室にしたことで、犯人にとってどんなメリットがあんねんっちゅー話や」


「……メリット?」


「たとえば、部屋の中の人間を自殺に見せかけて殺す為とかなら一応意味はわかるねん。密室という状況は、自殺という解釈を補強する材料くらいにはなり得るからな。せやけど、この事件はそんなやない。自殺に見せかけるなら、斧で頭をかち割るなんて殺し方、絶対しいひんわ」


「……ふーむ。犯人が密室を作った目的か」


 どんな方法か見当も付かないが、事件現場を密室にすることにはそれ相応の手間と労力がかかった筈だ。


 ――犯人は何故そこまでして密室を作り上げる必要があったのか?


「……それについてだが、ボクに一つ考えがある」


 そう言ったのはユウキだった。


「まさかユウキ、密室のトリックがわかったのか?」


 オレは驚いてユウキの顔を見る。


「いや、トリックがわかったというのとは少し違うかな。だが、この状況を説明できてつ、まだ誰も検討していない可能性に心当たりがある」


「……ふーん、ユウキの癖にえらい勿体振るやないか。で、その可能性っちゅうんは?」


 マジカが半信半疑の様子で先を促す。


「犯人がナマグサを殺害してから、そのままずっと密室の中に留まっている可能性だよ」


 ユウキが何でもないことのようにそう言った。


「はァーッ!? 何言うてんねん。訳がわからんわ。犯人が密室に留まっとるって、ウチらがこの部屋に入った段階では死体以外、中には誰もおらんかったやないか!!」


 その通りだ。ナマグサの部屋に入る前、オレ、ユウキ、マジカ、チュウチュウ、ヌスット、ノーキンの六人は確実に部屋の外にいた。最初から部屋の中に犯人が潜んでいた可能性など、論ずるに値しない。


「本当にそうか? マジカ、この部屋の中に最初から犯人が潜んでいないと、本当にそう言い切れるのか?」


 ユウキはそう言いながら、ナマグサの頭に突き立てられたハンドアックスを勢いよく引き抜いた。刃先からドロリと黒い血が滴り落ちている。


「お前たちは無意識のうちに敵の正体を想像してしまっているのではないか? 固定概念に囚われては盲点が生じてしまう。盲点が生じれば、そこが付け入る隙となる」


「……ユウキ、お前一体何を!?」


「これまでオレたちは様々な敵を相手に戦ってきた。その中には宝箱に擬態した者、鎧や甲冑、はたまた刀剣のような姿のモンスターもいた筈だ」


「……まさか!?」


「ここまで言えばもうわかるだろう。?」


 ユウキはハンドアックスを宙に放り投げると、背中に差した剣を振り下ろして持ち手の部分を破壊した。


 壊れたハンドアックスは床に落ちて暫く経っても、特に異変はない。


「…………」


「……ふゥー。どうやら違ったようだね」


「脅かすなや、アホッ!!」


 マジカがユウキの頭を後ろから思い切り引っ叩く。


「……んー。考え方の方向性自体は悪くなかったと思うんだけどなー」


「……それは兎も角、ナマグサの死体はどうする? このままこの部屋に置いておいていいのか?」


 オレは斧を引き抜かれて見るも無惨になったナマグサの亡骸を指差して言う。飛び出した眼球は元どおり、眼窩に嵌めておく。確か肉体のパーツが揃ってさえいれば、魔法で蘇生可能だった筈だ。


「無事に館から出ることさえできれば、町の教会で生き返らせることはできるが、チュウチュウの話が本当ならあと五日は外に出られない。ケン、マジカ、これ以上死体が傷まないようナマグサを地下貯蔵庫まで運ぶぞ。手伝ってくれ」


「……へいへい」


 オレとマジカが死体の両足を持ち、ユウキが頭部を持った。


「大体、何でよりによってナマグサが真っ先に殺されるねん。最初に死んだらコイツ、何の役にも立たへんやないか」


 死体を抱えて階段を降りながら、マジカがブツブツと文句を言う。


「…………」


 随分と酷い言いようだが、それが事実を言い表してもいた。


 もし最初に殺されたのがナマグサでなければ、事態は少しも深刻ではなかった。『蘇生』魔法ですぐに生き返らすことができるし、殺された本人の口から犯人の名前を聞き出せれば、事件は即解決だ。


 敵がわざわざ物理攻撃で殺人を行ったのは、最初に確実にナマグサを殺しておく為だったのかもしれない。

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