第9話 惨劇

 料理が完成する頃には、すっかり時刻は夕方になっていた。


 出来上がった料理は、クラーケンの唐揚げ、クラーケンのイカスミ風パスタ、ナスとマンドラゴラのミソスープ、毒消し草のおひたし、グリフォンのオレンジ煮だ。


「野郎ども、飯の時間だぞー!!」


 ヌスットの呼びかけで、続々と食堂に人が集まっていく。しかしそんな中、約一名姿を現さない者がいた。ナマグサだ。


「……ナマグサの姿がないようだが?」


「ああ、どうせ酔い潰れて自分の部屋で寝てるんやろ」

 とマジカ。


「こっちは仕込みの段階から手伝っとんねん。もうとっくに腹ペコや。あんな酔っ払い待ってられへん。とっとと始めよや」


「……うん。まァ、ナマグサの分を少し残しておけば文句はないだろう」


 ユウキがそう言ったことで、オレたちは先に夕飯を食べ始めることにする。


 オレは小皿に取り寄せたクラーケンのイカスミ風パスタを、フォークに巻き付けて口の中に運ぶ。これまであまり食べ物に関心はなかったが、自分も手伝って作った夕飯の味はやはり格別だった。


「ところで、ユウキとチュウチュウは夕方までずっと何を話していたんだ?」


 オレはそう言ってユウキに水を向けるが、答えたのはチュウチュウだった。


「ふむ。ここを出てから、まず何をするかについてじゃよ」


「……何をって、真っ直ぐ魔王の宮殿を目指すんじゃないのか?」


「ふん、甘いな。ワシらがここに閉じ込められている以上、敵にこちらの動きはバレていると考えた方がいい。つまり今から魔王の宮殿に向かっても、敵は準備万端でこちらを待ち構えていることになる。ならば、ワシらも一度体勢を立て直してから出直すべきじゃろう」


「……体勢を立て直すって?」


「一言で言えば、戦力の増強じゃな。手始めに兵隊の数を増やしまくる」


「…………」


 チュウチュウのその言葉に、オレは言いようのない不安を感じた。


「具体的にはどのくらいの編成になる?」


「そうじゃな。最低1000人は欲しいところじゃろうか」


「何やて!?」

 これにマジカが激しく反応する。


「アホかッ!! 1000人やなんて簡単に言うけど、それを実現さすのにどんだけの金がかかると思っとんねん。水や食料だけでも膨大な金額が必要になるで!!」


「金に関してはそれ程問題とは思っておらん。新たにパトロンを何人か探せばいいだけのことじゃ。各国に魔王の復活を知らせれば、時の権力者なら何としてでもこれを倒そうとするじゃろうしな」


「……それはそうかもしれないが、そもそもどうしてそこまで人数を増やす必要があるんだ?」


「ふむ、理由は大きく二つ。一つは敵にこちらの動きがバレた以上、少数精鋭のメリットがなくなったことじゃ。少数精鋭が活きるのは奇襲を前提とした場合のみ。敵がこちらを警戒している場面ではただの自殺行為にしかならん。もう一つはユウキの『強化』魔法じゃ。この魔法を最大限上手く活用する方法は、大人数にバフをかけまくることじゃろう。頭数さえ揃えれば、即席で強化された大部隊を編成することができる。魔王軍にとってこれはかなりの脅威となる筈じゃ」


「…………」


 なるほど。チュウチュウの言うことは理にかなっているように思える。

 ユウキの『強化』の魔法は、確かに大人数でこそ真価を発揮する能力だ。逆に何故ユウキがこれまでそうしなかったのか不思議なくらいだ。


 しかしチュウチュウが話している間、どういうわけかユウキが浮かない表情をしていたことが少々気にかかった。


 ――その日は結局、ナマグサが食堂に姿を現すことはなかった。


 そして翌朝。

 オレが寝床を出て食堂に来てみると既にナマグサ以外のメンバーが全員食卓に揃っていた。昨日残しておいた料理も、テーブルの上に手つかずのままで残っている。


「……ナマグサはまだ部屋にいるのか?」


 オレは食卓で怪しげな黒魔術の本を読んでいるマジカに問いかける。


「さあ?」


 ここまで来ると、流石に少し心配になってきた。ナマグサの身に何かが起きたのかもしれない。


「どーせ、二日酔いでまだ布団の中におんのやろ。腹が減ったらそのうち勝手に降りてくるわ」


 マジカは相変わらずナマグサの不在を気にも留めていない様子だ。


「……オレ、ちょっと様子を見てくるよ」


 胸騒ぎを覚えたオレは階段を上がり、ナマグサの部屋の前まで行ってドアを三回ノックする。


「おーいナマグサ、大丈夫か?」


 しかし返事はない。ドアノブを握ってみても内側から鍵を掛けているらしく、ドアは少しも開かなかった。


 どうしたらいいかわからず途方に暮れていると、階段からドタドタと騒がしい音が聞こえてきた。ノーキンが勢いよく階段を駆け上がって来るところだった。


「邪魔だ、どいてろッ!!」


「お、おい、まさか……!?」


 予想どおりそのままドアに体当たりをかますも、やはり攻撃は撥ね返されて、ノーキンはそのままゴロゴロと階段を転げ落ちていった。


「……ホント、バカだね。学習能力がないにも程がある」


 階段の下で倒れているノーキンを、ヌスットが心底呆れたように見ていた。


「ケン、ナマグサの様子はどうだ?」


 ユウキが階段の下から問いかけてくる。


「声をかけても返事がない。鍵がかかっているようでドアは開かないし、見てのとおり体当たりでドアを破るのもダメだ」


「……だったらアタシの出番だね」


 そう言ってヌスットが階段を上がって、ドアの前に立つ。


「アタシの『開錠』の魔法を使えば、一瞬で鍵を開けて部屋の中に入ることはできる。だけど本当にそれでいい? もしもこれで何でもなくても、そのあとの苦情は一切受け付けないよ」


「……頼む、ヌスット。ドアを開けてくれ」


 オレがそう言うと、ヌスットがドアに向かってゆっくりと掌をかざす。


「オーケー。多分これで鍵は外れた筈だよ」


「…………」


 オレは半信半疑のままドアノブを握る。今度はすんなりドアが開いた。


「……なッ!?」


 ――果たして、部屋の中には血塗れになったナマグサの死体がうつ伏せになって倒れていた。


 ♢ ♢ ♢


 ……ここまでお読み戴き、誠にありがとうございます。

 とうとう起きてしまった血の惨劇。剣と魔法の世界で繰り広げられる連続殺人のはじまりはじまり~。


 この小説はカクヨムコンテスト10にエントリーしています。

 少しでも面白いと感じて戴けましたら、『★で称える』で評価して戴けると大変嬉しく思います。どうか何卒。

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