第7話 同盟

 ユウキが部屋を出た後、オレは何時の間にか眠りに落ちていた。何だか嫌な夢を見たような気がしたが、もしかしたら全て気の所為だったのかもしれなかった。


 翌朝、目が覚めて二階の自分の部屋から出る。階段で一階に降りていく途中、食堂から何やら言い争うような声が聞こえてきた。


 声の主はマジカとナマグサ、そしてチュウチュウの三人のようだ。


「せやから、ウチらを仲間にしたいならユウキだけやなくて、ウチらとも契約して貰わんと困るんやけどなァ。当然、報酬もたんまり払って貰うでェ」


「何故じゃ? お前たちはワシらが魔王の宮殿へ行くのとは無関係に、魔王を倒しに行く予定だったのじゃろう? そんなお前たちにどうしてワシが金を払う必要がある?」


「……いや、それはやな」


「わたしたちはユウキさんたちの為には働いても、アナタの為には働かないということです。現状、もしもアナタが途中で死ぬようなことになっても、わたしにアナタを生き返らせる義理はありません」


「そうや、そうや!!」


「ワシはそれで一向に構わんぞ。これまでもワシのパーティーに僧侶はおらんかったわけじゃしな。それに万が一ワシが死んでも、ヌスットとノーキンは報酬を受け取る為に必ず町の教会まで死体を運んでワシを生き返らせる。よって、お前たちに報酬を支払う必要はない」


「……ぐぬぬぬぬッ!!」


 マジカとナマグサが歯噛みして悔しがる。


「ふん。ワシと正式に契約を結びたければ、ワシに自分の有用性を示すことじゃな。ワシが契約する価値があると判断した者には、喜んで報酬を支払うわい」


「くッそー、何ちゅーケチなジジイや!! ケン、アンタも何とか言ってやってくれや!!」


 オレの存在に気付いたマジカが加勢を求めてくる。


「…………」


 チュウチュウたちと組むことで、まさかこのようないさかいが生じるとは正直考えてもみなかった。

 この場にまだユウキがいないことがせめてもの救いだ。糞真面目な性格のユウキがこんな話を聞けば、激怒するに違いない。


「おい、まだユウキはチュウチュウたちと組むとは言っていないぞ。二人とも、先走って勝手なことをするんじゃない」


「……何や、つまらへんのー」


 オレが溜息をつきながらテーブルにつくと、ヌスットがトーストとコーヒーを持ってきてくれた。


「……ありがとう。でも、まだオレたちは仲間になったわけじゃない。ここまで親切にされると、かえって心苦しい」


「バーカ。朝食を用意してやることくらい、そんな大層なことじゃねーよ。こっちはやることがなくて暇してんだ。冷めないうちにとっとと食えよ」


「…………」


 盗賊なのに、何とも勤勉なことである。オレは頭が下がる思いでコーヒーを口にした。これは美味い。


「ところでアンタたちのもう一人の仲間は今何をしているんだ?」


 オレはトーストにかじり付きながらヌスットに尋ねる。


「あー。ノーキンなら大広間で筋トレしてるよ。あの筋肉馬鹿の頭にあるのは、自分の肉体を鍛えることだけなんだよ」


「…………」


 確かにやるべきこともなく敵に襲われる心配もない環境というのは、自己鍛錬の場としてこの上なく適している。


 何れにせよ、チュウチュウが雇った二人は極めて真面目な性格と言えそうだった。


「おはよう」


 そこへ、漸くユウキが二階から降りて現れる。


「あら、随分と朝寝坊の勇者さんね」

 とヌスット。


「チュウチュウ、同盟の件なんだが一晩じっくり考えてみた」


「……ほゥ。それで返事は?」


「手を組もう。それに当たって、そちらのパーティーメンバーの戦力を把握しておきたいのだが」


「……ふん。それは当然、そっちの戦力も教えてくれるという理解でいいんじゃろうな?」


「勿論だ。ボクの魔法は『強化』。触れた仲間の攻撃力を一定時間上げる効果がある。効果時間は触れた時間に比例し、十秒で約一時間、最大六時間まで持続する。ただし、自分自身の攻撃力を上げることはできない。


 マジカの魔法は『炎』と『氷』。魔法の杖で魔力を増幅させれば、大抵の敵モンスターを一撃で倒すことができる。ただし、発動までに一分程度時間が必要なので、前衛が敵を足止めしておかないと攻撃を当てることは難しい。


 ナマグサの魔法は『蘇生』と『回復』。たとえ首や手足がが千切れていても、肉体の九割が揃っていれば完全な蘇生が可能だ。ヒーラーとしてはすこぶる優秀だが、戦闘ではほぼ役に立たないと思っておいてくれ。


 最後にケンだが、魔法は一切使えない。その代わり、岩や鉄を一刀両断できる剣の達人だ」


「…………」


 ユウキの説明には一部嘘がある。

 オレが鉄を切れるようになるのは、ユウキの魔法でバフをかけられている間だけだ。オレの通常の攻撃力では到底不可能な芸当である。


「……ワシの魔法は昨日説明した通り『鑑定』じゃ。触れたものの材質や特性を知ることができるが、生物に対しては効果がない。あとワシは商人じゃから、戦闘はからっきしじゃぞ。


 ヌスットの魔法は『開錠』。どんな扉や宝箱でも開けることができる優れものじゃ。それ以外にも武芸全般に長け、素早い動きで敵を攪乱かくらんする戦法を得意とする。


 ノーキンは魔法は全く使えないが、オークと同等以上の腕力と体力を有している。その怪力ぶりは戦闘で必ず役に立つじゃろう」


「……ちょっと待て。『開錠』でどんな扉でも開けられるのなら、この洋館からも出られるんじゃないのか?」


 ユウキがチュウチュウの説明の矛盾点を指摘する。


 確かにチュウチュウの説明が本当ならば、オレたちが大人しく館の中に留まっている理由がない。


「どんな扉でもというのはジジイの誇大広告さ。アタシの魔法で『開錠』できるのは、物理的な鍵が取り付けられたものに限定される。どんなに複雑な構造でもそれが鍵なら問題なく開けられるが、わけのわからない魔法で亜空間あくうかんに閉じ込められたんでは、アタシの魔法ではどうにもできない」


 ヌスットが小さく肩をすくめた。


「…………」


 どうやらオレたちは、とんでもない場所に閉じ込められてしまったらしい。

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