第二幕 犯人探し

第10話 密室

 うつ伏せに倒れたナマグサ=オサケスキーの死体の後頭部には、ハンドアックスが深々と突き立てられていた。


 二つの眼球は眼窩がんかから完全に外に零れ落ちており、辺りには赤黒い血と脳漿のうしょうが花を咲かせたように飛び散っていた。


 ――それは一目見ただけで死んでいることがわかる程の激しい損傷だった。


「……ナマグサが死んでいる!?」


 オレはその光景を信じられない思いで見ていた。

 自分が死ぬことについては慣れたものであるが、パーティーで唯一『蘇生』魔法が使えるナマグサの死は、とても現実として受け入れられるものではない。


 背後から続々と階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。


「……うッ!?」

「……これはッ!?」


 部屋の中を見た誰もが、物言わなくなったナマグサのむくろを前に絶句する他なかった。


「……斧か」


 そんな中、ショックからいち早く立ち直ったのはユウキだった。


「一つ確認しておきたい。あのハンドアックスは誰の持ち物だ? もしくは館のどこにあった物なんだ?」


「あれはアタシの部屋にあった物だよ」

 そう答えたのはヌスットだ。


「ではヌスット、お前がやったのか?」


「そんなわけないでしょ。この館の部屋の鍵は内側からしか掛けることができない。つまり、アタシが部屋の外にいる間は誰でもあの斧を持ち去ることができたってことだよ」


「…………」


 ヌスットのこの発言は真実である。オレたちの部屋の鍵は、全てかんぬきをスライドさせて施錠するタイプのものだ。従って、外から鍵を掛けたり開けたりすることは不可能である。


「……ふむ。となると、兇器きょうきだけで犯人を推理することは無意味なわけじゃな」


 チュウチュウはそう言って、ナマグサの死体の背中の辺りに触れる。


「……おい、何をする気だ?」


「何って検死じゃよ。ワシの『鑑定』の魔法は、生物以外ならどんなものでも調べることができることは説明したじゃろ。つまり、既に死んでしまった人間ならただのモノとして『鑑定』が可能というわけじゃ。……ふむふむ、ナマグサの死因は斧で頭を割られたことによるショック死。死亡時刻は昨日の午後5時9分、とな」


 チュウチュウが死体の情報をつらつらと述べていく。


「その時間なら、アタシはケンとマジカと一緒に厨房で料理を作っていたよ。二人も証言してくれると思う」

 とヌスット。


「……ああ、そうだったな」


 確かにオレはそのとき、ヌスットとマジカと一緒にいた。午後5時の以降は、誰も厨房から出た者はいなかった筈だ。つまりオレたち三人にはアリバイが成立する。


「ワシとユウキはずっと食堂で今後のことを話し合っていた。ワシら二人にもアリバイが成立することになる」


 ――となれば、最後の一人。


 オレたちの視線は自然と一人で筋トレしていたノーキンに集まることになる。


「……という風にノーキンに疑いを向けさせたいのじゃろうが、見え透いた手じゃわい」

 とチュウチュウ。


「……それはどういう意味だ?」


「ふん。もしもノーキンが犯人だとして、ナマグサを斧で殺害した後どうやって部屋を出たというんじゃ?」


「それは……」


 ナマグサの殺害現場は部屋の内側から鍵を掛けられていた、所謂いわゆる、密室状態だった。如何にアリバイがなくとも、どうやってナマグサを殺したのか説明できない以上不可能犯罪であり、ノーキンを犯人と断定することはできない。


「それにじゃ、そもそも事件が起きたのはお前たちが館にやって来た直後のことじゃろうが。原因がワシら三人とお前たち三人、どちらにあるかは火を見るより明らかじゃ」


「…………」


 それも一理ある。チュウチュウたちからすれば、オレたちがここに来るまで平穏に過ごしていたのだ。事件を自分たちから切り離して考えたくなる気持ちはわからなくもない。


 無論、オレたちからすれば当然受け入れられる話ではないが。


「おいジジイ、さっきから黙って聞いとったら何をアホなこと抜かしとんねん!! ウチらにはアリバイがあって、しかも殺されたんはウチらの仲間やねんで!! 何でウチらが自分の仲間殺さなあかんねん!!」


 マジカが声を荒げてチュウチュウに反論する。


「それに対する答えは『知るか』じゃ。アリバイは兎も角、お前たちパーティーの中に最初からそういう火種がくすぶっておったのではないか?」


「何やとォ!?」


 チュウチュウはあくまで犯人はオレ、ユウキ、マジカの三人の中にいると言いたいようだ。


「お前ら、少し落ち着け」

 ユウキが毅然とした態度で言う。


「チュウチュウ、まだ犯人がボクたち三人の中にいると決まったわけではないだろう。これは魔王軍の罠だ。敵はボクたちの仲間割れを狙っているに違いない」


「……それが何だというんじゃ? お前たち三人の中に魔王軍のスパイが潜り込んでいるというだけのことじゃろう。ワシらには関係がない」


「その思考が短絡的だと言っている。ボクたちがやるべきは、冷静にナマグサ殺しの犯人を突き止めることだ。その為には一致団結して協力し合うべきだろう」


「……ふん。何が協力じゃ。探偵ごっこがやりたいならお前さんたちだけで好きにやっていろ。どのみちワシらには関係のないことじゃ」


 チュウチュウ、ヌスット、ノーキンの三人はナマグサの部屋からさっさと出ていってしまう。


「……ふー。何とか決定的な衝突は避けられたが、これは少々まずい状況なんじゃないのか?」


 静まりかえった部屋の中で、オレはユウキに問いかける。


「ユウキ、これからどうするつもりだ?」


「さっきも言っただろう。ナマグサを殺した犯人を突き止めることが先決だ。敵の目的はボクたち全員の抹殺。真っ先に『蘇生』魔法を使えるナマグサを殺したのがその何よりの証拠だ」


「……確かに魔王軍がオレたちの全滅を狙うのなら、最初にナマグサを殺したことの説明はつく。だがそもそもオレたちを皆殺しにするだけなら、こんなまどろっこしい真似をする必要はないんじゃないか?」


 オレたちは既に魔王の手に落ちている状況と言っても過言ではない。最初から水と食糧を用意しなければ、オレたちは飢えて死ぬ運命だったのだ。わざわざ斧で頭をかち割って殺す必要などどこにもない。


「一度油断させてから、ボクたちを混乱に陥れようと考えたのだろう。敵の狙いはまだまだ読み切れない部分も多いが、とうとう馬脚ばきゃくを現したのだ。ケン、マジカ、犯人は必ずボクたちの手で捕らえるぞ」


 ユウキはそう言って拳を握りしめた。

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