第57話「あらためてよろしくお願いいたします」

「ここは?」


目の前の光景になつかしいと首をかしげる。

さわさわとおだやかな風が吹き、蛍光に輝く白い木に咲く花が揺れる。


「番の木だ。見覚えあるだろう?」


花によく似た色合いの長い髪がなびき、稲穂のような金の瞳に藤をうつした。


「里はもう滅んで……」


「そう。もう存在しない場所だ。この木もある種、心象風景と言えるだろう」


あたりを見回しても続くは雪の降り積もる草原だ。


丘の上から見えていた里はなく、果てのない白さのなかに番の木が根をはっている。


葉名と蒼依が戯れて、結びつくことを夢みた世界。


かつての現実であり、今は非現実の世界となって形作っていた。


空に広がる枝を見上げれば、一本だけ乱暴に折られた形跡がある。


それが葉緩の枝だったものと認識し、不思議な縁に白い息を吐く。


「誰も場所を知らないわけだ」

「葵斗くん?」


風に馴染んで葉緩のとなりに現れた葵斗が幹に触れる。


誰に絡むことなく葉緩の枝の隣で空にまっすぐ伸びる白い枝があった。


「16の年が巡っても誰とも絡んでいない。葉緩がいなかったから絡むはずもないよね」


「責めてます?」


「いいや……」


首を横に振り、葵斗は葉緩の頬を輪郭にそって撫でた。


「葉緩、こちらへ」


宙に浮く白夜に手を引かれ、折れた枝の真下に立つ。


葵斗の枝の輝きに目を細め、引き寄せられるままに手を伸ばす。


「葵斗くんの枝はきれいですね。番でなかったとしても、私にはずっときれいでした」


「……本当に、人の心は読めない」


「白夜?」


白髪の毛先が藤に染まりだす。


風がそよいで、甘い香りが鼻腔をくすぐった。


葉緩の手をとって、白夜は清らかな頬に両手を引き寄せて花咲くように笑った。


「またいつか会おう。 幸せを諦めるな」


「……寂しい、けど。 私は諦めません」


心の底から溢れ出す強さと、ほんの少し入り混じった強がり。


凛と口角をあげて、胸をふくらませて白夜に笑顔をおくった。


「へこたれる時もあるけど、ゆる~く生きたいと思います! ……イチャイチャとは満喫してこそ良い、でしょ?」


葉緩の言葉に白夜は目を丸くし、そしていつもどおりに意地悪く歯を見せた。


「本当に……」


目尻から溢れた涙を指で拭い、葉緩の頭をポンポンと撫でた。


「では、な」


淡い光が白夜を包む。

かと思えばそれは葉緩の手のひらにおさまった。


目の前にいたはずの白夜の姿はなく、代わりに葉緩の手のひらには白い枝が淡い金の光をまとって落ちついていた。


その枝を見下ろし、葉緩は強がりの色を濃くした。


「……本当に枝だったんですね」


「葉緩、かえしてあげよう? 俺の枝も、白夜さんのこと待ってるだろうから」


「――うん!」


葵斗の手が枝に重なり、やさしさが染みて葉緩が笑うと葵斗も笑った。


二人で折れた根へと手のひらを伸ばし、枝を触れさせる。


折れた根と枝が金糸を引いて混じりあい、やがて一つとなる。


根付いた枝はゆっくりと伸びていき、やがて葵斗の枝に絡みつく。


とたんに唯一の匂いが鼻をくすぐったとき、葉緩はもぞもぞと身をすり寄せて両手で顔を覆った。


(なんという不思議な匂い……。これはたしかに離れがたいものですね)


「んふふふ……ん?」


――再び、強烈な光が葉緩たちを包み込む。


まぶしさが収まると目を開き、あたりを見渡す。


何ごともなかったかのように葉緩の部屋に戻っており、ちょこんとベッドの上で正座をしていた。


「……戻ってきました?」

「ね……」


まるで見合い席のようにお互い正座しており、なんとなくじっと見つめあい反応を伺う。


「「……ふ」」


現実に戻り、甘い香りが行き来する感覚にだんだんとおかしくなって笑い出す。


「はは、あはははは!!」


ぽろぽろと粒になった涙がこぼれるが、嫌なものではないとそのままに流す。


匂いに引き寄せられて葉緩は葵斗に手を伸ばす。


顔にかかる髪をかきわけて、耳にながして両手で輪郭を包んだ。


「改めましてよろしくお願いします。私の旦那様」


「こちらこそ、よろしくお願いします。俺の花嫁殿」


空を飛ぶは比翼の鳥、地で結ぶは連理の枝。


――繋ぐはいとしきぬくもり……。


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