第4話 封印

「はじめまして。アタシは盗賊・ヌスット=タケダケ。アンタたちと同様、ここに閉じ込められた冒険者だよ」


 黒フードに銀髪褐色肌の女・ヌスットは簡単過ぎる自己紹介を済ませると、くるりときびすを返した。


「これからアンタたちにはアタシの仲間に会って貰う。付いてきな」


 ヌスットはオレたちの返事を待たずに、玄関ホールをそのままどんどん奥へと歩いていく。


「……彼女、信用してもいいんですかねェ?」

 ナマグサが小さくオレに耳打ちした。


「わからない。が、ここが何なのかわからない以上、ひとまず情報を集めないことには始まらないだろう」


 オレたちが連れてこられたのは奥の大広間だった。

 そこには太った老人がゆったりと安楽椅子に腰掛け、その隣では上半身裸の筋肉隆々の大男がスクワットをしていた。


「ヌスット、誰じゃそいつらは?」

 と太った老人。


「外から来た冒険者。アタシらと同じで、まんまと罠にかかった間抜けだよ」


 ヌスットが老人にそう説明する。


「……罠って?」

 マジカが小首を傾げてポツリと呟く。


「まさかアンタ、まだ気付いてなかったの? この洋館は魔王軍の罠。中から玄関の扉を開けることはできないし、さっきそこのよろいの人が斬りかかったからわかると思うけど、壁や扉を壊そうとすれば、その攻撃は自分に返ってきてしまう。つまり、自力でここから脱出することは絶対に不可能ってこと」


 ヌスットが呆れたように大きく溜息をついた。


「それは困るな。ボクは勇者・ユウキ=ムテッポー。ボクたちは魔王を倒して世界を救わなければならない」


「……アンタたちの都合なんて関係ないの。この洋館はそういう場所として既に機能してるんだからね。無駄な足掻きはやめて、潔く諦めた方が賢明だと思うよ」


「…………」


 ――何かが妙だと思った。

 自力で脱出は不可能と言う割に、この三人の態度は妙に落ち着き払っているように見える。

 この館には、オレたちの知らない何らかの秘密が隠されているのではないか?


 この三人が館について何を知っているのか、まずはそれを聞き出す必要がある。


「ふん。魔王を倒して世界を救うじゃと? 馬鹿馬鹿しい。ナンセンス極まりないのう」


 そう言ったのは安楽椅子に座る太った老人だ。


「そんなことをして一体何の意味がある? 魔王を倒すことなどそもそも不可能だし、仮に倒せたところで、そんなことで世界が変わったりするものか」


「……どういう意味だ?」

 ユウキが怒気を孕んだ声音で言う。


「最初から存在しない敵を倒すことに意味などあるまい。何せ魔王・サレコウベは二百年前に勇者・テレン=テクダとの戦いに敗れて、今は結界の中に封印されておるのじゃからのう」


「……封印されている!?」


 オレはそれを聞いて、強烈な不安を覚えた。信じて踏みしめていた大地が足元から徐々に崩れ落ちていくような、怖ろしい不安を。


 これ以上、彼らの話に耳を傾けてはいけない。そう本能が告げているにも関わらず、オレは質問せずにはいられない。


「……待ってくれ。ならば十五年前のイーストエンドで起きた大虐殺事件は?」


「何じゃそれは? 魔王軍があんな辺鄙へんぴな地に攻め入ったなどという話は聞いたことがないぞ。大方、為政者いせいしゃが都合の悪い歴史を魔王の仕業ということにしたんじゃろう」


「……嘘だッ!!」

 それに激しく反発したのはユウキだ。


「そんな話、ボクは信じないぞ!!」


「ふん。別にワシはワシの話をお前たちに信じて貰いたいなどとは露程も思っておらん。何を信じようが、それはお前さんたちの自由じゃ。じゃが、敢えて言わせて貰おう。魔王を倒しさえすれば、それで世界に平和が訪れるなどと本気で考えているのだとすれば、お前さんたちの頭の中はまるでパッパラパーのお花畑じゃな」


「……何だと!?」


「まさかとは思うが、自分たちが絶対的な正義で、魔王こそが諸悪の根源だとでも考えておるのかの? 世界の敵など、そんなものは童話の中くらいにしか存在せんよ。善対悪の二元論でしか物事を見ないのは、単なる思考の放棄に他ならない」


「……だが、現に魔王軍はオレたちをこの館の中に閉じ込めた。やはり魔王は邪悪な意志を持つ存在なのではないのか?」


 オレが何とか反論を試みる。


「魔王が人類にとって脅威であること自体は否定しない。しかし、それは魔王とて同じこと。お前たちは魔王に差し向けられた刺客なわけじゃからのう。そこで魔王が封印されている間に城に攻め込まれては困る敵陣営は、様々な場所に罠を仕掛けた。魔王が復活するまでの間、勇者一行を閉じ込めておく為の監獄かんごくを。言うなれば、『勇者ホイホイ』と言ったところじゃな」


「……『勇者ホイホイ』?」


「まァ心配せずとも敵さんはワシらの命まで取るつもりはないようじゃ。あと一週間も待てばここを出ることはできる。それまで、精々ゆっくり体を休めておくことじゃな」


「……一週間でここを出られるだと? 何故アンタにそんなことがわかる?」


 すると老人はオレたちに向かって不敵に微笑んだ。


「申し遅れた。ワシの名はチュウチュウ=タコカイナ。商人じゃ。ついでに隣でスクワットをし続けているのは武闘家・ノーキン=キタエテル。そして、ワシにはある特殊な魔法が備わっておってのう」


 そう言って、チュウチュウはマジカが持つ杖にそっと手を触れる。


「……ふむ。魔力を増幅させ、炎と氷属性の魔法を強化する杖か。娘、中々良い武器を持っておるではないか」


「……えッ、嘘!? 何でわかったん!?」

 マジカが驚いて目を見開いている。


「ワシは『鑑定』の魔法を得意としておる。無生物ならどんなものでも、触れただけでそのステータスを解析することができる。そして『鑑定』の結果、この館がワシらを閉じ込めておける期間は、あと7日。魔王の封印が解ける時期と完全に一致する」

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