第2話 不穏な影

 ―彩鈴ありすは今日も頑張っているね。流石私の娘だ。


 ―それはそうよ。私たちはこの子のために出来ることをさせてあげるからね。


 ―彩紗ありすちゃんはいろんな事ができてスゴいなぁ。私も負けないよ!


 ―彩鈴ありすさんだ。あの社長の娘であるからやはり天性の者を授かっているのだろう。




 私は有名会社の父の娘であるというだけで、勝手に期待する。そんな両親も「私のため」と言ってやりたくもないことを色々押し付けてくる。


 勉強やスポーツ、交友関係、礼儀作法etc…。


 次第に期待の目は両親どころか友人、先生、親戚と広がっていき、気づかないところで私の重荷になっていた。


『かわいそうに……。勝手に期待されて自分のしたいことを決められて』


「誰?」


『ごきげんよう、彩鈴ありすさん』




『私は アリス』




 ◇




「むにゃ?」


 山から見える海を眺めながられい君を待っていたが、いつの間にか懐かしい夢を見ていた。

 腕時計で時間を確認するとれい君と話して30分になっていた。もう来てもおかしくないはずだけど、何をしてるんだろうか?


 れい君は約束はしっかり守ってくれるから来ないことはない。もしかして書いたメモが分かりにくかったのだろうか? それともお弁当食べるのに時間が掛かってる? まさか何かに巻き込まれてる?


『そんなに気になるなら探しに行けばいいのに……』

「私の心の声勝手に聞かないでくれる?」


 声の主は私のカバンから顔を覗かせていた。

 名前はアリス。私と同じ名前を持つ生きた人形。

 金色のロングヘアー、赤のメイド服とヘアドレス、そして何より人形とはいえ生気を感じられない濁った赤い目が特徴的だ。


『仕方ないよ。貴女の想いが強すぎて嫌でも伝わってくるんだから』

「というか勝手にカバンに入ってこないでよ」

『ダメよ。貴女何する気なのか分からないもの……。それにこれは一体なに?』


 アリスはカバンに潜ると、金色の紙に包まれたお菓子を取り出した。


「それウィスキーボンボンよ。フランスのお菓子で―」

『それぐらい知ってるわよ! 貴女これを彼に食べさせる気でしょ?』

「違う。一緒に食べるの」

『なおさらダメ!! これは没収!!』

「えぇ……」


 アリスはお菓子と一緒にカバンの中に潜った。


 アリスは人形とはいえ、動くのはもちろん、今のように喋ったりできる。それも私以外に見えないところでだが。


 アリスと出会ったのは2年生の頃。

 いつからいたのかは覚えていない。気がついたら私の部屋にいた。最初は人形らしく今のように話すことも動くこともなく不気味でしかなかった。しかし、3年になったある日自ら名乗り、アリスの本当の持ち主を一緒に探すことを条件に、相談やアドバイス、時にはクラスメートの秘密を手に入れている。もちろんれい君の情報も……。


『それより彼を探しに行きましょう』

「そうね……」


 カバンを背負って集合場所である頂上へ戻った。







『ちょっとストップ』


 真っ直ぐな道を歩いていき、ようやく頂上が見えてきた辺りでアリスがストップをかける。


「どうしたの?」

『彼の気配を感じる。それと……』


 ……誰かといるの?


 れい君は人当たりが良く、他の男子と比べて他人の気持ちに共感してくれる優しい性格。しかも、私を「社長の娘」「何でもできる優等生」ではなく「一人の女子」として扱ってくれた。

 けど、それ故にれい君も私も面倒ごとに巻き込まれやすく、やたらと男子にからかわれやすかった。

 さらに以前一年の時から一緒だった女子の告白を断ったことが原因でいじめに発展しそうになった。あの時アリスが詳細を知らせてくれなかったら大変なことになっていた……。まあ、そのおかげでれい君と私はこうやってずっと一緒にいられるし、今は私がアリスの協力(と監視)の元で一緒にいることが多い。


 それにしても、一人で来てっていつも言っているのにどうしてこんな時に誰かといるのよ? 後でお説教ね。


「どこなの?」

『右側』


 言われた方を見ると「……はこ…ら→」とほとんどかすれて読めない立て札が張ってあった。近づいてみると、急な階段が下へと続いていた。


「あちゃー、こんな所があったなんて気がつかなかった……」

『とにかく行きましょう』




 段差は大人が登り降りするためか、かなり高く作られていた。スキップするように飛びながら降りていくと、見覚えのあるショートの黒髪の少年を見つけた。どうやら他には誰もいないようでホッとした。


「おー、ここにいたんだれい君」


 れい君に手を振りながら呼び掛けると、水色の瞳を丸くしてこっちを向いた。足元にはチョコの銀紙が落ちている。待ちくたびれてたのだろうか?


「中々来ないと思って探したら、まさかこんな所にいたなんてね……」

「え、場所違った?」

「あー、うん。でも気にしなくていいよ。私の伝え方が悪かったし」

「そっか。それでここで何をするの?」

「それはね……」




 ーピーッ!!


 先生の笛が鳴り響いた。どうやら時間切れだ……。


「あーあ……。せっかく珍しいお菓子を持ってきたのに……」

「お菓子?」

「外国からのお菓子をれい君と食べようと思ったんだけど、これじゃあお預けね……」


 まあ、アリスに取り上げられたから無理だけど……。


「そっか……あ、そうだレイ―」


 れい君は誰かに呼び掛けようとしたが、辺りには私たち以外誰もいなかった。


「どうかした?」

「あ……ううん、なんでもないよ……」

「それとそこの銀紙ちゃんと拾いなさいね。ポイ捨ては良くないよ」

「え、うん……」


 降りた階段を早歩きで登り、れい君が見えなくなった辺りでアリスはまた顔を出した。


「さっき何か言いかけたみたいだけど……何だったの?」

『変ね……、微かに誰かの気配を感じたんだけど……妙に懐かしい感覚が……』

「懐かしい? もしかしてアリスの持ち主じゃ?」

『…………』


 アリスはそれから何も言わなくなってしまった。

 アリスは今までこうやって誰かと協力しながらずっと探しているらしい。そこまでして探すのは一体どうしてか聞いてみたが「大切な人だから」としか答えてくれなかった。


「いつか会える日が来る。希望は捨てちゃ駄目よ」

『うん……』







「今日は疲れたけど楽しかったね」

「うん…………」

「今度またお菓子を持ってくるからさ、楽しみにね」

「うん…………」


 放課後、私たちはいつもれい君と一緒に帰る。何時もは何気ない話をしながら帰っているが、今日のれい君はボーっとしてばかりでこっちを全然見てくれなかった。


れい君、今日何かあったの?」

「え?」

「さっきから黙ってばかりで、何か嫌なことでもあったの?」

「……実は……」


 れい君はやっと向いてくれたが、何かを言いかけたところで口を抑えてまた黙ってしまい、視線も合わせてくれなくなった。


「何か言いたくないことでもあるの?」

「そうじゃないよ……彩鈴ありすちゃんとの約束守れなくて……ごめん……」

「気にしてないって言ったじゃん。ずっとそんなこと考えていたの?」

「うん……彩鈴ありすちゃん怒ってるかと思ってたから……」

「怒る? そんなの全然無いからいいって……」


 結局、私たちが別れるまでれい君は謝ってばかりで、何があったのか全く教えてくれなかった。

 別れた時、れい君は申し訳なさそうに帰っていった。


 姿が見えなくなるとアリスはカバンからまた出てきた。


『彼、何か隠してた』

「そうね……」

『それとね、山にいた時に感じた"気配"がれい君からずっと感じられた』

「ずっと……?」

『もしかしたら、それを隠すために嘘をついたかもしれないよ……』


 確かにれい君は何かを言いかけたように見えたが、アリスの言い分が正しいなら『誰か』がれい君に指示したのかもしれない。


『しばらく彼を見張りましょう』

「悪い奴じゃないよね?」

『それは無いわ』


 またれい君が一人になっちゃうの……?


『誰』なのか知らないけど、変なことしたらただじゃすまさないよ……!

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