第2.8+0.2話 全ての始まり

「今度またお菓子を持ってくるからさ、楽しみにね」

「うん…………」


 学校の帰り道。

 僕はお昼の出来事が頭から離れず、一緒に帰る彩鈴ありすちゃんに返事するので精一杯だった。


れい君、今日何かあったの?」

「え?」

「さっきから黙ってばかりで、何か嫌なことでもあったの?」

「……実は……」




『ダメ、言わないで!』




 ……今、レイちゃんの声が聞こえたような……!

「言わないで」って、何だかレイちゃん焦ってたような……。


「何か言いたくないことでもあるの?」

「そうじゃないよ……彩鈴ありすちゃんとの約束守れなくて……ごめん……」


 とっさに思いついた話はこれしか無かった。

 僕と彩鈴ありすちゃんは途中から帰り道が違うので、そこまでなんとかはぐらかした。

 別れた時、彩鈴ありすちゃんはどこか悲しそうな表情をしていた……。


 彩鈴ありすちゃんには明日ちゃんと説明できるといいな……。





 ◇





「ねぇ起きて」

「…………あれ?」


 家に帰って部屋でゆっくりと休んでいると、目の前にはいなくなったはずのレイちゃんがいた。辺りを見渡すもどこも真っ白だった。


れい君~」


 レイちゃんは最初に出会った時のように微笑むと甘えるように抱き締めてくれた。大きなピンクのとんがり帽子が目の前に覆い被さるも、離したくなくなる暖かさと安心さに僕も抱き締める。


「レイちゃん、どうして? ここは一体どこなの?」

「ここは貴方の夢の世界。今は私の魔法で少しだけお邪魔してるの」

「夢?」

「うん。それと急にいなくなってごめんね。私がいるとややこしくなりそうだったから……」

「どういうこと? レイちゃんが神様だからなの?」

「神様? 違うよ、私はただの魔法使いよ」


 クスクスと苦笑いするレイちゃんはそっと離すのが分かると、僕もそっと離す。

 レイちゃんは僕の両肩に手を置いて真剣な目で見つめた。一体何を言い出すのか恥ずかしさと怖さが僕の中で渦巻いた。


れい君、私は魔法の修行で旅をしているの。本当はれい君としばらく一緒に居たいけど、修行をサボる訳にもいかないの」

「魔法の修行ってそんなに厳しいの?」

「うん、私のことは誰にも見つかる訳にもいかないから……。だから普段は魔法で私の姿が見えないようにしてたんだけど、たまにれい君みたいな子どもたちに見つかるのよね。れい君が優しい人で良かったけど、もし私のことがこの世界の人間たちにバレたら何されるか分からないの……」


 レイちゃんは俯き、手の震えが僕の肩から全身に伝わってくる……。友達ができて喜んでいたのはそういう意味だったんだ……。


「僕に何かできることある?」

「大丈夫。渡したペンデュラム持ってるよね? れい君が大切に持っていてくれれば、ペンデュラムを介していつでも話くらいは聞いてあげられるし、寂しくなったらこうやって夢で会いに来るから」

「そっか、だから彩鈴ありすちゃんといた時にレイちゃんの声が聞こえたんだ……」

「ごめんね……。それとそのペンデュラムと私のことはみんなに内緒にして欲しいの。みんな混乱するだろうし、私のことがバレると―」

「分かったよ。秘密は守るし、いつでも待ってるよ」


 無意識にもう一度抱き締め、帽子越しに頭を撫でた。

 どうしてこんなことをしたのかは自分でも分からない。でも、レイちゃんを慰めるのはこれが精一杯だって気がした。


「……本当にありがとう……。見つかるとは思わなかったけど、これで寂しくないよ……」


 ホッとした声でレイちゃんはささやき、僕を抱き締めてくれた。


「これからよろしくね、レイちゃん」

「よろしく、れい君!」




 ◆




 私がれい君との関係が始まったのは3年生の6月に入った頃だ。

 その日は音楽の授業でピアノを弾くことになった。ピアノの稽古を受けているのは既にクラス中に知られていて、よく先生に頼まれていた。

 断る理由はなかったし、周りが求めているなら嫌でもやるしかなかった……。そうしないと面倒だから。


 私のピアノに合わせて授業は進み、ようやく終わった時には女子を中心に拍手が起きた。れい君は真っ先に拍手をしてくれていたが、どこか居心地が悪そうな顔をしていた。

 ふと、気になった私は昼休みにれい君をみんなにバレないように呼び出した。誰も見ていないであろう体育館裏に。


「どうしたの、彩鈴ありすちゃん? こんな場所に来て何するの?」

れい君さ、音楽の授業で嫌そうな顔をしてなかった?」

「え、何のこと……?」


 れい君は後退りして目線を合わせようとしなかった。あまりにも分かりやすすぎる。


「あのね、私は前に立っていたんだからすぐ分かるよ。それでどうしてあんな顔をしてたの?」

「……だって彩鈴ありすちゃん、楽しそうじゃなかったもん……」

「……は?」

「ずっと気になっていたんだ……。彩鈴ありすちゃんはいろんなことができるのに、いつも寂しそうな顔をしていた。みんなから『社長の娘』と呼ばれるのはずっと前から知ってたんだけど、それが辛いのかなって……感じてた……」


 衝撃的だった……。アイドルのような扱いを受けていた私に面と向かって私の状況をれい君は当てた。男子なんてまだまだお子様だと見下ろしていたけど、れい君はちゃんと見ていてくれたんだと思い知らされた。


「ごめんね、こんな事言って……。いつも疲れているのにみんなの期待に応えてて大丈夫なのかなって心配だったんだ……」


 れい君は苦笑いしながら謝る姿に、私も大人げなかったと心の中で反省した。


「いや、急に呼び出した私の方こそごめん。あまり話したことないのに呼ばれてビックリしたよね……?」

「あはは……。もしかしたら怒らせちゃったかなって不安だった……」

「そっか。正直に話してくれてありがとう」


「それじゃ」と合図し、ゆっくりと戻ろうとすると隣にれい君がついてきた。さっきと違ってどこか嬉しそうだった。


彩鈴ありすちゃん、もし辛くなったら無理しないでね。僕にできることがあるなら協力するよ!」

「そんな大袈裟な……。でも、ありがとう……」


 それからは時々、れい君と話すようになった。時には私の習い事を見に来てくれるようになり、気がついたらお互いの悩み事を聞いたりすれば、ふざけ半分でじゃれあったりするようになった。さらに「あの事件」をきっかけに私たちの距離は近くなった気がする。

 私が自信持って「友達」と呼べるのは彼ぐらいしかいなかった。




『ね、言ったでしょ? 彼は良い人だって』

「そうね、貴方は正しかった」





 ◇




「……い、今のは?!」

「どうしたの?」

彩鈴ありすちゃん……、一体何が?」

彩鈴ありすちゃんって、さっきまで一緒にいた帽子を被ったあの女の子?」

「うん、あんな彩鈴ありすちゃん久しぶりに見た……」

「何が見えたか教えてくれる?」


 僕は彩鈴ありすちゃんとの思い出と謎の声が聞こえたことをレイちゃんに説明した。

 今こうやって夢を見ているのにまた別の夢を見ていたのか……。


「それは『多重夢たじゅうむ』ね。普段の生活の疲れや悩みに押しつぶされそうになるとそういう夢を見てしまうのよ」

「疲れや悩み……」


 疲れはともかく、悩みならある……。


「でも変ね……。れい君の夢に入れるのは私ぐらいしかいないはずなのに何故あの子の夢を見たんだろう? それに随分と生々しいし……」


 レイちゃんは腕を組んで考え込む。

 今この状況がレイちゃんにも分からないってどういう事なんだろうか?



「そこにいるのは……れい君なの?」


「「えっ……?」」


 僕の真後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、振り返るとそこには白い衣を着た天使の女の子が呆然と立っていた。


「誰なの、君?」

「私だよ、同じクラスのれん


 手を軽く振り、笑顔を見せるも目は笑っていなかった……。

 

 何時もなら赤ピンクのツインテールに流行りの服やアクセサリーを身に着けているが、今は髪は解かれてつやはない。黄色の瞳にいつもの輝きは無かった。もはや声と髪の色とぐらいしか分からなかった。

 全く予想しなかった言葉にが頭をよぎり、全身の力が抜けて目の前が潤んで見えなくなる。


 あの時、告白を断ったのがそんなに傷ついたの……?


「あ………れ、れんちゃん……まさか……」

れい君、久しぶりだね……。バレンタインの時以来だね……」


 まともに顔が見られなかった。

 君の気持ちに気付いていながら僕は否定してしまった……。傷つけたくなかったから断ったのに、結果的に傷つけてしまった……。

 あの時、謝りに行きたかったけどれんちゃんのお母さんに止められてしまった……。電話も繋がらなかった……。


れんちゃん……その……」


「しまった! 魔法の範囲が広すぎたんだわ!!」

「あ、危ない!!」


 れんちゃんに腕を強く引っ張られると一瞬だけ宙に浮き、真っ白な空間はどこかの部屋に変わっていた。




 ◇



「ここは……一体?」


 部屋は一人用にしては狭くて薄暗い。床には教科書やノート、筆記用具、プリント、服、写真等が散らばっており、床を踏める場所はほとんど無かった。タンスや勉強机、ベッドもいろんなもので散らかっている。

 そして、この部屋にレイちゃんの姿は無かった。


「危なかった……」


 れんちゃんは掴んでいた腕を放すと、深呼吸した。

 まだ力が入らない僕はその場にあったたくさんの本やプリントたちの上にへたり込んだ。


「恋ちゃん……どうしたの急に?」

「あの子、れい君を後ろから殴ろうとしてた……」

「え……?」

「だからその……危なかったから助けようと思ったから……」


 レイちゃんがそんなことするとは思えないが……。

 聞こうにもお互い目線も合わせられなかった。




 僕の最大の悩みの一つであり後悔。


【どうすれば女の子の気持ちを理解してあげられるのだろうか……?】



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 次の更新は水曜日を予定しています。

 お楽しみに!

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