3話「あともうちょっとコミュ力があれば」
(空気がクソ重い……)
いたたまれなくて、セドルは馬上で縮こまる。
盛大に噛んだあと、とりあえず出陣にはこぎつけたのだが、兵士から向けられる目が妙に冷たい気がする。
場違いな人間を咎めるような視線だ。
(もう嫌だ。超帰りてぇ)
が、間違ってもそんなことは言えない。
ここで帰れば手柄は得られないし、万一負ければ普通にアンドールが滅ぼされて終わるからだ。
仕事が嫌、程度の理由で何万もの民を危険にさらす度胸は、セドルにはなかった。
「セドルの坊ちゃん、確認しても構いやせんか」
「ぶぉっ、おおうっ?」
突然声をかけられ、危うく落馬するところだった。
見れば、隣の馬上から父と同年代の男がこちらに目を向けている。
白髪交じりのオールバックと、色つきメガネが特徴的な強面な男だ。
まばらな傷跡が歴戦を語る彼が、幼少期に良くしてくれたペレである。
「……なんだ」
「もうじき予定の盆地に到着しやす。そろそろ作戦を共有してもらいやせんと、どう動けばいいかわかりません」
「む」
「手前らは総勢五千。対してビナー王国軍は偵察の情報で一万弱ってとこです。アンドール兵なら問題にならねぇ戦力差ですが、動き方くれぇは決めてくれやせんと」
「わかっている」
別に、セドルとて考えなしなわけではない。
軍略については、剣の山での修行の合間に嫌というほど勉強させられた。
今回の作戦だってきちんと考えている。
誤算があるとすれば、ただ一つ。
(声でねぇ――!)
ペレ相手でも普っ通にコミュ障が発動することだった。
(いやいやいやいやむりむりむりむり! こいつこんな怖い顔してたっけ。なんか傷跡増えてるしクソ貫禄ついてるし色つきメガネが物騒だし! もう別人なんだよ初対面だわ! コミュ障が初対面相手に会話できるわけねぇんだよなぁ――!)
さっきから冷や汗だらだらである。
心臓は口から飛び出しそうで、手の震えを誤魔化すために握りしめた手綱がぎちぎち言っている。
それでも、ここで何も言わないはあり得ない。
気づかれぬように深呼吸して、なんとか心臓を落ち着かせようとして、落ち着かせようとして、落ち、着かせ、ようとして……。
「セドルの坊ちゃん?」
「任せる」
「は?」
「あ、いや今のは、あ、いや……任せる(キリッ)」
「……はあ、わかりやした」
ペレは落胆したように目を伏せて、手綱を引くとセドルから離れていく。
他の部隊長と話をしに行ったのだろう。
(やっちまったぁぁああっ!)
残されたセドルは泰然と正面を見据えながら、内心でエクストリーム七転八倒をキメる。
(失敗した失敗した失敗した、俺は失敗した……。テンパってつい全部ぶん投げちまった。なにがキリッだよ、見栄張るのだけ一丁前かよ。張れてないんだよなぁ)
言ってしまった手前、撤回することもできない。
そもそも、今からペレを呼び戻す度胸もコミュ力もない。
(ドーナぁ、助けてくれぇ!)
もうじき、戦場に到着する。
*
「アンドールの蛮族どもは、この先の盆地で布陣しているか。貴様の読み通りだな」
ビナー王国軍を率いる第四王子カルロスは、斥候からの知らせに口元をゆがめる。
傍らの男が、カソックの胸元に手を当てて恭しく首を垂れた。
「いいえ、すべては殿下の存在があってこそ。時期国王としての殿下の王器に、天が微笑んだまでのことでございます」
「ほう?」
「殿下が第四王子として生を受けたことは、まさしくビナー王国にとっての損失と言わざるを得ないでしょう」
「そうだろうな。あるいは父王に、生まれの先後以外を見る目があれば、また違った道もあったやもしれんが、現実とはままならないものだ」
上機嫌に手綱を引きながら、カルロスは進軍方向を見据える。
アンドールの地では珍しくもない山峰、あそこを越えれば戦場となる盆地が見えるはずだ。
「……まったく煩わしいことよ。愚かな父王にも理解できる形で王器を示さねばならんとは」
王位は兄が継ぐものと信じきっているビナー国王は、第四王子のカルロスを後継者争いから遠のけている。
兄弟の中で唯一カルロスだけが、半ば放逐されたような扱いを受け続け。
物心ついたときから、カルロスにはそれが不満だった。
――王族に生まれた以上、私にも王位を争う資格はあるはずだ。
そこまで言うのなら手柄のひとつでも立てて見せよと任されたのが、アンドール辺境伯領に隣接した領の総督だ。
父が暗に示した意図を、カルロスは確かに見抜いていた。
――これはつまり、アンドールを攻め滅ぼせということだ!
――無敗のこの地を落とせば、父王も考えを改め、私を王太子に据えるだろう!
そうして意気込んで仕掛けた戦争で、あっさりと負けた。
今から五年前のことである。
それから、こんなはずではないと何度も兵を挙げ、攻め入ること六度。
カルロスはそのすべてで煮え湯を飲まされた。
アンドール辺境伯は、〈剣聖〉の称号を冠する常勝無敗の将軍。
父王には無為に兵を損耗させるなと釘を刺される始末だ。
――こんなはずではなかった。もっと、もっと兵がいればあのような蛮族の土地、造作もないはずであろうに……ッ!
すぐにでも落とさなければ、王太子が決まってしまう。
しかし六度にわたる敗北で、衝動のまま開戦する無意味もさすがに悟っていた。
焦燥と欲望、理性の狭間で揺れる数年を過ごし……そしてついに転機が訪れたのだ。
――忌々しき〈剣聖〉が退いたのだ。そして跡を継いだのはロクに表舞台に出たこともない倅よ。アンドールに攻め入るのにこれ以上の好機はあるまい!
アンドールはきっと混乱の中にいるだろう。
拙速こそ尊ぶべき局面と判断し、父王の許可も取らずに兵を興してカルロスは今、ここにいる。
「ここで私が手柄を立てれば、兵の損失は無為ではなくなる。愚かな父王は考えを改め、私はついに王太子の座に手をかけるのだ――!」
「ええ、ええ。殿下ならば成し遂げられますとも」
このカソックの男とは、ほんの一年足らずの短い付き合いだが、なかなかどうしてよくわかっている。
機嫌よく笑みを深めて、意見を求めた。
「ここからどう動くべきと考える?」
「布陣しているということは、正面から迎え撃つつもりでしょう。しかしアンドール軍は我が軍のわずか半数」
「ふん、蛮族にふさわしき思慮の浅さだな。ならばこちらは、数の力でもって奴らを蹴散らしてやろうではないか」
「お待ちを。アンドール兵は精強と聞きます。倍の兵力があろうと一筋縄ではいかない可能性があります。負けぬまでも殿下の兵をいたずらに損耗させることとなりましょう」
「む……」
この男の言う通りだった。
アンドール兵は強さは、六度にわたる戦いで身に染みている。
「ならばどうする?」
「わたくしめにお任せください」
カソックの男が背負っていた棺桶を地面に下ろす。
それを見て、いよいよカルロスは歓喜に顔をゆがめた。
「そうか、私にはそれがあったのだな。ならば命ずる。不遜にも過去六度、この私に土をつけた蛮族どもへ、その罪の重さを知らしめてやるのだ」
「かしこまりました」
棺桶の蓋が開く。
底のない闇のような空間が顔を見せ、そして。
――中から、巨大な魔物が飛び出した。
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