第59話「私のおつとめは! 決まってますからっ!!」
「そういえば葉緩って昔から友達いないよなぁ。良い奴なのに不思議……」
「だいたいは桐哉くんのせいです」
「え、なんで?」
桐哉はモテモテのため、当然近づく女の子は選別される。
葉緩は何食わぬ顔で桐哉のまわりに出没し、的となっては俊敏にかわすを繰り返した。
爽やかのかたまりみたいな桐哉がぽやんとしている中で、葉緩は必要以上に近づく女の子たちを近づけないよう奮闘していた。
奇怪な行動をとる葉緩は次第に「やべー奴」のレッテルをはられて孤立していた。
「意外と大変なんですよ? 的になるというのも」
「はぁ……? 」
忍びとして敵を排除することが最優先。
葉緩が動くことで桐哉の貞操を守れるならと積極的に動いていた。
まさかこれまで誰ともお付き合いしたことがなかったのは葉緩の徹底的な防衛とは気づきもしないのだった。
「葉緩ちゃんはかわいいから大変だねぇ」
のほほんとした柚姫の褒め言葉にキュンキュンするのはどうしようもない。
葵斗を突き飛ばしてうさぎのように柚姫に抱きついた。
「姫が一番かわいいですぅ!」
「葉緩ちゃ~ん!」
(じゅるり)
このときめきはもしかしたら生きているなかでもっとも糖度が高いかもしれない。
(姫が息をしているだけで幸せ! 主様と結ばれれば世界に平和が訪れる! 尊い!)
ハイテンションな葉緩の暴走は簡単には止められない。
桐哉にいたっては止める気もなかった。
「葉緩はよくヨダレ垂らすよなぁ。 口がかたいのかゆるいのか、よくわからん」
「桐哉が心配することじゃないよ」
「……お前、オレのこと嫌いだろ?」
「そんなことないよ?」
ニコニコしたままの葵斗に桐哉は呆れてため息をつき、肩を落とす。
「葉緩、苦労するだろうなぁ」
桐哉にとって葉緩は友人、葉緩にとっては魂の主。
この生涯かみ合うことのない認識でヤキモキする人もポツリポツリ……。
葵斗と両想いになったとはいえ、葉緩のおつとめに変化はない。
授業がはじまる合図となるチャイムが鳴ると、桐哉があわてて柚姫に声をかけていた。
「あ、そうだ。 徳山さん。せっかくだしこれ、どうかな?」
「うん、すごくいいと思う! これにこれを足して……」
(はっ、主様と姫のイチャイチャがはじまった! これは距離を取るべし!)
ここは気配を消して二人きりの甘々空間になるよう徹するのが忍びの役目だと瞬時に動く。
ひゅっといなくなる葉緩はいつものことなので、桐哉は気にも止めず、柚姫は桐哉との会話に必死だ。
(ふへへへ、周りにバレずに壁に擬態するなど慣れたものよ)
そんな初々しさと駆け引きをする二人を観察するのはたまらなく美味……ではなく、立派なおつとめである。
鼻の穴を膨らませているなんぞ言語道断だとスゥーッと壁に馴染んで無になろうとしていた。
(ん、この匂いは……)
いろんな匂いが入り混じるなかで、ひと際甘ったるくて酔いそうになる香りに浮ついた。
壁と化した葉緩を抱き寄せて、いたずらに布をめくってニヤリと口角をあげる。
廊下にいた生徒たちは各々の教室に入り、一枚の壁越しにざわつきと静寂が切り分けられる。
静かな廊下で葉緩は壁に押さえつけられ、首元に葵斗が唇を寄せていた。
「早く匂いに慣れてね? ……と思ったけど、やっぱりいいや」
「あっ……葵斗くん?」
「不意打ちも楽しいからね」
「まっ……んんっ……! だ、だから私は今! 壁なのです!」
いつまでたってもこれだけは慣れないかもしれない。
節操なしの葵斗がまわりの状況を垣間見ずに迫ってくるものだから、葉緩が壁に徹するのは以前よりも難しくなっていた。
油断大敵、まだまだ主様と姫の恋愛が進展しそうにはなく、いつまでも壁となるしかなかった。
(それでも目下のおつとめは二人の子孫繫栄、イチャイチャもってこーいなのです!)
「壁にキスはしないでくださーいっ!!」
【恋路の章 幕】
壁にキスはしないでください!~偽りの番は甘い香り、ほんろうされて今日もキスをする~ 星名 泉花 @senka_hoshina
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