第8話 平穏

 朝食を食べ終えると、オレは一人で館の中を探索して回ることにした。


 そんなことで館から脱出する方法が見つかるとも思えないが、かといって他にやることが思い付かなかったというのが正直なところである。


 オレはまず最初に入って来た玄関の扉を調べることにする。

 その場所は昨日オレが剣で斬りつけたにも関わらず、傷ひとつ付いていない。一方で、オレが装備している鉄のよろいにはパックリと剣で斬られた跡が残っていた。

 攻撃が100%の威力で跳ね返されるというヌスットからの情報に、嘘偽りはなさそうである。


 オレは試しに扉を軽く叩いてみる。何も起こらない。徐々に叩く力を強くしていく。しかし、特に何も起こらない。

 次は助走をつけて体当たりをしてみる。すると今度は体が扉に触れた瞬間、後方に1メートル程吹き飛ばされた。

 跳ね返される攻撃は、全ての衝撃が対象になるわけではなく、どうやらある一定の強さ以上でなければ発生しないらしい。


「……えーッと、一つ訊いていいか? 何してんだ、お前?」


 ヌスットが呆れた顔で、床に仰向けに倒れているオレを見下ろしていた。


「あはは……。一応、館の性質を知っておこうと思ってね。それよりお前たち三人は壁や扉を壊してここを脱出しようとは考えなかったのか?」


 出口を塞がれれば、強引に建物を破壊してでも外に出ようと考えるのは当然の行動だろう。オレの場合はパーティーメンバーに僧侶のナマグサがいたからすぐに生き返らせて貰えたが、ヌスットたちの場合はそうもいかない。


「愚問だな。アタシのパーティーにはチュウチュウがいるから、『鑑定』の魔法で館のルールは難なく知ることができたんだよ。……まァ、ノーキンの奴はジジイの説明を聞いた後でも、何度か壁に体当たりして吹き飛んでたけどな」


「……なるほど」


「ケンって言ったっけ? アンタ、こんなとこで遊んでる暇があるなら、夕飯の準備を手伝ってくれないか?」


「……夕飯? まだ朝飯を食べたばかりだろうが」


 オレは鎧の上から腹の辺りを触る。まだ胃の中にトーストとコーヒーの存在感が残っていた。


「ここで生活するうちに料理に凝るようになっちまってな。何せ飯以外の楽しみがないもんでね」


 ヌスットはそう言って片目をつむってみせる。


「……時間は有り余っている上に特段予定もないんだ。別に構わないよ」


「じゃあ決まりだな」


 オレはヌスットの後に続いて、地下にある貯蔵庫へと降りていった。梯子はしごを降りていくにつれて、ひんやりとした空気が徐々に濃密になっていく。


「今夜はクラーケンの肉を使おうと思っていたんだ。そこにカチコチに凍ったクラーケンの足があるだろう。適当な大きさに切り分けておいて欲しい」


「了解」


 オレは鞘から剣を抜くと、デタラメなデカさのクラーケンの足をぶつ切りにカットしていく。


「おお、助かる。ついでにグリフォンの肉も切り分けておいて欲しい」


「……仰せのままに」


 オレはヌスットに言われるがままに剣を振るう。気が付くと、大量のモンスターのバラバラ死体が足元に散らばっていた。


「……ふゥ。これで粗方、食材の下ごしらえは終わったな」


「おッ、何や、ケンもここにおったんか」


 そこへマジカが梯子を下りて、地下貯蔵庫へやって来た。


「よう、マジカ、ちょうどいいところに来てくれた。前に話した通り、氷が溶けてきていて貯蔵庫の温度が上がりつつある。魔法で新しくデカい氷を作り出してくれ」


「オーケー、お安い御用や。まかしとき!!」


 マジカが杖を振るうと、途端に辺りの空気が冷たくなるのを感じる。それから暫くして突然、何もない空間から巨大な氷の球体が出現した。


「うおうッ!? ……何度見てもびっくりするな、お前の魔法は。何もないところから氷の塊を出現させるって、一体どういうメカニズムなんだよ?」


「……んー。詳しくはよう知らんのやけど、魔力と引き換えに天使だか精霊の力を借りて奇跡を起こす……的な?」


 マジカが小首を傾げて言う。


「いやいや、『……的な?』じゃねーだろ。お前、自分の魔法なんだろ? 何でそこで疑問形なんだよ!?」


 オレはすかさずマジカにツッコミを入れる。


「……別にウチ、詳しい仕組みとかを完全に理解して魔法使っとるわけちゃうし。っていうか、難しいことは何もわからへんのや」


「おいおい、よく仕組みもわからずに今まであんなにバンバン魔法使ってたのか? それって何か危なかったりしないのかよ?」


 オレはマジカの言い分にすっかり呆れてしまう。


「何を言うてんねん。仕組みがようわかってなくても使えるんが魔法の便利なとこなんやないか。ほならケンはロウソクに火が付く仕組みを理解した上で使っとるんか?」


「いや、それは……」


 そう言われると、返答に窮してしまう。実際にオレが道具を使うとき、その道具について深く考えたりはせず、ただ何となく使っていることの方が多いだろう。


 確かに仕組みがわからなくても使えるというのは、ただそれだけで便利ということなのかもしれない。


 食材を持って厨房へ向かうと、一人で葡萄酒を飲んでいるナマグサと遭遇する。


「これはケンさん、ご機嫌麗しゅう」


 ナマグサが赤い顔で上機嫌に酒瓶を掲げて言う。


「何が『ご機嫌麗しゅう』だ。ナマグサ、暇ならお前も少しは手伝え」


 ナマグサのあまりの酒臭さに、オレは思わず眉をひそめる。


「お断りですね。わたしにとって、こうして何もせずダラダラ酒を飲んでいる時間こそが至福なのです。ケンさん、わたしの幸せの邪魔をしないでください」


「…………」


 そうだった。ナマグサは自分の仕事(仲間の蘇生と回復)以外のことに関しては基本、我関せずのスタンスをとっていた。コイツに協調性を説いたところで意味がないのだ。


「……わかったよ。だったら大人しく自分の部屋で好きなだけ飲んでろ。そこにいられると作業の邪魔だ」


「おや? それ、今日の晩飯ですか? 何を作るんです?」


「それは完成してからのお楽しみ」

 とヌスット。


「……ところでユウキは今何をやっているんだ?」


 オレはふと気になってナマグサに尋ねる。


「ユウキさんでしたら、まだ食堂でチュウチュウさんと話し込んでますよ。何でも今後の方針についての打ち合わせだとかで」


「……ふーん」


 ユウキとチュウチュウ。長い時間、二人は何について話し合っているのだろうか?


 ――くして、館の中での時間はゆっくりと過ぎていく。

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