第56話「地を這うだけが人生じゃない」
金色の瞳に慈愛が宿る。
あまりにいとおしい色に、葉緩も似た感情があると心が刺激される。
「葉緩の想いが葵斗に結びついたからだ。私もな、ともにありたいのだ。……葵斗の枝に触れたいんだ」
白夜の色鮮やかな告白に葉緩は目を見開く。
そして長いまつ毛をふせて、白夜の決意はくつがえせないと悟った。
白夜は葉緩の枝であり、頑固さは通じるものがあると知っていたから。
「そう言われると少し照れるな」
ずっと黙り込んでいた葵斗が頬を染めてニヤニヤと白夜を凝視する。
「バカを言うな。お前ではなく、枝のことを言ってるんだ」
白夜がやけくそに葵斗を叩くと、葵斗はくすぐったそうに微笑んで泣くのを我慢する葉緩を腕から解放する。
そっと背中を押され、葉緩はこらえていた涙をあふれさせて白夜に手を伸ばす。
白夜の胸に飛び込み、幼少期に戻ったかのようにわんわんと泣き出して、白夜はなつかしそうに葉緩の頭を撫でた。
「な、葉緩」
その声は葉緩の中に溶け込むほどにやさしい。
「私はお前と過ごし、楽しいとは何かを知った。地に根付き、伸びることしか出来なかった私が海を見たんだ」
波の音。
腹のなかに命が宿っていると知った痛み。
水の中で聞こえる胎動の音を耳にして、世界の青さを目に焼きつける。
葉名が子を抱いて海をながめていたと、白夜は一生忘れることのない光景に目を細めた。
命が繋がって、葉緩としてここにいる。
白夜が目にして耳にした幸せの音が葉緩の中にさざ波となって押し寄せ、やがて溶けていった。
「お前と飛び回った世界は案外悪くなかった。地を這うだけが人生じゃない。風となれた。飛ぶことが出来たんだ」
歯を見せて笑う姿があまりに晴れやかなものだから、葉緩はもうさみしさを止めることが出来なかった。
「白夜っ!」
「役得と言ったところだろう。お前が諦めなかったこと。子の幸せを願い、未来を選んだことで再び葵斗と巡り逢ったんだ」
この温もりがあったから生きてこれた。
地面を見下ろすしかなかった葉緩の名を呼び、顔を上げさせてくれたやさしい声。
これまで笑ってこられたのも、主と姫の幸せを願うことが出来たのも、葉緩の幸せには白夜が隣にいたから。
たとえ甘え下手だとしても、情けなさより白夜を呼ぶことを大事にしたかった。
「痛かったですよね。ごめんなさい、白夜。ワガママに枝を折って、子どもにまで悲しい想いをさせて。私の幸せはなくてもいいとさえ思った」
幸せになることが罰だといましめて。
そのわりに葉名は幸せだったと涙する。
蒼依を失った悲しみ、ふとした時にさみしさを意識した。
それでも一度たりとも、一人だったことはないと想いを抱きしめる。
「白夜はずっと一緒にいました。主様と姫が助けてくれました」
「あぁ」
「それでもっ……!」
――いつまでたっても捨てられない執着に似た感情。
「夫婦になる夢を忘れられなかった……。私の世界に色をくれたのは蒼依くんだったから」
海に焦がれた。
波の音をきいて、泡が上にあがっていく音を聞き、母を思い出す。
いとおしい我が子を抱いて、蒼依とともに海を見たかったという願いを手放せなかった。
幸せになることへの後ろめたさに矛盾した想いだった。
「そばに……。そばにいてくれてありがとう。白夜がいたから私が生きているんです」
「……葉名の子はな。お前と、桐人と柚に大切にされて育った。血を繋ぐとはそういうことだ。悲しい想いは未来を作らぬ」
だが、と言葉が続く。
「心とは難しい。連理の枝とは本当に必要だったのか。これからのお前たちの人生を通じて、私たちに教えてくれ。……な、葉緩? 我が半身よ」
今度は葉緩が頷き、目を閉じる。
「白夜、大好き」
「……あぁ、私も。大好きだよ」
世界が白く輝き、まばゆい光を見た。
次に目を開いたとき、草花の匂いがそよそよと風に揺れる大地が広がっていた。
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